【1】
3か月ぶりに再開です。一応、最終章です。このまま完結まで突っ走りたい…!
その日、ルーシャンはリアン・オーダー本部の医務室で当番医中だった。上司であるヴィオラや、姉のメイはどうやら会議中らしいが、下っ端のルーシャンには関係のないことである。
日によっては、遠征に出ていた討伐騎士などが重傷で送り込まれてきたりもするのだが、今日は腹痛を起こした職員一人がやってきただけだ。比較的平和である。
「ルーシャン、お客さん!」
医療班の事務を担っている職員に声を掛けられ、ルーシャンは診察室を出た。ルーシャンより十ほど年上に見える男性に丁寧に頭を下げられた。
「お初お目にかかります。私はシズリー公爵家で執事をしております、デリックと申します。以後、お見知りおきを」
「あ、どうも。ルーシャン・リッジウェイです。どうぞよろしく。姉なら会議中ですが」
シズリー公爵家から、ということで無条件で姉への使いだと思うルーシャンである。デリックは微笑んで、「存じております」と答えた。
「主から急ぎだということで、預かってまいりました。メアリ様がお忙しいのは存じておりますので、不在であればルーシャン様にお渡しするように、と仰せつかっております。お納めください」
「……わかりました。ありがとうございます」
ひとまず、ルーシャンはデリックが差し出した手紙を受け取る。走り書きでギルバートの署名がされていた。急ぎだと言っていたので、その場で開ける。
中身を読んで、ルーシャンは目をしばたたかせた。判断がつきかねたのだ。デリックは微笑んだまま、「問題がなければ、このままお連れするようにと仰せつかっておりますが」などという。
「連れて、って、シズリー公爵家に? ま、待って。姉さんに聞いてみないと。あと、上司にも確認しないと!」
メイはギルバートの許可がなければ動けないかもしれないが、ルーシャンは上司のヴィオラの許可を得なければ動けない。そして、その二人は同じ会議に出席している。
「えっと、シャーリーを呼べばいいのかな」
というわけで、シャーリーが呼ばれてきた。彼女は眉をひそめながら、「メイならまだ会議中です」と言った。それは知っている。ヴィオラも帰ってきていないから。
「どれくらいかかりそう?」
「あのメンバーでは紛糾しようがないわね。そろそろ終わると思うけど」
事後承諾でもメイは怒らないわよ、とシャーリーは笑ったが、ルーシャンとしてはそうもいかない。メイに頼りすぎだと思うが、それ以上に。
「ドクターが戻ってこないと、診察室を空けられない」
のである。今、医師は出払っているので、ルーシャンが留守番をしているしかないのだ。シャーリーもなるほど、とうなずいた。
「それは仕方がないわね。わかった。終わったらまっすぐこっちに来るように言っておくわ」
「お願いします」
シャーリーを拝み、ルーシャンはもう一度手紙に目を落とした。
『お前の末の弟のレナードがうちを訪ねてきている。何とかしろ』
簡潔に言うと、そういう趣旨の手紙だった。
会議が終わり、確かにメイはヴィオラとともにまっすぐ医務室にやってきた。ルーシャンから渡された手紙を見て変な顔をする。
「主は急ぎだと申しております」
「……すぐには無理だね。デリック、ルーを連れて先に行ってくれ。私は後から行く」
そう言ってから、メイはヴィオラを見た。
「ドクター、ルーを借りていってもかまわない?」
「かまわないわよ。私がいない間の留守番をしていてくれたのだしね」
ヴィオラがあっさりと許可を出したのは、今日は患者が少ないのもあるだろう。勝手に行くことに決まったルーシャンは、デリックが乗ってきた馬車に同乗してシズリー公爵家に向かった。
ルーシャンがシズリー公爵家に入るのは初めてだ。どうぞ、と促すデリックの指示に従って屋敷に入る。ウィンザー男爵家が住んでいた屋敷もなかなか立派であったが、さすがは公爵家。それを超える。
「す、すごい……」
屋敷の中もすごい。いや、ウィンザー男爵家も資産家だったし、リッジウェイ家も商家だから目は肥えているつもりだったのだが。
「あら、ルーシャンが来たのね。いらっしゃい」
ひらひらと手を振りながら出てきたのはセアラだ。ルーシャンは「お久しぶりです」と頭を下げる。
「弟がお邪魔しているようで……あ、姉は後から来るって言ってました」
「ま、メイをすぐに呼び出せるとは思っていなかったわ。とりあえずいらっしゃい。デリックもお使い、ご苦労様」
デリックが微笑んで下がる。できた執事だ……。
「あなたたちの弟さん……レナードだっけ? お姉さんとお兄さんに会いたかったみたいなんだけど、居場所がわからなくて、ならうちに来ればいいと思ってやってきたらしいわよ。すごい行動力ねぇ。あなたたちの弟って感じするわ」
「なんかすみません……僕ら姉弟、めちゃくちゃご迷惑をおかけしてますね……」
セアラの口ぶりから察するに、アポなしでやってきたのだろう。だが、
セアラはそれくらいで動じなかった。
「いいのよ。こっちも世話になってるからね。特にメイ。すっかりギルのブレーンだもの。王子様達にとられないように必死」
と、自分の夫のことなのにセアラは笑う。強い。
応接室の一つに通され、ルーシャンは数か月ぶりに弟と再会した。
「レニー」
「兄さん」
ギルバートと話をしていたレニーが立ち上がった。前にも言った気がするが、レニーはレナードの愛称だ。
「お前、急に訪ねてくるんじゃない。公爵たちに迷惑だろ」
「だって、兄さんも姉さんも居場所がわからないし」
むすっとしてレニーは言う。手紙すら、シズリー公爵家を経由している。メイが厳重にオーダー本部を隠しているので、許可されたものしか本部にたどり着くことができないのだ。
「う、まあ、そうだけど……」
口ごもるルーシャン。まあ、お前のせいじゃねえよ、とギルバート。こちらも、急にレニーが訪ねてきたことについてあまり気にしていないらしい。
「メイの弟だからな。あいつの機嫌を損ねるようなことはしたくないし」
「奥様の機嫌を損ねないでくださいよ……」
「大丈夫よ。すでにあきらめの境地だもの」
セアラがどや顔でいうが、それもそれでどうなのだろうか。
ルーシャンも客間のソファに座らせてもらい、レニーから事情徴収である。
「それで、どうしたの?」
普段はこんなことをする子ではない。多分、姉弟の中で一番まじめで、常識的なのだ、レニーは。メイの奇行が激しいので目立っていないが、ルーシャンもほどほどに変な奴である。
「……兄さんは、俺くらいの年のころには、もう医者だったよね」
レニーと同じくらい、って、レニーは今十六歳だろうか。ルーシャンが二十歳で、その四歳年下になるのでやっぱり十六か。確かに、ルーシャンは十七歳で医師として認められている。
「……確かに、免状をとったくらいのころだけど」
一年は誤差だろうか。レニーはルーシャンの肯定を聞いてむくれた。自分が聞いたのに。
「……俺、寄宿学校ももう卒業なのに、やりたいことが見つからない……」
「あ、もう卒業の年なんだね。おめでとう」
ルーシャンは飛び級に飛び級を重ねたので、その辺があいまいなのである。たぶん、メイも把握していないだろう。彼女はそもそも、学校に行っていない。自分でも言っていたが、たぶんメイは学校の勉強になじめないタイプだ。まあ、学校に通わずにあれだけ頭がいいというのもすごい話だが。
そのメイは、ルーシャンに遅れること三時間ほどでやってきた。ルーシャンは昼過ぎに顔を出したのだが、メイがやってきたころには遅いお茶の時間だった。
「いらっしゃい。今日は泊っていくでしょ」
メイが来るまでルーシャンたちと世間話に興じていたセアラが言った。メイは片方の眉を吊り上げて「外泊許可はもらってきた」といった。ルーシャンの分もか。では、今日はシズリー公爵家にお泊りなのか……。
「僕、なにも用意してきてないんだけど」
「私も書類を置いてきた……」
メイは天然が混じっているよな、と思う。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
一応、最終章、なのです!
ルーシャンもニーヴもジーンもほぼ出てこないけど!




