108 突然のクラスメイト
“それでしたら、何の問題もありません!
夏休み中は、瀬尾さん鈴置さん神奈川さんの御三方にうちに泊まって頂きましょう!
私もサウジアラビアへ行く予定が先に入っていたので気になっていたんです!”
相談すると、天羽さんはすぐにそうメッセージを返してくれた。
やはり天羽さんもサウジアラビアに行ってしまうのを心苦しく思っていたらしい。
“ふぇ? 私、天羽さんちに泊まるの!?”
鈴置さんが若干取り乱している。
“私、天羽さんが居ない間にご厄介になっても良いものでしょうか?”
瀬尾さんが心配し、神奈川さんが“私は斉藤くんと特別契約をしてメイドをするつもりだから、夜帰って寝るだけになると思うけど、それでもいいなら……”と賛成してくれた。
“うんうん。三人共、ひつぐちゃんを一人ぼっちにしないように協力してくれると嬉しいな”
“私からもお願い……皆よろしくね!”
私が三人に協力を要請すると、ひつぐちゃんも重ねて頼み、鈴置さんが“仕方ないなぁ”と了承し、瀬尾さんが“本当に良いんでしょうか?”と確認をする。
それに天羽さんが“瀬尾さん。私の居ない間、天羽家とひつぐちゃんをよろしくお願いします!”と書いてくれた。
瀬尾さんが“分かりました! お役に立てるよう頑張ります”と返事をして、8月中に天羽さん家にサウジへ行く以外の皆が滞在する話が決まった。
これで私達も安心してサウジアラビアへ行けるというものだ。
「ティヒヒ。他の皆はそれはそれで楽しそうだね!」
と私はBクラスで一人笑った。
∬
お昼になり、いつものようにカフェテリアへ向かおうとしたときのことだ。
なんと突然、霜崎の奴が私に話しかけてきた。
「なぁ香月。キーネン斎藤と仲良いだろう?
アンサンブルコンテストの曲、どうなってるのか聞いてみてくれないか?」
「は? なんで私が?」
「いやだから、キーネン斎藤と仲良さそうじゃん? それで……」
「悪いけど別を当たるか、自分で聞きに行ってくれる? それじゃ……」
何故私がキーネンと霜崎との仲を取り持ってやらなければならないのか、さっぱり分からない。私は良いように使われるメイドではないのだ。
少なくともこの時間帯は。
さっさと2Bを去ろうとする私。しかし――、
「――ちょっと待てって!」
と背後から肩をがっしりと掴まれてしまった。
「なに?」
仕方なく向き直る私。私のきつい視線を受けて怯んだのか霜崎は手を離す。
「いや、どうしても香月に頼みたいんだけど……?」
「だから他を当たるか自分で行けって言ってるじゃん!」
「だって香月、キーネン家でメイドしてるって聞いたぞ? それくらい頼まれてくれてもいいだろ?」
「ちっ。誰に聞いたか知らないけど、私がメイドやってるのは学校が終わった後からだから! この時間帯はフリーなの! 分かる!? それにメイドやるにしたって私の用事がないときだけだから! いつもキーネンのメイド扱いされたらたまったものじゃないっての!!」
「お、おう。ごめん……普通にいつもメイドやってるのかと思ってた……」
霜崎はようやく理解したようだ。
大体なんで霜崎がそこまでアンサンブルコンテストの曲決めに関して必死になっているのか、皆目見当がつかない。とにかく無駄にキーネンに突っ込みを入れてゲームと進行が狂ってしまうと面倒くさい。私はアンサンブルコンテストの曲に関してキーネンに何か言う気はさらさら無かった。
「じゃ、そういうわけだから」
私は霜崎を2Bに残し、カフェテリアへと向かった。
∬
皆が天羽さん家に泊まる話やサウジアラビアの話をしてご飯を食べ終え、お昼終わりに私は水無月さんに相談した。
「水無月さん、私さっき霜崎の奴からキーネンにアンサンブルコンテストの曲がどうなってるのか聞いてくれないかって頼まれたんだけどさ、何か裏事情とか知ってたりする?」
「霜崎くんが……? いいえ、私は何も……」
水無月さんは不思議そうに目を細める。
「彼は来年までは放っておけば何もしないんじゃないかしら?」
「そうだよね……」
前に聞いたももちゃんと霜崎弟の話のことを言っているのだろう。
それ以外に霜崎が何か行動を起こすとかは、水無月さんは知らないらしい。
私はゲームでの霜崎ルートのことを思い返す。
基本、奴はトランペットの実力が上がらなくて悩んでいる。
それは知っている。
ゲームでは神奈川さんを助けるか助けないかで分岐が発生して、霜崎がTp1に格上げになったりならなかったりするのだ。
であれば、神奈川さんが助け出されている今、霜崎はTp2のまま……。
トランペットの実力が上がらないことを悩んでいるのかもしれない。
それでアンサンブルコンテストの曲を練習したくて、早く決まらないかとヤキモキしているのだろうか……?
ゲームでは語られなかった話だし、どうやら水無月さんも知らないらしい。
ゲームの進行に、この世界の進行に狂いが生じているのかもしれない。
私は一抹の不安を覚えるのだった。