109 キーネンの質問
キーネン家でメイドバイトをしていたところ、急にキーネンに呼び出された。
それも私だけではなく、水無月さん、神奈川さんも一緒にだ。
まさか解雇しようってわけではないだろうが、何が起こるのか全く読めず私は内心おっかなびっくりでキーネンの部屋のドアを叩いた。
「入れ」
キーネンが返事をして、私、水無月さん、神奈川さんの三人でキーネンの部屋に入る。
相変わらず何もない殺風景な部屋だったが、今日は机の上にいくつかの楽譜が散乱していた。
「お前たちに聞きたいことがある」
キーネンは私達三人に向き合うと続けて言う。
「アンサンブルコンテストでの曲に関して、お前たちに意見を聞きたい」
「は? いつもは自分で絶対に決めるって言い張るくせに、今回は私達の意見を聞くのキーネン?」
不味い。これはゲームにない展開だ。
「あぁ……曲と編成を迷っていてな……意見を貰えると助かる……香月、水無月、神奈川」
私達三人を順番に見やるキーネン。
ほとほと消耗しているように見える。
「まぁまずは聞いてみてくれ……5曲までは絞り込んだんだ」
キーネンがスマホから音楽を流す。
弦楽四重奏、金管八重奏、木管三重奏、木管八重奏、そして水面のカルテットの代表的曲である各楽器混合四重奏の『水面』よりの5曲を聴かされる私達。
「以上だ。この中から2曲まで絞り込みたい」
キーネンが私達を見る。
「どれも良い曲じゃないかしら! でも、私はやっぱり金管八重奏かな」
と神奈川さんが金管八重奏を選びつつ興奮している。
「水無月はどうだ?」
「私は……敢えて言うならば、『水面』よりかしら」
水無月さんが『水面』よりを選ぶ。
まぁそうだよね。それが一番主人公としては無難な選択だ。
実際、ゲームではトロコンを目指す場合『水面』よりの一択。
これが一番評価が高くなりやすい傾向がある曲なのだ。
全国大会まで進めるのは大抵『水面』よりを選んだ場合だった。
その分、演奏には高い器用さだけでなく、高い知力や優しさ、魅力、度胸パラメータまで求められる。主人公パラメータの総合勝負と言ってもいいのが、この『水面』よりの演奏だ。
「では、香月。お前はどうだ?」
「うーん、無難なのは弦楽四重奏だと思うけど、攻めるなら『水面』よりかな」
私が自分の意見を答えると、キーネンは「ふむ、そうか……」と黙り込んでしまう。
「用事ってこれだけ? それなら私達まだ掃除とか残ってるから行くけど」
「あぁ……参考になった。ありがとう」
「え……?」
いまキーネンが、『ありがとう』とか言わなかった!?
私の聞き間違いだろうか。
「なんだ、もう用事はない……行って良いぞ」
キーネンがそう言って私達を部屋から追い出した。
「なんだったんだろ?」
私が不思議に思って問うと、水無月さんが「さぁ……単純に迷っていたんでしょう」と言い、神奈川さんが「私、金管八重奏やりたいなぁ……あ、でも香月さんと達みんなと出来そうな『水面』よりもいいよね……」と楽曲を思い出しているようだ。
私と水無月さんは先に神奈川さんを一人で仕事に戻らせると、二人で話をした。
「ねぇ水無月さん、私の知る限りゲームではキーネンがこと曲に関して意見を求めて来たことなんて一度も無かったんだけど、そっちは?」
「右に同じくよ……曲のことで悩むのはいつものことだけれど、いつもならば10月まで曲と編成を一人で悩んでいるもの。誰かの意見を聞こうだなんて初めて見たわ」
「そうだよね……何かよくないことが起きないといいけど……」
私は漠然とした不安からそう口にした。