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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第9章【6月・誰がための戦い】
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【5】











 メイは今、王都にいる。本当にギルバートに同行してきたのだ。メイ自身も気になることがあったし、ギルバートは妊娠中で動けない妻の代役が欲しかった。利害の一致というやつだ。


「一か月くらいで帰りたい……!」

「なんかあわただしくてごめんな……ジーンともたまにしか会えないのにさ」

「いや、それは別に」

「ひどいな! 泣くぞ、ジーンが!」

「ギルバート様も泣いてるよ」


 メイは半泣きのギルバートに向かってあきれて言った。言いながら自分が泣いているギルバートは「だって!」と反論する。


「だって、お前ジーンがかわいそうだと思わないのか!? たまにしか会えない恋人がこの扱いだぞ!」

「ギルバート様、私がジーンに甘えるところ見たいの?」


 メイがその問いを発した瞬間、ギルバートのテンションは急激に下がった。

「……いや、見たくないな……あれだな。かわいがってる妹が恋人といちゃいちゃしてるのを見てしまった気分」

「例がよくわからないけど、ギルバート様にとって私はその枠ということでいいんだね?」

 メイは妹分、と言ってはばからないギルバートだが、本当にその枠でいいようだ。

 まあ、この話に決着がついたところで、ギルバートがメイに話を振る。ちなみに、今二人はアフターヌーンティーの最中である。

「んで? お前が気になってることってなんだよ」

「陛下のご容態」

「つまり、後継者争いに発展するかってことか」

「前にも言ったけれど、いわゆる『お家騒動』的なものにはならないと思う」

「あ、そういや言ってたな。少なくとも、ウィルとエドの間ではもめないだろうって。ま、二人とも賢いもんな。この時代に王位継承戦争なんて、ナンセンスではある」


 過去を見れば、この国でも王位継承戦争が勃発したケースは存在するが、それは今より昔、もっと王権が強かったころの話だ。今となっては、すべてが王の思い通りになるわけではない。争ってまで、得る王位ではない。


「ウィリアム殿下が、このまま実権を握れば問題ない。だけど、ほかの人なら? 少なくとも、リアン・オーダーがこのまま存続できるのかを見極めなければならないと思う。誰かにとっては、オーダーは一定の戦力を持った危険組織に他ならないのだから」

「ああ……うん」

 ギルバートが引き気味にうなずいた。リアン・オーダーがまがいなりにも問題なく活動できるのは、政府の黙認があるからだ。それを理解していないシズリー公爵でもあるまいし。

「はあ……悪い。そういうの、本当は俺が考えなきゃいけないんだよな……」

「誰にでも向き不向きはあるのでしょう。まあ、私もそもそも、こうした戦略・政略面は不得手だけど」

「そういう知識を得てないんだから、当然だろ……できる方が怖いわ。つーか、現時点で俺はお前が怖いよ。グレアムがお前の頭ン中トレースしたいっていうの、わかるわ……」

「戦死する場合でも、脳が残るように善処しよう」

 ここ数年ずっと言われている上に、ついに弟にすら言われるようになってしまったので、メイもそうまぜっかえした。


「とにかくまず、明後日お前連れて宮殿のガーデンパーティーだな。王妃主催のやつ」

「了解。一応ドレスも持ってきたしね……」


 ギルバートがセアラの代わりのパートナーを求めていたので、メイがセアラの代役なのだ。親戚、というかまたいとこだし、そんなに不自然ではない。たぶん。

 事務連絡的なやり取りをして、当日。ギルバートは宮殿へお仕事へ出かけるが、メイは暇だ。最近の勢力図などを確認していると、侍女頭から声をかけられた。

「メアリ様。そろそろお支度を」

「え、早くない?」

 ガーデンパーティーは午後から。今はまだ午前中なのだが。そう思って言うと、主が連れてきた親戚の女にも親切に……というか、敬意を持ちつつ遠慮なく接してくれる侍女頭は言った。

「いいえ、早くありませんわ。奥様がいらっしゃらない分、メアリ様を徹底的に磨かせていただきます。お任せください。奥様の許可はもらっています」

「ええ……」

 去年、セアラに同行したときは添え物扱いだったので、メイの格好は簡素なものだった。それでも普段よりはだいぶ着飾っていたが。だが、今回は公爵であるまたいとこ殿の隣にいる以上、そうはいかないのだろう。理屈はわかるが。


「ええと、一応言っておくと、私、ギルバート様とそんなに身長が変わらないからね」

 ハイヒールなんて履こうものなら、ギルバートの身長を超えてしまう。そこだけは釘を刺しておく必要がある。

「承知しております。そこは仕方がありませんわね。大丈夫です。素材はいいのですから、目を見張るほどの美女にして見せます!」

 こぶしを握る侍女頭。それに従うほかの侍女や女官たちも勢い込んでいるので、女主人を着飾れないうっぷんを、代理のメイで晴らそうとしているのだ、と受け止めることにした。どちらにしろ、彼女らの力を借りなければ、メイは支度ができない。

「よ、よろしく」


 昼食のころ、ギルバートは帰ってきたようだが、メイは支度中で部屋で軽く食べただけだった。当然だが、セアラとメイでは似合うものも違うのでちょっともめたが、ガーデンパーティーの時間までにはちゃんと仕上がった。そのメイを見てギルバートが一言。

「馬子にも衣裳」

「ギルバート様、さすがに一発殴るよ」

「いや、普通に似合うな。かわいい、というよりはきれいだな。叔母上に似てる」

「よく言われる」

 ギルバートの言うところの叔母上は、メイの母のクリスティアナのことだ。まったく分裂したように似ているわけではないが、メイは母親似ではある。

「あたりまえだけど、セアラと雰囲気が違うよな」

「あたりまえでしょう。セアラほど美人じゃないもの」

 ドレスの色は淡い菫色で、これ自体はセアラも身にまとう色であるが、背が高く美女とは言えないメイが装うには、セアラのものは印象が強い。要は、身に着けるものに顔が負けてしまうのである。

「大丈夫ですわ、メアリ様。私どもの自信作です。旦那様をよろしくお願いします」

「あ、俺がよろしくされる方なのね」

 侍女頭に言われ、ギルバートは苦笑、メイは「承知した」とうなずいた。ギルバートにエスコートされ、馬車に乗り込む。


「ま、美人にできてるよ。ジーンに見せてやれればなぁ」


 しみじみと言われる。息子の方はいないが、父親の方には遭遇するかもしれない。

「まあ、それはまた今度かな」

「あ、着てあげるのな」

「スカートをはくと喜ぶんだ」

「まあ、男ってのはそんなもんだよ」

 実のない会話をしながら、馬車に揺られる。宮殿が見えてきた。そういえば、王妃主催だから会場は宮殿の庭なのか。

 一年前もこうして宮殿を訪れた。その時は添え物扱いだったのに、今は一応とはいえ招待客。不思議なものだ。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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