【3】
ギルバートの説得は夕食を共にしている間も続いた。四歳のダニエルも一緒で、ルーシャンはほとんどこの小さな男の子をかまっていた。レニーは、どうやら自分より年下の子供に慣れていないようで戸惑っている。末っ子だもんな。
「行こうぜ。王妃陛下もお前に会いたがってるんだろ。ついでにセアラの代わりにパートナーをしてくれると助かるけど」
そう、セアラは今妊娠しているらしい。なので、この夏の社交シーズンは領地でお留守番の予定なのだそうだ。それもあって、ギルバートは余計にメイを連れていきたいようである。
「行かない」
「頑なだな! 何がいやなんだよ! 俺か!?」
「それ、自分で言ってて悲しくならない?」
「なる」
セアラにいぶかしげに尋ねられて、ギルバートがしょんぼりして言った。レニーが避難がましくメイを見る。
「姉さん……」
「だったら私に代わる参謀か戦術家、もしくは作戦指揮官を連れてきて」
「そんな人間がその辺に転がってたら苦労しねぇよ……」
メイのもっともな指摘に、ギルバートがやはりげんなりしながらうなだれた。
「俺の父はよくお前を見つけてきたよなぁ」
「私、前線勤務志望なのだけど」
「そういやそうだったな。父上は最初から参謀にするつもりだったみたいだけど」
「師範がこの前、そういうようなことを言っていたけど……才能があるかなんてわからないじゃない」
「いやー、メイの場合はわかりやすいわよ。十二歳の子供の時に財産を清算したでしょ。それって論理的な思考回路と判断能力がないとやっぱりできないわ。先代様はわかっていたと思うわよ」
セアラにそんなことを言われてメイも鼻白む。やはり、こういうのは才能だという。メイは誰もがそれなりに学べばできなくはない、と言うが……。
「とにかく、わかった。お前の代理を連れてくればいいんだな」
「……自分で言っておいてなんだけど、見つかるとは思えないのだけど……」
まあ、メイだって自分で探していないわけではないのだ。メイも役目を押し付けたいわけではなく、一人で賄うには、少々状況が厳しいのだ。交代要員がいないのはきつい。リアン・オーダーは常に人手不足であるが、医師のルーシャンはとりあえず三交代制だ。
「……お前の弟、レナードの方ができたりしないか?」
「無理です」
レニーが即答した。こういうところ、レニーとメイは似ていると思う。自分の能力の限界を見ているというか。
「いや、ルーよりは見込みがあると思う。けど、弟にさせるなら絶対に王都に行かない」
「お前、なかなかのブラコンだな……」
ギルバートがあきれながら言うが、セアラがふと気づいたようにメイに向き直る。
「でも、それはもし交代要員がいれば、王都に行っていいってことよね」
「十二人会議を説得できればね。だがまあ、気になることがあるのは事実だね。できれば、レニーのことはこのまま預かっていてほしい」
「いや、勝手に決めないでよ姉さん! 確かにもう卒業してるけども!」
寄宿学校を卒業して、もうリッジウェイ家の方に戻ってきているらしい。そこから、謎の行動力を発揮してシズリー公爵家まで来たわけだ。
「ってことは、レニーが危ないってこと?」
「お前もね。まあ、ルーは本部にいれば安全でしょう」
「ちなみに、どんな危険?」
「私に対する人質」
「ああ、うん」
なんだか納得してしまった。春にブラックバーンでエドワード王子に会った時、そんなようなことを言っていたし。
「お前、そんなことされて言うこと聞く?」
「いや、自分が死ぬ」
「姉さん……」
そういうところだぞ。本当にやりそうで怖い。彼女は自殺するほどの度胸もない、と言ったことがあるが、弟を助けるためなら、やる。
「じゃ、やっぱりレナードは保護しなきゃね」
「……」
勝手に保護されることが決まったレニーは不満顔だ。だが、ルーシャンも保護された方がいいと思う。
「ていうか、姉さんどれだけ恨み買ってるの」
「そんなつもりはないんだけど」
さすがのメイも困ったようにレニーに答えた。そりゃあ、恨みを買おうと思って行動する奴はそういない。メイは基本的に温厚で性根の優しい女性だ。
「そんなに姉を疑ってやるなよ。世の中には、自分が望まなくとも恨まれることだってあるんだぞ」
しんみりとギルバートが言うので、ルーシャンもセアラも苦笑してしまった。表情が変わらないのはメイだけだ。
「姉さん図太い」
「そうか? 繊細でかわいい俺の妹分だぞ」
「……シズリー公爵と意見が合わない」
レニーが眉をひそめて言った。まあ、メイが図太いのは事実だが、どちらかというとルーシャンもギルバートに賛成だ。
「というか、もし姉さんが王都に行くことになって、行っても大丈夫なの? 今回もジーンが一緒! ってわけにはいかないでしょ」
「そりゃあそうだね」
メイも否定しない。二年連続、メイとジーンがともに王都に行くことは不可能だろう。それこそ、メイかジーンの代わりがいる。メイは有能な参謀兼総指揮官(代理)であるが、ジーンは優秀な戦場指揮官なのだ。おそらく……。
話が脱線しているうちに、ダニエルがうとうとしてきた。乳母がダニエルを抱きかかえる。妊婦であるセアラもともに退出した。レニーが居心地悪そうに身じろいだ。
「メイ、実際のところを聞かせてほしい。王都の状況を鑑みて、どう思う? 俺たちはどう動くべきだ?」
「そういうのはセアラと話し合ってほしいのだけど」
「身重のあいつにか? 飛び出していくぞ、あいつ」
「それはまずいね」
食後の紅茶のカップを押しやり、メイがテーブルに肘をついた。行儀が悪いが、その表情が真剣で誰も突っ込めない。
「陛下のご不調が続いていることを気にしているんだよね。まあ、ざわついているのは周辺でしょう。王国法に基づけば、次の王になるのはウィリアム殿下なんだから」
「エドとウィルで王位継承戦争にはならない?」
「少なくとも、二人はする気はないのではない? 少なくとも、二人に戦の準備の動きはない」
「お前、そういうのどこから調べてくるの?」
「本人の動きの公式記録とか、物資の流れとか。まあ、だから二人が正面からやりあうことはないのではないかな。ざわついているのは周囲。ウィリアム殿下ではなく、エドワード殿下を王にしたいもの。もしくは、自分が王になりたいもの……この二者は、王子二人がお互いにつぶしあうことを望んでいるだろうけど」
「ウィルとエドが戦ったら、どちらが勝つと思う?」
「ウィリアム殿下」
「その心は」
「ウィリアム殿下は大した戦略家だな。緒戦なら私でも勝てるかもしれない」
だめだわからん。とにかく、メイは王子たちではなく、その周辺がざわついているのだろう、と言いたいのだろう。
「とにかく、ギルバート様はどちらかに肩入れしているような様子を見せないことだね。でも、それなりの備えは必要だと思う」
「わかった。ま、巻き込まれないのが一番だよな……」
「退路も確保しておこう」
どんどんメイとギルバートの間で話が固まっていく。レニーが眠そうにあくびをしたので、ルーシャンは二人に声をかけた。
「すみません。そろそろ切り上げませんか?」
「あ、すまん。そうだよなあ、眠いよな。ま、自宅だと思ってくつろいでくれ」
「無理です」
異口同音に弟たちが同じ主張をしたので、豪胆な姉は軽やかに笑った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ギルバートの父にとっても、メイは思わぬ拾い物。




