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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第2章【6月・十二人会議】
9/124

【2】













 けが人を抱えたゆっくりとした行軍だったので、本部である城(アイヴィー城というらしい)に到着したのは、作戦終了の三日後だった。出発してから、五日が経過している。


 まだ暮らし始めて間もないが、城に帰ってきた、という感じがする。守られている感じがするのだ。このところ毎日のように顔を合わせていたメイが出迎えてくれたのもあるかもしれない。

「ルー、戻ったか」

「うん。ただいま」

 小走りに寄ってきたメイにルーシャンは笑いかける。

「怪我はないか」

「ないよ。元気」

 そう言うとメイは無表情ではあるが、ほっとしたようにうなずいた。


「そうか。よかった。お帰り」

「うん」


 弟の無事を確認した彼女は、周囲を見渡してこちらの様子を眺めていたジーンに気づいた。

「ジーン、落ち着いたら詳細な報告をくれ」

「……わかった」

 ジーンがうなずいたのを確認し、メイは足早に奥に戻って行く。さっきからシャーリーが呼んでいるのだ。

「おい、ルーシャン」

「あ、え、何?」

 医療区画に戻ろうとするところを捕まった。ジーンだ。彼が気難しそうな顔をしているので、みんなルーシャンを見捨てて先に行ってしまう。

「……」

 声をかけられたが何も言ってこない。ルーシャンはついに「え、ほんとに何?」と尋ねた。

「……メイと仲良さそうじゃねぇか」

「え、まあ、うん」

 五年のブランクがあるが、それを気にしない図太い姉弟である。

「作戦も預けられてたし」

「……そうだね」

 本当に何の話だろう。どこに着地するのだろうとドキドキしていると、覚悟を決めたようにジーンはルーシャンに尋ねた。


「お前、メイとどういう関係?」

「は? 関係?」

「こ、恋人なのか?」


 そこまで尋ねられ、ルーシャンは「ああ!」と納得した。ジーンとは、この三か月で初めて顔を合わせたのだ。新しい医者だとは自己紹介したが、そういえばメイの弟だと言っていない。姓が違うし顔立ちもあまり似ていないので、たいていの人は気づかないのだ。


 そして、これを尋ねてくると言うことは。


「もしかして、ジーンは姉さんが好きなんだ?」

「ばっ……!」


 ジーンが目に見えて焦り、顔を紅潮させた。あ、解答間違えた。図星を刺されたようで焦った彼だが、すぐに「は!?」と別の意味で慌てた。

「姉さん!?」

「うん。姉さん。メアリは僕の姉なんだ」

 そう言うと、ジーンは「はー」と息を吐いてその場にしゃがみこんだ。

「くそ……焦らせんなよ……無駄に恥かいた気分だ……」

「まあ、僕もごめん。僕、養子に出たから姓が姉さんと違うんだよね」

 ややこしかったよね、と謝る。姉弟なら仲良しだな、ですむが、メイに思いを寄せていて、姉弟という関係を知らなければ、ルーシャンはなんだあいつ、になるわけだ。

「そういや、あいつも弟がいるって言ってたし、よく考えりゃ、お前ら似てるわ……」

「え、そう? 似てるって初めていわれたんだけど」

 ルーシャンも側にしゃがみこみながら言った。みんな「似てないね」というのだ。まあ、ルーシャンもメイも、そんなにお互いが似ているとは思っていない。


「似てる。性格が。その妙に図太いところとか」

「ああ~」


 確かに性格は多少似ているかもしれない。姉弟そろって無鉄砲、と言われたことはある。


「あいつの弟なら、お前が頭いいのも納得」

「別に姉弟だから同じく頭がいいってことにはならないけどね」


 そもそも、ルーシャンとメイは頭がいい、の方向性が違うし。

「えー、でも僕、俄然応援するよ。ジーンが兄さんになってくれたらうれしいし。ジーンは優しいから、姉さんも大事にしてくれるでしょ」

「うるせぇよ……」

 力なくジーンが言った。廊下でしゃがみこんでいる二人なので、ルーシャンはとりあえず移動しようとジーンの腕を叩いた。

「とりあえず移動しない? 姉さんも報告聞きたいみたいだし」

「お前、本当に図太いな……」

「姉さん曰く、気にしていては仕事はできない、ってことらしいから」

 これに関してはルーシャンも同意だ。その結果が、上司の医療ミスを押し付けられてクビ、なわけだが。図々しい部下だっただろうな、とは思う。


 とにかくジーンは立ち上がった。それを見ながら、見かけによらず繊細だなぁと思う。ついでに、ヘタレだな、とも思う。

 メイは生まれてこの方恋人がいたことがない、と言っていた。つまり、ジーンがためらう理由がないわけで、おそらく、彼が言えないだけだろうなというルーシャンの見解だ。まあ、ルーシャンが思うだけで違うかもしれないけど。


 ジーンと別れ、ルーシャンは医療区画へ向かった。彼も出張に行った後始末がある。

「あら、お帰り。無事で何よりだわ」

 ヴィオラが顔を出して手を振った。ルーシャンは彼女の部下になるので、出張先のことは彼女に復命しなければならない。

「ちょっと遠かったけど、どうだった?」

「乗馬の練習をしようと思いました」

 初めて出張に行った時、姉に振り切られそうだったのでこっそり練習はしていたのだが、長時間の乗馬にも耐えられるようになりたい……。

「まあ、多少体を鍛えるのはいいんじゃない?」

 ヴィオラが笑って言った。ジーンや姉ほどには無理でも、体力がつくのは悪いことではない。

「ジーンもとっつきにくかったでしょう。顔が怖いし、言動もちょっと粗暴だしね」

「いえ、仲良くなりました」

「え、うそ」

 驚いた声を上げたのは、近くにいた女性医師だった。

「あんた、肝が据わってるわね……よくあの凶悪な顔に引かなかったもんだわ」

「あはは」

 いや、普通に引いたし、何なら姉の奇行にも引いている。

 ヴィオラに復命し、診察室を片付けていると、名を呼ばれた。


「ルーシャン。呼ばれてるわよー」


 なんだろう、と思って顔を出すと、ニーヴがにこにこと手を振っていた。ルーシャンを呼んでくれた女医が少しあきれたように言う。

「あんた、誰とでも仲良くなれるのね」

 そうでもないが。ルーシャンは曖昧に笑ってニーヴに話しかけた。

「どうしたの? 何か用?」

 ニーヴはいつも持ち歩いているらしい手帳のメモをルーシャンに見せた。


『メイが一緒に夕飯を食べに行こうって言ってます』


 とても簡潔なメモだった。なるほど。もう夕刻のいい時間だ。ルーシャンはヴィオラに向かって尋ねた。

「すみません。先に上がってもいいですか。姉さんに夕食に誘われました」

「いいわよー。ジーン、また誘えなかったのねぇ」

 ヴィオラはよくこういう含みのある発言をするが、今回はルーシャンにも言いたいことがある。

「やっぱりジーンは姉さんのこと好きなんですよね?」

「もう気づいてる」

 という声のほかに、ニーヴもうなずいているのでたぶん、姉自身も気づいているだろう。ジーン、どんまい。

「……まあ、準備してくるよ。街に食べにいくの?」

 うん、とニーヴがうなずいた。言葉は話せないが、「ん」という小さな声と共に彼女は笑顔でうなずいた。

「わかった」

 エントランスで待っている、というメモを受け取り(これは姉の字だった)、ルーシャンはひとまず城内の自分の部屋で着替えてきた。まあ、大して変わらないけど。


「お待たせ」

「いや。行こうか」

 姉は相変わらず男装だ。ニーヴはブラウスにスカートという簡素な格好だが、かわいらしい。

「姉さん、スカートとか持ってないの?」

「持ってなくはないけど、動きにくい」

「あ、そう」

 確かに、メイはいつも帯刀している。そりのある片刃の剣は、刀というらしい。護身用でもあるようだ。これを持っているのなら、スカートよりスラックスの方が動きやすいだろう。

「ちなみに、恋人は欲しい?」

「いらん」

 言うと思った。ジーンの前途は多難であるようだ。ニーヴに袖を引かれ、変なことは言うなとばかりににらまれた。

「……仲いいね、二人」

 メイは肩をすくめてそう言って、先にレストランの中に入って行った。自由だなぁ。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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