【2】
さて、メイが合流したところで、レニーは突然メイに立ってくれ、と言った。今しがた座ったところの姉は眉をひそめながらも末の弟の頼みに従って立ち上がった。
「くっ……! まだ抜かせない……!」
レニーがショックを受けたように言った。身長の話のようだ。ルーシャンが言うのもなんだが、メイはとにかくでかい。男に見えるわけではないが、すらっと長身なのだ。後ろから見ると立ち姿がきれいだ、と言ったのは誰だったか。ジーンだっただろうか。
「でも前より差が縮まってるよ」
たぶん。冬に会った時はレニーはメイの鼻のあたりまでの身長だったが、今は目の下あたりまで来ている。順調に伸びてはいるのだ。一応。
「このままじゃ姉さんよりも小さいままだ……」
レニー、姉と同じくらい情緒不安定だな。その姉のほうはジーンと付き合うようになってからだいぶ安定してきている。
「……まあ、僕も十七、八歳くらいの間にぐっと伸びたから、レニーもまだ伸びるよ。大丈夫」
成長期は人それぞれであるが、レニーはまだ伸びる余地があると思う。大丈夫だ。セアラはくすくす笑っている。
「メイの弟とは思えないくらいまっとうでかわいいわねぇ」
「セアラは私をなんだと思っているの」
「少なくとも、変人だと思っているわ。そうね。メイだって、初めて会った時は私よりも背が低かったものね」
友人だろうに、セアラはなかなか舌鋒がきつい。メイが怒らないとわかっていて、かつ本当に好きなのだろうと思う。
話がそれたが、お茶をしながらレニーが突然訪問の理由を姉にも語った。メイは「なるほど」とうなずく。
「大学に行くと聞いているけど。というか、来るのはいいけど突然訪問はやめなさい」
「あ、姉さん。それ、僕が最初に言った」
「ああ、そう?」
ルーシャンが口をはさむと、メイはそれ以上は言わなかった。レニーならわかっていると、メイも判断したのだろうと思う。
「やりたいことがない、ね……まあ、大学で勉強しながら考えてもいいんじゃないの」
「えっ」
弟二人が、姉の言葉に驚きの声を上げた。それってありなの。
「いや……私は学校に通ったことがないからわからないけど、確かに急に何かしたいことを決めろって言われても困るでしょ」
「……僕、十七で医者になったんだけど」
「まあ、そういう人もいるよね。私だったらやりたいことが見つからないだろうなってこと」
確かにルーシャンが進路を決めた時期は早かったけども、そういうものなのだろうか……。
「姉さんだって、十二歳の時にグールと戦うって決めたんでしょ」
「それは家族が襲われたからだよ。そうでなければ、今頃何をしていたかわからない。まあ、家で父を手伝っていたかな……」
意外過ぎてじっと姉を見つめてしまった。セアラもティーカップを手に持ったまま口を開いた。
「そうなの? でも、あんなに勉強してグール討伐の指揮を執ってくれてるじゃない! ギルのせいだけど!」
夫をディスるのを忘れないセアラである。
「それも、グールに襲われてオーダーにやってきた結果だね。ここに来るまで、私は戦略と戦術の違いも知らなかった」
「でも、ジョエルさんが姉さんは参謀にするために連れてこられたって」
「それは先代公爵の思惑であって、私の意志ではないね。今となっては、用兵や統計学にも興味はあるけれど、それは『知っている』からそう思ったわけだ」
急に話が戻った気がした。そう。これはレニーの相談事なのだ。
「多くのことを知っている、というのは大切なことだよ。自分の未来の選択肢を増やすことになる。せっかく大学に受かったんだ。勉強しながら、ゆっくりと考えればいい。何も急いで人生を決める必要はないからね」
「……うん」
レニーがこくりとうなずいた。ルーシャンは目を見開いてすまし顔で紅茶を飲む姉を見る。
「姉さん、なんか先生みたい」
「お母さんじゃないの?」
「あ、うちの母さんが言いそうでもありますね」
そういうことじゃないんだけど、とセアラはルーシャンに苦笑する。
「母さんってそういう人だったんだ……頭がいい人だって聞いてたけど。……ていうか、俺、姉さんや兄さんほど頭もよくないや……」
またしょんぼりとレニーは言った。だが、姉と兄も自称それほど頭がいいわけではないのだ。
「勉強ができることと、頭がいいことはまた別の話だ。大丈夫」
「どの辺が大丈夫なの」
「あ、でもなんとなくわかるわ。メイは学校になじめないけれど、頭がいいものね。そういうことでしょ?」
セアラが手をたたいていうと、メイは「まあ、そういうことだね」とうなずいた。彼女もそろそろ、自分が頭が悪い、というのは苦しいとわかってきているのだろう。学校に行ったことがなくても、勉強は学校でしかできないわけではない。
「そして、したいことと得意なことが一致しているとも限らない」
「あ、姉さん、前線勤務が希望なんだっけ」
そこはぶれていないんだな、と思った。どう考えてもメイは後方にいる方がいい。そして、彼女は一戦闘員としてそこそこ優秀だが、戦闘指揮官としては並み以下だろう。戦いながら指示を出せないのは致命的だ。
「戦闘員は、まあ、私やルーシャンみたいのでも、そこそこ鍛えれば戦えるんだよね。でも、メイみたいな参謀はそれなりの才能がいるから、なかなか見つからないのよねぇ。よって、メイに最前線に行ってもらうわけにはいかないのよねぇ」
セアラは頬に手を当てておっとりと言った。自覚があるのかメイはため息をついた。
「一人いなくなった程度で崩壊する組織など、組織ではない」
「それ、姉さんの持論?」
レニーが半眼で尋ねた。メイの自分自身に対する評価は、半分くらい信じてはいけない。
「いや、父さんが言ってたな」
「ウィンザー男爵はやり手の商人だったものね」
セアラはメイより二つばかり年上のはずなので、ルーシャンたちの父を知っていても不思議ではない。
「なんか、姉さん見てたら大丈夫なような気がしてきた」
「そうだね。でも、これは姉さんの頭の良さのおかげだってことを忘れちゃいけないよ」
「そうだった……」
再びレニーがうなだれる。ルーシャンは手を伸ばして弟の肩をたたいた。メイは肩をすくめ、「まあ、私の能力はいわゆる、非常の才だよ。つまり、日常では役に立たない」と言った。まあ、そういう面もあるのかも……しれない。
まあ、今すぐにやりたいことを決めろというのは無理な話なので、メイの言う通り大学で学びながら探すのが最も現実的だろうとレニーも納得したようだ。そして、話がまとまるころにはギルバートも仕事を終えて顔を出した。
「おっ、勢ぞろいだな。メイ、ちょうどよかった」
ほら、とギルバートが何やら仰々しい封蝋のされた手紙をメイに手渡した。メイが眉をひそめて受け取る。
「王妃陛下から」
「えっ」
声を上げたのはレニーだ。そういえば、彼はメイが王妃と文通しているのを知らないのか。
「母さんも王妃様のサロンに呼ばれてたらしいよ」
と、ルーシャンも細くしてやる。レニーはそのつながりか、と納得したようだが、たぶん、王妃がメイを気に入ったのはそれが理由ではないと思う。
「王都の情勢がよくないな。戦いが起こりそうとかじゃないぞ。政治的に不安定なんだな。ついてはメイ、一緒に王都に行かないか」
読んだ手紙を片付けながら、メイは一言。
「行かない」
言うと思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
メイさん、人生2週目とかだろうか。




