102 水無月さんの実力とひつぐちゃんの決壊
午後。お昼の食器類を片付けて貰い再びの勉強会。
「水無月さんは本当に大丈夫なのか私がチェックして上げる!」
と桜屋さんが言い出し、水無月さんにいくつか問題を出す。
その悉くに水無月さんが考える間もなく答える。
「へぇ、本当に来年度はAクラスに上がれそうね。私、前に水無月さんに勉強教えて上げるって言ったけど、むしろ私のほうが頑張らなきゃかもじゃん?」
桜屋さんがちょっとだけ悔しそうに感想を漏らす。
「でも、そんなに頭が良いいのに、編入試験ではどうしたのかしら?」
守華さんが不思議そうに問う。
「それは……ちょっと試験当日に具合が悪くて……ぶっちゃけて言って手を抜いてしまったのよ」
水無月さんが苦し紛れにそう言い訳する。
実際には、編入試験が行われたのはループの起点よりも前の時空だ。水無月さんはまだ頭が良くなかった最初の1回目しか編入試験を受けられていないのだ。
Eクラスでも頑張った方だと言える。
「まぁまぁ! 無事編入は出来たんだし、クラスが上か下かなんて些事だよ些事!」
私が咄嗟にそうフォローすると、「それもそうね。でも音楽特待生だったんでしょう? そちらの方はいいのかしら」と守華さんが水無月さんを心配するように言った。
「もう3ヶ月も練習していないもの。今更よ。来年度は勉強の方で特待生として認めて貰えるようにするつもりよ」
「え? 勉強で特待生目指してるの水無月さん!?」
驚く私。
「えぇ……なにか不味いかしら?」
「だってそれって……」
思わずみんなの前で水面のカルテットの攻略情報を開帳しそうになる私。
危ない危ない。気をつけないと。
「……いや、なんでもない! 気にしないで勉強頑張って!」
「えぇ……」
水無月さんは言いながら一瞬だけ私に厳しい視線をくれた。
ごめんてば、みんなの前だから自重するよ。
依然としてこの世界が乙女ゲーかつ百合ゲー?の水面のカルテットの世界であることは変わらない。であるならば、勉強で特待生になるということは複数の男子生徒の注目を集めることになってしまう。
水無月さん、一体どうするつもりなの?!
そんなことを考えていたときだった。
黙々と一人勉強していたはずのひつぐちゃんが突然に両眼から涙を溢れさせる。
真っ先に気付いたのはやはり水無月さんだった。
「ひつぐ……大丈夫?」
「んぐ……大丈夫……大丈夫です」
ひつぐちゃんは両手で順々に目尻を拭う。
しかし、溢れ出てくる涙は止まらない。ひつぐちゃんの涙腺は完全に決壊している。
水無月さんがひつぐちゃんの背中を擦っている。
「たく! 佐籐のやつ、やっぱ警察に突き出すべきだったんじゃない?」
私がそう言うと、天羽さんが「今からでも被害届を警察に出しに参りましょうか?」と胸の前で小さくファイティングポーズを取る。
「うーん、今回ので懲りると良いんだけれど、あの様子だと難しそうね……。
大丈夫? ひつぐちゃん」
守華さんもひつぐちゃんに駆け寄りひつぐちゃんのことを案じる。
「えーっと、この様子だとひつぐちゃんを佐籐くんの居る家に帰すのはなんだか心配。
誰かのお家に泊めてもらうことってできないのかな?」
神奈川さんがそう言って、ひつぐちゃんを佐籐の待つ家に返すことを心配する。
鈴置さんが「ウチなら数日くらいは全然泊めてあげられるよ? どうするひつぐ?」と腕を組んで言い、瀬尾さんも「私の家も数日くらいなら全然泊めてあげられます!」と豪語し、天羽さんが「家で良ければいくらでもお部屋をお貸しします!」と再びのファイティングポーズ。
「どうする? ひつぐ、誰かの家に泊めてもらう?」
桜屋さんが考え込むように聞く。
「そんな……皆に迷惑かけられない」
それに水無月さんが「迷惑だなんて誰も思ってないわ」と首を横に振る。
そして皆が口々に「佐籐が悪い!」と言い、ひつぐちゃんを慰める。
皆で相談した結果。少なくともテストが終わるまでの間、ひつぐちゃんは天羽さんちに預ける事で一致した。
ひつぐちゃんがお母さんに電話をかけ、守華さんが事情を説明する。
ひつぐちゃんのお母さんも事情をすぐに飲み込んでくれたようだ。
守華さんが天羽さんに電話を変わる。
「はい……いいえ、お部屋はたくさん余っているので……はい、お気になさらず、はい……はい。それでは荷物を取りに行ったあと、娘さんをしばらくの間うちでお預かりしますね。はい。失礼します」
天羽さんが電話を切る。
「ひつぐさん、これでしばらくはうちで暮らせます……。安心してください。うちの警備員は優秀なので、佐籐くんが入ってくることは絶対にありませんから!」
天羽さんがぐっとこれで三度目になるファイティングポーズを決める。
「うん……ありがとう天羽さん。それに皆も、私、とっても嬉しい」
ようやく落ち着いてきたひつぐちゃんが、そう言葉を絞り出した。