【6】
遅咲きの薔薇が咲き誇る、見事な庭だった。さすがは宮殿の庭園。ちゃんと薔薇のアーチもある。いや、そこではないが。
「お前、はぐれるなよ」
「わかってます」
気にかけるように声をかけてきたギルバートに、メイはすまして答えた。ガーデンパーティーなので当然外だが、晴れてよかった。まあ、時期的に雨の少ない時期ではあるが。
日常生活で顔と名前が一致しないメイだが、必要とあれば覚えられる。パーティーの参加者も何とか名前が一致しそう。というか、ギルバートの知り合いが多い。公爵であるから当然なのだが、ひっきりなしに人が来るので、メイの顔が死んでいる。ギルバートが連れているのが妻のセアラではないため、メイのことも尋ねられるのだ。
「お前、愛想笑いくらいしろよ」
「表情筋がこわばってきたのだけど」
「それはわからんでもないな」
疲れてきている二人である。セアラならうまくギルバートを乗せるのだろうか。だが、メイには無理だ。
「ギルバート、お久しぶりですね。アストレアも」
「王妃陛下。お招きいただき、ありがとうございます」
ギルバートに合わせてメイも最上級のカーテシーを行った。ウィリアムにエスコートされた王妃メアリ・エレノアが微笑んでいた。フットワークの軽い王妃様である。
「ええ。楽しんでいらっしゃる? セアラはお元気?」
生真面目だが柔らかな表情と口調で王妃が尋ねた。ギルバートは「おかげさまで」と無難に応じる。妊娠したのだと公言はしていないが、察しているものは多いだろう。
「アストレアも、今年は会えないと思っていたからうれしいわ」
「私も、またお会いできてうれしいです」
嘘ではない。王妃には好感を抱いているので会えたことはうれしい。期待と言ったのは自分だが、別に社交が好きなわけではない。ルーシャンなどは、メイはどちらかというと愛想がよい方、などというが、それはまた別の話だ。
王妃は満足げに微笑む。聡明で硬い印象の王妃の微笑に周囲がざわめく。王妃が気を使ってくれているのはわかるが、メイは思わずこの後の騒動を想像してギルバートの腕をつかんだ。
「え、お前、どうしたの?」
ウィリアムと話していたギルバートが、突然腕をつかまれたことに驚いて見せる。ウィリアムなどは「大丈夫だよ。お兄ちゃんとらないから」とからかうように言う。違う。そうではない。
「そういえば、エドがお世話になったみたいだね」
「……いえ、こちらこそ」
春のブラックバーンの件だろう。エドワードがウィリアムが指示した、と言っていたので、メイも警戒心マックスだ。少なくとも、ニーヴは「エドワードはうそをついていない」と言っていたので、ウィリアムの提案であることは間違いなのだろう。
「そういえば、そんなことを言っていたわね。今度お話を聞かせてほしいわ」
「お話しできるほどのことはしていませんが……」
「そう? 私も聞きたいな」
「……」
王妃と王子に詰め寄られ、退路なし。ギルバートにあきらめろ、とばかりに彼の腕をつかんだ手をたたかれた。
「……では、機会があれば、是非に」
「楽しみね」
やはり微笑んで王妃がウィリアムとともに離れていく。思わずメイは顔をしかめた。
「メーイ、顔」
「わかってる」
自分の頬に手をやり、何とか表情を戻す。周囲が話しかけたくてそわそわしているのを見て取ったギルバートがメイの肩を押す。
「疲れたな。少し休憩しよう」
「あ、はい」
思わず敬語のメイだが、気を使ってくれたのがわかった。休憩を宣言している相手に話しかけるのは、結構勇気がいる。
だが、話しかける人がいた。
「ぐったりね、アストレア」
ガゼボで休んでいたメイに声をかけてきたのは、ダークブロンドの三十歳ほどの女性。オーモンド伯爵夫人エイミーだ。ガゼボをのぞき込んでいる。
「オーモンド伯爵夫人、ご機嫌麗しく」
「あら、ありがとう、シズリー公爵。お邪魔してもよろしいかしら」
「どうぞ」
ギルバートが微笑んで彼女に席を勧めた。礼を言って、遠慮なくガゼボに入ってくる。
「セアラさんはお元気でしょうか。お祝いを申し上げる、でよろしいのですよね」
にっこり笑って核心をついてくるエイミー。まあ、王妃のサロンに参加している時点で、彼女は聡明な女性であることはわかりきっている。
「ありがとう。メイはセアラの代わりに連れてきたんだが、たまに様子を気にしてもらえると助かる」
「もちろん、よろこんで。ねえ、アストレア」
「……よろしくお願いします」
メイとしても、同性が気にかけてくれるのは助かるが、自分以外のところでポンポン話が決まっていく。
「エイミー」
「デイヴ、こっちよ」
エイミーがひらひらと手を振るのは彼女と同年代くらいの明るい茶髪の男性だ。相変わらず顔と名前の一致しないメイだが、おそらくエイミーの夫のオーモンド伯爵だ。デイヴ、ならデイヴィッドの愛称だろうか。
「妻がご迷惑を」
「いや、これから俺のいとこが迷惑をかける予定だから、大丈夫だ」
それは大丈夫なのか? 迷惑はかけると思うが。
「ま、とりあえず、いとこのメアリ・アストレアだ。メイ、こちらはオーモンド伯爵デイヴィッド」
「またいとこの、メアリと申します」
面倒くさいのか、みんなギルバートのいとこだと言うので、それが定着しつつあるが、またいとこだ。
「ははっ。ご丁寧に。デイヴィッドだ。妻がお世話になっている」
「こちらこそ」
感じの良い人だった。気さくな伯爵夫妻である。まあ、シズリー公爵夫妻も似たようなものか。
「それで、アストレアは今年は何をしに来たの?」
「何かないと来てはいけませんか?」
「そう? だってあなた、爵位を返上したのにわざわざ社交界に出てくるって、何かあるっていうようなものでしょう?」
「……まあ、そう、ですね」
「親が爵位を返上したのか」
デイヴィッドがそんなことを言うので、思わず見つめ返してしまった。一男爵家のことなど、覚えていない人が大半か。
「あー、オーモンド伯、こいつはメアリ・アストレア・ウィンザーっていうんだよ」
ギルバートが、今度は姓も含めてメイを紹介する。そういえば、さっきはすべてを言わなかった。
「先ほど聞きましたよ……あ、ウィンザー……ウィンザーか。と言うことは、ノエル様の娘?」
「どのノエルかわかりませんが、私の父の名前はノエルですね」
よくある、とは言わないが、一般的な名前なのでノエルさんもそれなりにいらっしゃるだろう。
「クリスティアナ様の娘さん。そっくりよね」
エイミーが夫の疑問を肯定する。デイヴィッドは「へえ」と目を見開いた。
「例の、家財を清算して爵位を返上した女の子?」
「あら、素敵なレディでしょ」
「……そうだな」
貴族たちの中でメイがどんな噂になっているのか気になるが、怖くて聞けない本人である。
「……ま、ちょっと変な奴だけど、引かずに見守ってやってくれ」
「そういえば、ノエル様の変……変わった人だったが」
ギルバートのフォローになっていないフォローに、デイヴィッドが思い出したように言う。エイミーは笑って「すごーく頭がいいのよ」と言った。
「ねえ?」
「それにうなずく人はよほどの自信家だと思うのですが……」
「あら、それもそうね」
けろりとエイミーは言う。それから、「今度、一緒に出掛けましょうね」なんて約束を取り付けてくる。なぜこんなに良くしてくれるのかわからないメイであった。
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