【15】
「うーん。ウィルんとこの子飼いのやつだな」
エドワードは捕まえた襲撃者の顔をざっと見てそう言った。とらえられていたのは十二人であるが、そのうち三人の顔をエドワードが知っていた。まあまあの確率である。
「……でも、ウィルじゃないだろうな」
「でしょうね。あの方なら、こんな回りくどい方法を取らないでしょう。隣にあなたがいるんですからね」
「怖いこと言うんじゃねぇよ。でもまあ、そういうことだよな」
うん、とエドワードがうなずく。そこに、自警団から声がかかった。
「お嬢、こいつら、どうしましょう」
「お嬢……」
ルーシャンとエドワードが同時につぶやいた。いや、女性への呼びかけとしてそれほど不自然ではないのだが、なんだか笑ってしまった。
「騒乱罪で行政府に差し出せ」
「お、それでいいのか?」
エドワードに言われると、メイは淡々と「グールの被害って表ざたにならないんですよね」と言った。確かにそうだ。この世界にグールが存在しているのは公然の秘密であるが、被害が表ざたになることはほとんどない。
「だから、アレンも罪に問えない……」
「というか、彼の場合は証拠がないからね。状況証拠からは判断できるけれど」
つぶやきをひとったメイがルーシャンに言った。そういうものなのか。ちなみにベイジルはエドワードに対する襲撃の罪で捕まっているらしい。ややこしいな。曰く、強権で無理を通すより、法を順守した方が楽なのだそうだ。そうかもしれないけど。
すっかり掌握している自警団に指示を出して、メイは騒動を収束させていく。やたらと事後処理がうまいのは、やはりオーダーでやり慣れているからだろう。ルーシャンもけが人に応急処置をして回った。先にエドワードとジョシュは宿泊中の旧商社へ戻っていたが、ルーシャンたちが戻るころには日が暮れていた。
「おう、お帰り。ちょっと話をしようぜ、アストレア」
肩でも組みそうな調子でエドワードが絡んできたが、初めて会ったときに男性恐怖症を発症していたメイを覚えている彼は、軽く肩手をあげるにとどまっていた。そして、片手にはワインを持っている。ラフすぎるだろう、さすがに。
「密談だと思われたくないのですが」
真顔で言うメイに対し、
「逢瀬、ではないのか」
とのたまうエドワード。ルーシャンを含めニーヴ、ブルーノが身構える。だが、開き直ったメイは強い。
「エド様は私に何もなさらないでしょう。ウィリアム殿下とやりあうためには、私の頭が必要ですからね」
「開き直ったな、お前!」
そう言いながらもエドワードは嬉しそうだ。ルーシャンたちも食事はまだだったので、食事をとりながらの問答となった。
「お前、ブラックバーンの騒動はウィルのたくらみじゃない、って言ってたよな」
「エド様も言っていたでしょう」
「話を逸らすな。そう判断した理由を聞かせてほしいんだよ」
ルーシャンはパンをちぎりながら、姉は話すだろうか、と思った。もちろんメイはこの状況を理解しているだろうが、話すかどうかは別だ。エドワードに好感を持っていようと、話せばメイの立場を追い込むことにもなるかもしれない。
「……そうですね。エド様に下賜される予定である土地で騒動を起こすのなら、狙いはエドワード様だと思われます」
「気になるところはあるが、そうだな」
話すんだ。そう思いながらルーシャンも姉の話に耳を傾ける。
「でも、ウィリアム殿下はそんなことをする必要がないんですよね。エド様が臣籍降下することを表明している以上、表面的にはエド様はウィリアム殿下の即位を阻みません。ウィリアム殿下なら、エド様と敵対するよりも協力し合うことを選ぶはずです」
「何故だ?」
「基本的に、戦いとは数の多い方が勝ちます。戦も、政争もそうでしょう。ウィリアム殿下とエド様の二人が手を組めば、かなり人数を動員できるはずです」
「……まあ、そうだな」
「一より二の方がいいに決まっていますからね。特に、エド様は軍部を掌握しています。エド様に敵を排除させ、すべて片付いてからエド様を排除する。この方法が最も効率的と思われます」
「長い。短く」
「協力して敵をすべて排除してから、協力者を排除して勝利した一人になります」
「なるほど、わかりやすいな」
エドワードがうなずいてグラスをあおる。メイもつられるようにグラスを傾けたので、ルーシャンは口をはさんだ。
「姉さん、飲みすぎ注意」
「はいはい」
メイは酒に強い。少なくともルーシャンは彼女が酔っているところを見たことがないと思う。その肝機能を別の器官にもわけてやればいいのに。
「何お前禁酒中なの? じゃあ、ブラックバーンを襲ってきたやつの、その心は?」
どの辺がじゃあ、とつながっているのかわからないが、さらにエドワードは尋ねた。メイは律儀に「年の半分くらいは禁酒ですね」と答えてから口を開いた。
「先ほども言いましたが、エド様をウィリアム殿下と引き離して各個撃破したかったのでしょう。理にかなっています」
お忍びなら、そんなに護衛も多く連れてこないもんね、とデザートを食べながらルーシャンはうなずく。しかし、これに関してエドワードはメイと違った見解を持っていた。
「俺じゃなくて、むしろお前を狙ってた気がするんだよな。少し調べれば、お前がウィンザー男爵令嬢だったことはわかるし、その異様な頭脳も気づくやつは気づく。魔術師のAランクライセンス持ってるだろ、お前」
「だとしても、私が狙われる理由が分かりませんが」
確かに。
「俺やウィルの側をうろうろする、元貴族の聡明な女。使いようがある、と思わないか? 特に、俺たちの母上は聡明で鳴らした王妃だからな。息子の俺たちが女を参謀に起用すると思われても不思議じゃない。実際、勧誘してるしな」
ギルに拒否されたけど、とエドワードは笑う。そうか。ギルバートがメイの雇い主になるので、メイは彼の許可がないと所属を移せないのか。
「討ちやすきを討つのも常道だろう?」
「……否定しません」
メイは肩をすくめてうなずいた。つまり、王族であるエドワードやウィリアムよりも、メイは討ちやすかろうと思われた、ということだろうか。まあ、エドワードの予想が当たっていれば、の話であるが。
「それで、俺はどうすべきだと思う?」
「エド様はウィリアム殿下と敵対するつもりはないのでしょう? なら、エド様が外で敵をかき回しているうちに、ウィリアム殿下が内政を掌握するのがよろしいでしょう」
「お前本当に興味ないんだな……」
言っていることはまともだが、確かに興味なさそうなそぶりでもあった。
「それよりも、敵を知ることのほうが大切なのでは? 敵を知れば、先手を打つこともできましょう。私はしょせん、出方を見てから対策をとることしかできません」
「できないというか、しないんだろ。だが、そうだな。兵法だ」
敵を知り、己を知れば百戦危うからず、というやつか。ルーシャンはメイとは違い、戦術家ではないが、有名な兵法のフレーズくらいは知っていた。
「ま、今回は楽しかったよ。帰ったら母上に自慢しておく」
「こちらも、助かりました。ありがとうございました」
「ならよかったが。ま、ジョシュが無礼を働いた侘びだ。受け取っておいてくれ」
「では、ありがたく」
でも、メイもギルバートに報告するのだろうな、と思った。
「ところで、俺はもうしばらく滞在するんだが、お前たちはどうするんだ?」
「事後処理部隊に引き継いで、戻ります」
「忙しいな! しばらくのんびり俺に付き合おうとは思わないのか?」
「では、ルーを置いていきましょう」
「僕!?」
突然名指しされてルーシャンは声を上げた。食後の紅茶に移っていて助かった。何も食べていなかったので、噴出さずに済んだ。
「弟も面白いけど、俺はお前に言ってんの。まあ、ギルはお前に頼り切りみたいだったもんな……」
ギルバート、エドワードにも見抜かれている。それならメイが称賛するウィリアムにも見抜かれているのではないか、と思ったルーシャンだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
まだ……続きますが、またまたいったん更新停止です。すみません(´;ω;`)
これ、完結するんでしょうか……いや、次で最終章の予定ではあるのですが……。




