【11】
結果として、それほど問題はなかった。セアラがいなくても、エイミーとギルバートの妹のマーガレットが来ていた。
「来てるって聞いてたけど、ついに単独で招かれるようになったのね……!」
マーガレットがメイを見るなり言った。
「さすが王妃陛下のお気に入り」
「セアラの代理だよ」
隣に座ってメイの手を取るマーガレットに、メイは冷静に言った。マーガレットは「へえ」とどうでもよさそうに相槌を打つ。
「なんだかメイ、去年と違っていい感じね。何かあった?」
「何か、とは」
「それを私が聞いてるのよ」
「まあ……いろいろはあったけど」
最後にマーガレットに会ったのは、去年の夏の社交シーズンである。それからいろいろやった気がする。そもそも、急遽ウィンベリーに帰った時もやらかしている。思えば、あの時からメイは本格的に用兵学や戦術について学び始めたのはこのころだ。
「……用兵の勉強を始めた」
「……これ以上強化してどうするの?」
ギルバートにも同じことを言われたが、必要だから勉強しているのだ。そうでなければメイも覚えられない。
「まあでも、メイには必要なのかしら」
「本当はギルバート様が覚えた方がいいんだと思うけど」
「それは確かに。でも、まだセアラに覚えさせる方が見込みあるわね」
ギルバート、妹にもだめだと思われている。しかし、これについては才能がものをいうので、できるメイがやった方がいいのだとは思っている。
マーガレットと話しているうちに王妃がやってきた。今日も威厳のある態度で、その姿勢が王の噂をはねのけているように見える。
「皆様、よくいらしてくださいましたね」
王妃のサロンは、相変わらず学習会のような様相である。いや、社交界のうわさ話や裏事情などの話が飛び交っている。やはり王の具合はよくないようだし、現在、保守派(仮)と革新派(仮)の争いになっているのも間違いないらしい。
本当に巻き込まれないように気を付けなければならないが、ギルバートはおそらく、双子の王子と同じ勢力だと判断されている。まずい……気がする。
「マーガレット、アストレアも楽しんでいますか」
「はい。お招きありがとうございます、王妃陛下」
マーガレットが笑顔で礼を言う。王妃も目を細めて微笑む。
「わたくしもあなた方とお話ししたいと思っておりましたから。領地の方はいかがかしら」
これは遠回しに、王都の状況に対してどう対応するかが聞かれている気がする。マーガレットもこれまでのご婦人方も無難に答えていた。声をかけられた以上、メイも答えなければならないが、メイは領内の統治にかかわっているわけではない。
「アストレアはどう? そういえば、エドワードがお世話になったようね。あなたを大した戦術家だと言っていましたよ」
王妃に話を振られたが、エドワードの前で戦術を披露した覚えはない。もっと直截な言いようだったはずだが、ツッコまないことにする。
「いえ……むしろ、私がご迷惑をおかけしまして、申し訳なく」
迷惑をかけたかはともかく、エドワードがかなり協力的だったの確かだ。そして、宿の提供もしてもらったので、やっぱり迷惑をかけているような気もする。
「そうかしら。謙虚なのね」
おっとりと微笑まれてメイも何とか笑みを浮かべる。隣でマーガレットが笑いだしそうに肩を震わせていた。マーガレットとはそれなりに付き合いが長いので、メイの性格を知られているのだ。
王妃はぎこちない笑みを浮かべるメイを見て目を細めた。これは違う意味で危険な気がする。そして、思った通り、個別に招待状をもらってしまった。
「メイ……お前いい加減にしろよ」
「私のせいではない……」
「本当にそうだから、お兄様、お手柔らかにね」
かばうようにマーガレットが兄を見上げて言った。ギルバートは顔をしかめる。彼の手にはメイが王妃から直接もらった招待状があった。公爵の親類でしかないメイに、王妃からの召喚状を断るすべはない。
「というか、近衛か軍の参謀が仕事しなよ」
「軍の参謀より、メイの方が優秀よ」
「近衛もちょっと違うよなぁ」
「アシュリーは?」
「ああいう変人は軍隊と言う組織では嫌われるんだ」
訳知り顔でギルバートは言うし、確かにそうなのかもしれないが、自分の先輩のことだぞ。それに、変人具合ではメイだって負けていない。
まあ、正直なところを言えば、軍もどちらについているかわからない、無用な情報を流したくないという王妃の思惑なのだろう。メイであれば、もともと部外者であるし、いざと言うとき切り捨てられる。
「言質を取らせず、失礼にならないようにはぐらかすのは可能だろうか」
「……かなり難しいんじゃないか?」
ギルバートに顔をしかめつつ言われ、ですよね、となるメイである。自分でもそう思った。
「……ギルバート様」
「なんだよ」
「一緒に来てね」
頼むと、ギルバートはうなずいた。
「さすがに、お前を一人で放り出したりしなねぇよ」
こういうところが、ギルバートの人望なのだろうな、と思った。
シズリー公爵家の王都の屋敷に戻ると、ミモザ城から手紙が届いていた。魔法を使った速達である。メイがそれを開くと、手紙と言うより報告書だった。ひょい、とギルバートが後ろからのぞき込む。
「……なかなか混乱しているようだな」
「去年もひどかったって言ってたから、こんなものなんじゃない?」
報告書にはメイがいなくて落ち着かない本部内の様子と、それぞれ派遣したオーダーの騎士たちの仕事の進捗状況が書かれていた。
「『すでに手詰まり感があるのだけど、あなたどうやってたの?』か。どうやってたんだ?」
アシュリーのメモ書きを見てギルバートがメイを見下ろす。メイは引継ぎをしたうえで、アシュリーはかなり頭のいい人である、と認識していたのだが、やはりやり方が違うから難しいのだろうか。
「どう、と言われても、その場の最適解、というよりは、その後に付随する影響を考えて打てる手を打つ、と言ったところかな」
「……意味が分からん」
「そんなにおかしなことをしているつもりはないんだけど」
おそらくメイは戦術家に分類されるのだろうが、これは戦術にもならないと思う。
各地に派遣した騎士たちの報告を見ていると、南部で保守派がこそこそしているらしいことがなんとなく読み取れた。リアン・オーダーはグールを討伐する組織なので、それ以上の情報がないのは仕方がない。
「いや、これだけの報告書でそこまで読み込めるお前が意味が分からん」
ギルバートが眉をひそめて言ってのけた。それからふと気づいたように言う。
「南部って、お前んちのある当たりじゃねぇの」
メイの出身地、ブラックバーンはこの国の南部に相当する。
「……春にリンメルに行ったとき、『新しい領主様が守ってくださる』と言う話を聞いたんだ」
リンメルはブラックバーンの最主要都市である。国で言うところの王都に相当する。
「その時は『新しい領主様』ってベイジルのことなんだろうと思ったのだけど……違ったのかもしれない」
「あ? ……ああ、保守派の貴族かもしれない、ってことか」
「そう」
思わず顔をしかめるメイだが、ギルバートはそうか、とうなずいた後にあっけらかんとして言った。
「ま、そのあたりを考えるのはお前の仕事じゃねぇよ」
「……なるほど。そうだね」
結局メイは、アシュリーにグールの討伐について簡単な指示をだし、やはり魔法の速達便で送り出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




