【4】
六月の定例十二人会議の日。定例、ということは臨時もあるのだが、今のところルーシャンは臨時会議で全員集まったところを見たことがない。
まあ、今回は定例会議なので全員集まってくる。そして、シズリー公爵家からはギルバート一人の参加だ。妊婦のセアラはおいてきたらしい。なお、レナードはまだシズリー公爵家でお世話になっており、もはやメイは王都に行くしかないのではないかとルーシャンは思っている。
思っていたのだが、メイは戦術参謀が自分しかいない限り、本部を動くのをためらう。なのだが。
「メイ、お前の代わりを連れてきたぞ」
「え、うそでしょ」
メイが素で驚いたように目を見開いた。ちなみに、エントランスでのやり取りなのでみんな見ている。文字通り引きずってきた男を指さして、ギルバートは言ってのけた。
「学会で某教授を蹴り上げて学会追放となったアシュリーだ」
「ええ……」
さすがのメイも困惑の表情になる。というか、どこかで聞いたことがあるような話だ。ルーシャンは某教授の医療ミスの責任を押し付けられたのだが、どこの世界も教授という生き物はそういうものなのだろうか。
「初めまして、アシュリー・エリクソンです。どうぞよろしく」
見た目よりもハスキーな声だ。ブロンドに青緑の瞳をした中性的な印象の人物で、身長はメイよりやや低い。メイは一般的な女性に比べてかなり背が高いので、比較対象にはなりえないが……。
「男性?」
「あら、すごい。たいてい、初対面の人には性別を聞かれるのだけど」
にっこりと笑ってアシュリー(男性)は言った。離れたところから眺めていたルーシャンも骨格から男性かな、と思っていたのだが、メイはどこで気づいたのだろう。
「いや、確信はなかったのだけど。メアリ・ウィンザーです。良ければメイと呼んで。オーダーだけでもメアリが六人いるから」
あ、そんなにいるのか。確かに、医療部と事務部にもメアリさんがいらっしゃるのは知っているが。
「了解。メイね。ギルのいとこだって聞いてたけど、似てないのね」
「またいとこだよ。私は母親似だし。弟のルーは少し似てるかもしれない」
ルーシャンはびくっとした。話を振られると思っていなかったのだ。ギルバートとメイの視線を追ってこちらを見たアシュリーが「あら、いい男ね」とほほ笑んだ。
「弟に言い寄るなら、まず私を通してからにしてちょうだい」
「これは難敵ね。大丈夫よ、私、どちらかというとメイの方が好みだわ」
メイ、困惑。
「お前、最近モテ期来てるんじゃないか」
「うれしくない……」
ギルバートが笑いながら言うが、メイは本気で迷惑そうだ。
「というか、お前普通に話せてるな。先輩、一応男だしダメかと思ったんだが」
「別に話す分ならそんなに」
メイが小首をかしげている。確かに、不用意に触れられなければ、メイは以前から男性と普通に話していたように思う。
「一応って失礼ね。性自認は一貫して男よ。ただ、きれいな恰好が好きで、突き詰めたらこうなっただけで」
「キャラが濃い」
「世界中のだれも、お前には言われたくないだろうよ」
「仲良しねぇ」
アシュリーが笑って言った。確かに、メイとギルバートは、破天荒な妹と妹に振り回される兄のようで面白くはある。しかし、キャラの濃さはアシュリーの方が強いと思う。メイを見慣れているからだろうか。
とにかく、ギルバートはメイの懸念の解決策をひっ連れてきたので、これは本当に王都に連れていかれることになりそうだ。メイも気にしていたので、行くだろう。
ギルバートとメイの珍道中か。本当に珍道中になりそうでちょっと見てみたい気もする。
ところで、アシュリーはしれっとリアン・オーダーになじんでいる。変人が多いので埋没しているともいう。中性的な外見の男性なので、あまり女性的な言動が目立たないのかもしれない。
「メイ……あなたの頭の中、どうなってるの? 調べた方がいいんじゃない?」
そんなアシュリーも、おそらく同業者であろうメイの仕事ぶりを見て引いていた。メイは不本意そうだった。
「どうもなってない」
「まあ、そういうことにしておきましょ。普通、国全体の地形が頭に入っていて、その中でオーダーの騎士たちがどう動ているか想像するなんて、できないけれどね」
それはルーシャンもちょっと引いた。
ところで、全然十二人いない十二人会議も開催されている。この十二人会議、特に任期はないが不信任決議などはあるらしい。ふさわしくない、とされれば除名される。メイがそれを食らっていないということは、一応それなりに信認があるのだろうなぁと思うルーシャンである。
「でもまあ、メイの頭がおかしいのは事実だけど、あんたのせいだと思うわよ、ギル」
「わかってるよ! けど、人には向き不向きがあってだな」
「セアラの方が向いてるもんね。ま、私を連れてきただけましね。メイ、どーんと任せておきなさい」
「不安しかないのだけど」
アシュリーとギルバートとメイの会話である。少し離れて眺めているジーンをつついた。
「気になるなら入って来ればいいじゃん」
「……会話についていけない」
むすっとして言われた。強面だから恐れられていたジーンだが、メイと付き合うようになってから残念さが前面に出てきている気がする。メイが残念なお姉さんなので、引きずられているのかもしれないが。
「結局姉さん、王都に行くって?」
「……ああ。俺はついていけねぇのに……!」
ジーンの顔がゆがんでかなり凶悪になった。これくらいでおののくルーシャンではないので、話を続ける。
「でも、公爵のお供でしょ。大丈夫でしょ」
メイはギルバートのいとこ(ということになっている)だし、妊娠して社交界に行けないセアラの代わりだ。メイに女主人の代わりが務まるかと言われると甚だ疑問ではあるが、まあ、教養もマナーもあるし、ある程度は大丈夫だろう。たぶん。
「あの女がおとなしくしてるわけねぇだろ。……まあ、俺がいたところで追いつけねぇんだけど」
「ああ、うん。そうね」
ジーン、メイをよく見ている、と思う。ちょっと怖い気もするが、メイにはそれくらい踏み込んだ方がいいのかもしれない。そして、メイはたびたび自己完結して独力解決を試みるので、ジーンの『追いつけない』にも納得できる。そして、たいてい解決できる。メイに奇行が目立つのは、こういう面もあるからだろうな、と思う。
「まあでも、姉さんはやるって言ったらやるから、止めようもないよね。フォローしてあげたよ。ほら、春にブラックバーンに行ったとき、一応ジーンの言葉が効いてたみたいだし」
ブラックバーンに行った当時は、ルーシャンはジーンがメイに言った言葉を知らなかった。だが、戻ってきてから聞いて、なるほどなぁ、と思ったものだ。メイは人を斬れない、という割には思い切りがよすぎたな、と思ったのだ。
もう一度言うが、ジーンはメイをよく見ている。メイが人を斬ることができない原因が、自分を大事に思っていない、ということが根本にあると気づいていたのだろう。メイは人のためになら動ける人間だ。先日だって、ルーシャンやレニーのためなら自害する、と言い切った姉である。あれはちょっと行き過ぎだと思うけど。
だから、ジーンはメイに何かあったら自分が泣く、と訴えたのだ。ちょっと情けないかもしれないが、いい方法だったと思う。メイにとっては。
「お前も知ってるのかよ……誰だよ、話したの」
「シャーリーから話を聞いたブルーノだね」
まあ、事の成り行き情仕方がなかった面もあるが。そのブルーノは今、出張討伐に出かけていて不在なので、ジーンも責められない。
ちなみに、メイの秘書のようなことをしているシャーリーだが、メイは彼女も連れて行こうと言ったらしい。確かに、シャーリーも貧乏とはいえ貴族の出身であり、メイやルーシャンとは違い、その家族はまだ爵位を保有している。連れて行ってもよいのだが、十二人会議で却下を食らったらしい。
「まあ、姉さんに好き勝手やらせたら、物事は解決できるけどウィンベリーくらい吹っ飛びそうだよね」
「ああ、なんかわかるぞ、それ。気づいたら周辺更地になってそう、というか」
「爆弾で丸っと吹っ飛ばすとか、そういうのじゃないんだよね。同じスケールの大きさでも、丹念に計画を立てて根元から刈り取るというか」
「なんで俺、あいつのこと好きなんだろう……」
おっとジーン、そこに行きついてしまったか。言い出したのはルーシャンなので、一応フォローすることにした。
「まあ、僕も姉さん好きだし。情が深くて優しいよね。天然だけど」
「天然な……どんなにつらくても立ち上がれる強さがいいんだよな、あいつは」
うわあ、なんかのろけられた。こちらものろけ返した方がいいだろうか。そう思っていると、メイがやってきた。
「とりあえず、私はアシュリーに引き継ぎをしてくるから、帰るなら先に……どうしたの?」
「いや、何でもない」
変な表情をする恋人と弟を見上げて眉をひそめたメイに、二人して首を左右に振った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
誰かが、その人がいなければ成り立たない組織は組織として終わっている、と言っていました。たぶん。そんなようなことを言っていたと思う。




