103 水無月荘建築計画
「香月さんちょっと……」
「ん? なになに?」
ひつぐちゃんの滞在先にようやく決着がついた頃、私は水無月さんに肩を叩かれる。
「水無月荘の件よ。本当は貴方にそこまで頼むつもりは無かったのだけれど、話が話だから言うわね。20戸ほどで良いし中古でもいいわ。一棟まるごとマンションを購入してほしい」
「……そっか」
「……驚かないのね?」
「まぁ、ね。どうせそうなる気はしてたよ。それに私が50億以上持っててもしょうがないじゃん? でもどうせなら新築が良いなぁ」
私そう言って頭の後ろで腕を組むと、桜屋さんが「何の話?」と聞いてきた。
「ほら、前にちょっと話したじゃん? 水無月荘の話ー」
「あぁ……私達がみんな行き遅れたらってあの?」
「うんうん、実は私あぶく銭があって、みんなで住めるようにマンションを買っちゃおうかなって!」
「え!? 香月さん本気ですか? あぁ……それで浅神くんの募金にも……」
瀬尾さんが驚愕している。しかし浅神妹ちゃんを救う募金に私が3000万ぽんとぶち込んだことを思い出したらしい。
「どうするみんな? 最大予算は50億ってところなんだけど」
私が予算を提示すると、鈴置さんが「50億!?」と叫ぶ。
「それだけあったら10部屋くらいなら超一等地にでも新築が立ちそうね……」
と桜屋さんが自身の右頬に人差し指を添える。
「うん、部屋数は水無月さんの要望で20部屋くらいにしようかと思ってるんだけどね。
比較的低層の高級マンションなんてどうかなって。
そこにひつぐちゃんを住まわせるようにすればさ、佐籐なんてもう怖くないじゃん?」
「え? 香月さん、そこまでしてくれるんですか?」
ひつぐちゃんが私に問う。
「うんうん。どうせあぶく銭だからね本当に。でも新築じゃないなら場所はかなり限定されるよ。いま売られてる物件を買うしかないからね」
不動産屋の父を持つ豪徳寺辺りに相談するのが妥当性が高いのかもしれない。
しかし、佐籐に場所を知られないのが重要なんだろうけど、豪徳寺になんて相談してもいいのだろうか? 悩むところだ。
「そうね、みんなは場所はどこがいいかしら? 私は二子玉川辺りが良いんじゃないかと思っているのだけれど……」
水無月さんがみんなを見渡す。
「私は明大前にあるキーネンくんのお家に電車で30分以内ならどこでもいいけど……」
神奈川さんがキーネン家へ通う所要時間を気にし、桜屋さんが「私は白金台がいいわ。実家から離れたくないもの」と実家への近さを基準に挙げた。
「立地も大事だけど、肝心なのは間取りだってば!
室内洗濯機置場はもちろん、冷蔵庫置場と洗面化粧台付き、更に風呂トイレ別は必須ね!」
鈴置さんが間取りにこだわる。
「松濤なんてどうかしら? ショッピングには不自由しないわよ」
守華さんが買い物の利便性を基準に松濤を挙げる。
「余り高級住宅街過ぎるのも考えものよ。そんなところのマンション一棟なんて売っていないもの」
水無月さんが皆に釘を刺す。
「うーん私は新築が良いんだけどなぁ」
私が中古マンションを購入することに難色を示す。
「でも、それじゃあひつぐにすぐに住んで貰えないじゃない?」
言いながら水無月さんが私を睨みつける。
「佐籐のことが喫緊した課題なのは分かるよ。
でもだからといって中古マンションを買うのはなぁ。
既にいる居住者をどうにかしないとって問題もあるし。
それに皆だってすぐに一人暮らしってわけにもいかないでしょ?
ひつぐちゃん、今のところテストが終わるまでって話だけど、天羽さんちに卒業まで居させてもらうことって出来ないかな?」
「それは……私は大歓迎ですが……」
私の言い分に、天羽さんが歓迎の意を明らかにしつつ、ひつぐちゃんを見た。
「私は……私は、天羽さんが良いって言うならいつまでもお世話になりたいです!」
少しだけいつもの調子を取り戻した様子のひつぐちゃんが先程の天羽さんを真似てぐっと小さくファイティングポーズを取る。
「ひつぐちゃんがそう言うなら、また私が親御さんへの説明を買って出てもいいわ」
守華さんが胸のあたりに片手を当てて言う。
「んじゃ決まりね! ひつぐちゃん待っててね、きっと良いマンション建築するからさ!
水無月荘建築計画、始動!!」
私が堂々と言い放った。