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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第9章【6月・誰がための戦い】
98/124

【10】












 自分で言ったとはいえ、踏むと思われていることがちょっと腹立たしかったので、いっそのこと踏んでやろう、と思っていたのだが、意外と踏めなかった。ギルバート、公爵だけあってエスコートがうまい。基礎を知っているだけのメイをうまくコントロールしている。


「なるほど、自分の領分だとうまくコントロールできるんだな……」

「普段は私の領域だからね」


 所変われば常識も変わる、と言うことだ。なるほど、とメイも同意する。


「全面的に頼りにしています、閣下」

「せめて『お兄様』にしてくれ」


 ギルバートが顔をしかめて応じたとき、最後の入場者があった。かなり遅れているが、ウィリアム王子が入場してきた。なんだか今回はエドワードよりウィリアムによく会う。婚約者の公爵令嬢を連れたウィリアムは、ギルバートとメイに気づいたようでニコリと微笑む。婚約者が面白くなさそうにメイをにらんだ。違うって。

「いろんな相手に思いを寄せられて大変だな、お前」

「九割の人は私の頭の中が狙いでしょう」

 ギルバートもそうだ。妹分、と言ってメイを可愛がるのは、メイが優れた戦術家であるからだ。多少は親戚だという情も入っていると思うが、大きな要因はこちらであると思う。

「お前、死ぬときは頭を守れって言われてるんだろ。で、グレアムにトレースされるって聞いたけど」

 笑いながら言うことではない。ギルバートは冗談だと思っているのかもしれないが、奴はやると言ったら本当にやりかねない。最近はルーシャンも似たようなことを言い始めたので、死後の身の危険を感じるメイである。


「……まあ、死んだ後のことなんて、自分ではわからないからどうしようもないけど……」

「それはそうだが」


 ギルバートも不安そうな表情になる。変人ぞろいのリアン・オーダーなので、本当にやりかねない、といまさらながら思ったのかもしれない。


「ギル、アストレア、こんばんは」

「こんばんは、ウィリアム殿下、レディ・アビゲイル」


 ギルバートが挨拶をするので、メイも隣でカーテシーを行う。ウィリアムの婚約者はレッドラップ公爵家のお嬢さんだったはずだ。アビゲイル、と言うらしい。

「アビゲイルとアストレアは初対面だね。アビゲイル、こちら、シズリー公爵のいとこで、レディ・メアリ・アストレア」

「メアリ・アストレア・ウィンザーと申します。お初御目文字仕ります」

 ウィリアムに紹介されたので、名乗った。おそらくアビゲイルはメイと同じくらいか、むしろ少し年下だろう。だから、彼女の家名を聞いてもピンとこないはずだ。

「レッドラップ公爵家のアビゲイルよ。アストレア、と呼ばれているのね?」

「恐れながら、王妃陛下と同じ名前だからでしょうか」

 不機嫌そうにメイを眺めるアビゲイルに、メイは愛想笑いを浮かべる。アビゲイルはさらに不機嫌そうに顔をしかめた。

「名前が仰々しすぎるのではない?」

「名前負けしている自覚はありますが、私の変人の父がつけた、正真正銘の本名なのでどうしようもありません。裁判所にも訴え出たのですが、改名するほどの根拠が足りない、と突き返されました」

「そ、そう」

「お前、そんなことしてたの」

 驚いたようにアビゲイルが相槌を打ち、ギルバートはあきれたように首を左右に振った。その時の裁判所の回答は、名前として成立しているし、ミドルネームであることからも生活に不利益が出ているとは認められない、とのことだった。


「私は似合っていると思うけどね」


 星乙女、というよりその元になった女神の権能、正義のことを示していると思われる。だが、メイは自分が正義だとは思っていないのであいまいに微笑む。アビゲイルがウィリアムをにらむ。婚約者の自分よりもメイをほめるので面白くないようだ。当然か。

「エドワード殿下は何をしてるのだろう」

「エド? まあもともと社交界に出てくるタイプじゃないし」

「それは知ってるけど」

「お前はどれだけ情報を集めたんだよ」

 ツッコまれつつも考える。ウィリアムは内政掌握のために社交界に出ていると考えられる。こうして貴族の屋敷の夜会に参加すると、城を空けることになる。それを嫌い、エドワードを置いてきているのだと考えられた。おそらく王妃は王の代理を務めている。


 ……状況としては理解できるのだが、少々疑問も覚える。メイはウィリアムとエドワードが協力関係にある以上、ほかの王位請求者がいると考えているが、双子の王子をそれぞれ引き離しておけるなら、それはそれで保守派には都合がよいはずなのだ。王宮の方で動きがあってもおかしくない。いや、待て。


「……そうか。王妃陛下が抑えているのか。納得した」

「自己完結するんじゃねぇよ。どういうことよ」

「いや、今の情勢についてちょっと考えてただけ」

 となると、保守派はまだ手出しできていない。ウィリアムがどれだけ証拠を集めているかにもよるが、彼は今のうちに過激派をたたいておきたいはずだ。……保守派の過激派って、意味が分からないが。

「いやー、助かった。一人で行くと囲まれるんだよな」

「二人でも囲まれた……」

 メイがぐったりと馬車のクッションに寄りかかりながら言うと、ギルバートはふっと笑った。

「二人いれば、被害は二分の一!」

「……」

 納得してしまった自分が悔しい。

「それもあるけど、俺だけだと全部覚えておけないんだよ」

「私も必要のあることしか覚えておけないんだけど……」

 完全に記憶するのなら、ルーシャンを連れてくるべきだったな。

「あと、ジーンも言ってたけど、俺たちとお前じゃ視点が違うのよ。別の目が欲しかったってのもあるな」

 意外としっかりした理由を述べられて、メイは面食らう。残念なところを見る機会が多いが、やはりギルバートも公爵だった。

「ま、俺たちは情報を集めてつぶされないように立ち回るしかないわけだ。とりあえず、お前は明後日、王妃陛下のサロンで頑張ってきてくれ」

「……そうだね。了解」

 ギルバートの方は議会だ。まだ終わっていない。長い議論である。いや、議論が長引いているわけではなく、結論が出ないだけだ。もはや議会の採決方法に問題がある気がする。


「……今回はセアラもいないし、オーモンド伯爵夫人から離れるなよ」

「あ、はい……」


 なんか普通に心配された。自分が出席できない議会について考えている場合ではなかった。ギルバートにも指摘されたが、明後日のサロンはメイ一人なのだ。どうしよう。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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