107 サウジアラビアへ行く前に
休み明け。私はBクラスに着いてすぐイヴンに声をかけられた。
「ミス香月。留学まであと3週間を切りました。準備はよろしいですか?」
「あーうん。パスポートとビザも取ったし、スーツケースも買ったよ」
パスポートはほぼ母に頼んで申請したので私は一切と言っていいほど関わっていない。
パスポート用の証明写真を写真機で撮って一筆書いたくらいだった。
ビザはネットで英語と格闘しながら取得したものだ。
スーツケースは若葉色のがたまたま売っていたのでそれにした。
きっと目立つから、空港でも直ぐに自分の物だと分かるだろう。
「ビザはE-VISAを?」
「うん、ネットでやるやつー」
「そうですか……。アバーアとヒジャブに関しては、私に任せてください。子供用のアバーアもいくらでもサウジアラビアには売っていますから」
「なにさ! 別に好き好んで小さいわけじゃないっての! 子供用になるのは仕方ないけどさ! で? 他になにか用事ある?」
「いえ、皆さんにパスポートやビザの用意ができているかなどの最終確認をしていただけです。
それでは私はこれで……」
「うん、あっち行ったらよろしく頼むよ」
「はい」
イヴンは本当に確認だけが目的だったようで、何事もなくBクラスから去っていった。
これからAクラスに行くのかな?
まぁ皆さすがにパスポートやビザの申請忘れとかはないだろう。
水無月さんや私と違って皆は海外旅行常連だったりでパスポート持ってそうだしね。残るは観光用のビザの申請くらいだろう。
「サラちゃんだったっけか助ける必要性がある子……。とにかく水無月さんと頑張ってイヴンの奴には跡目争いに勝ってもらわないとね……!」
私は一人そう呟いた。
∬
体育の授業。ABクラス合同でのそれがいつものように行われようとしていた。
今日の種目はバレーボールだ。
体育館で先生によってチーム分けされ、私はなんと桜屋さんと同じチームになった。
「よろしく香月さん」
「うん、よろしく!」
と言っても私の身長では、まずネットプレーは出来ない。
故にほぼリベロとして動くことが確定している。
「桜屋さんに回せるよう頑張って拾うよ!」
「えぇ! お願いするわ!」
サーブが打ち込まれる。
狙いが私だったわけではないと思うが、私の近くにボールは着弾しようとしていた。
私が飛び込むようにしてボールをレシーブする。
生徒会合宿でのテニスの時も思っていたが、この体は小さい割に運動神経が良い。
本気を出せば、素人の打つボールくらいならなんでも拾える気がした。
私のレシーブした球をもう一人の女子がトスする。
そして桜屋さんが華麗に宙を舞う。
凄いジャンプ力だ。バレエだけじゃなくてバレーボールも出来るんだと唸らざるを得ない。
別に洒落じゃないけど、似た音だから笑ってしまう。
桜屋さんが相手コートに強力なスパイクを打ち込み、私達の得点になった。
試合は順調に進み、大勝利で終わり私達のチームは休憩となった。
得点ボードなどは他の子に任せて、私は桜屋さんと座って試合を観戦する。
今は守華さんのチームとひつぐちゃんのチームが戦っていた。
「香月さん、小さい体の割に素早くてなかなかやるじゃない」
「桜屋さんこそ凄いジャンプ力! バレエではあまり飛んだりしないでしょう?」
「まぁね! 何をやっても上手く出来るように運動は割と頑張ってるのよ。まぁそれも、時夜とのことが無しになって無駄になっちゃってるかもだけど……」
「皇の為に色々頑張ってたんだものね桜屋さん!」
「まぁ……ね。でもそれも終わり! これからは私らしくやりたいことをしていくわ」
「じゃあヴァイオリンとかはやらないんだね!」
「ヴァイオリン? あれ私、ヴァイオリン弾けるって香月さんに言ったかしら?」
やば。つい桜屋さんがヴァイオリンを弾ける話を言ってしまった。
「ううん、言ってないよ。ただ皇の奴がいまオケ部でヴァイオリンやってるじゃん?
昔だったら桜屋さんもオケ部に入ってきてヴァイオリン弾いてたのかなって思って……!」
「そう……まぁ、そんなこともあったかもしれないわね……」
遠い目をしている桜屋さん。
「なんだったら今からでもオケ部入る? 私は大歓迎だよ!」
「そうね、いいかもしれないわね。オケ部に入って時夜の鼻を明かしてやるのも悪くないわ」
桜屋さんは乗り気だ。
そうなったら少しだけ嬉しい。
いっそ女子皆でカルテットメンバーを組めたら良いなってすごく思う。
「でも、やっぱやめとく……!」
「え? どうして?」
「うーん、ヴァイオリンは私がやりたくて始めたことじゃないから……かな?」
「そっかー。残念だけど桜屋さんの意志を尊重するよ!」
「それよりも! 目下のところ私のしたいことはサウジアラビアへの夏季短期留学よ!
香月さんのところへもイヴンくんが確認へ来たんでしょう?」
「あーうん。パスポートとビザ取ったかって来たね。桜屋さんは?」
「私も両方ともばっちりよ。慣れない国に行くわけだから準備は万端にしないとね?」
「そうだね! 守華さんと天羽さんも準備万端だといいな」
「美有の方は準備OKだったみたいよ? 天羽さんも大丈夫でしょう」
そんなことを話していると試合が終わったようだ。
守華さんとひつぐちゃんが私達の元へと駆け寄ってくる。
「負けてしまいましたぁー香月さん、立日ー」
ひつぐちゃんが座っている私の胸に飛び込んでくる。
「おーよしよし、頑張ったねひつぐちゃん」
「二人で何の話をしていたの?」
守華さんが聞く。
「色々かな? あとサウジの話! 守華さんもパスポートとビザの準備はいい?」
「えぇもちろん! 両方ともしっかり取ってあるわよ。
あちらへ行ったら高層タワーのモールなんかでショッピングを楽しんで、イヴンくんを扱き使ってやるんだから!」
守華さんはイヴンをこき使う気満々のようだ。
「そっか、3人共サウジアラビアに行っちゃうんですね。
私も行きたかったなぁ。天羽さんも行ってしまうし、私、天羽さんちで一人ぼっちになってしまいます」
ひつぐちゃんが悲しそうに目を伏せる。
そっか。天羽さんもサウジに行くからひつぐちゃんは8月中は一人ぼっちになっちゃうんだ? それは不味いな……。サウジアラビアへ行く前になんとかしておこう。
「じゃあ天羽さんに頼んで、夏休み中、鈴置さんや瀬尾さんと神奈川さんが泊まれるようにして貰ったら?」
「そんなこと可能なんでしょうか?」
「うんうん、頼んだらきっと許してくれるよ。天羽さんもひつぐちゃん一人残して行くのは心苦しく思ってくれてるよきっと! このあと天羽さんに聞いてみよう!」
私が自信満々に提案し、体育の授業を終えた。