【14】
メイの言葉を受けて、リンメルの中心に戻ると彼女の言う通り騒ぎが起こっていた。
「グールでしょうか」
「そうだね」
ブルーノの問いにメイがうなずいた。メイはニーヴにどうだ、と尋ねた。思えば、このパーティ、索敵担当がいないのでは。だいたいメイの読みが当たるので気にしていなかったが……。
「ブルーノ、行ってこい。広場のあたりだ。ルーシャンはニーヴとエド様と離れるな。けが人を助けて来い」
「わかりました」
「僕も了解。姉さんは?」
すぐさま駆け出したブルーノを目の端でとらえつつ、姉に尋ねるとメイはさらりと答えた。
「私もグールを倒しに行ってくる。何かあったら連絡を入れてくれ。ついでに倒れたら回収してほしい」
「倒れる前に帰ってきてね」
とルーシャンは言おうとしたのだが、その前に街の方から悲鳴が上がった。時計塔が崩れてきたのだ。ルーシャンも思わず悲鳴を上げたが、崩れ落ちる前に崩壊が止まった。メイが念動力で止めたのだ。
「長くはもたない、早急に非難避難させろ!」
メイは短くそう言うと、そのまま呪文を詠唱し始める。ふん、とうなずいたエドワードもメイをフォローに入る。こうなったら、ルーシャンがやるしかない。
「ニーヴ、ジョシュさん、みんなを逃がして」
ん! と手をあげたニーヴと、空気を読んだジョシュが住民の避難誘導を始める。ルーシャンは少し離れたところで怪我をして泣いている子供を助け起こした。
「大丈夫だよ。お父さんとお母さんは?」
声をかけながら膝の切り傷を治してやる。血がたくさん出ていたので、泣きわめくのもわかる。母親にその子を引き渡したあと、轟音を立てて塔が崩れた。別にメイとエドワードが限界だったわけではなく、避難が完了したので安全に降ろしたのだ。
「協力、感謝します」
「ま、成り行きだな」
エドワードは笑ってうなずいた。メイは一度頭を下げると、そのままがれきに飛び乗った。グール討伐に行くようだ。
「姉さん! 頑張ってね!」
叫ぶと、メイは振り返らなかったが手をあげて応えた。身軽な動作でがれきを飛び越えていく。姉は昔から身体能力が高かった。
「あいつ、俺にここの処理押し付けて行ったぞ」
苦笑しながらエドワードが言うので、ルーシャンも笑って応じた。
「姉さんは人を使い慣れてますからね。使えるなら、弟でも戦場に出しますよ」
「矛盾してるなぁ。性根の優しい娘だろうに。生きづらいな」
才能と性格が一致していないメイである。エドワードが住民を安全圏に誘導する。曲がりなりにも他人のエドワードの話を聞いてくれるのは、隣にルーシャンがいるからだ。彼はすっかり元領主の息子として顔が知れ渡っている。
メイの方は、自分たちを見捨てたとして少し遠巻きにされていたようだが、彼女は上司として有能である。なので、なんとなく受け入れられている気がする。
近づいてくるグールが、ニーヴに文字通り狙い撃ちされている。グールが誘導されている気がする。まあそれはともかくだ。
エドワードもさすがに手際が良かった。そして、人当たりもよかった。ジョシュが微妙な表情になっている。メイも人望がある方だが、対照的な二人だな、と思う。メイは人当たりが良い方ではない。もともとは朗らかな少女だったのだが……。
そのメイががれきの上に姿を現した。身軽に登ってきたのでびっくりした。ジョシュによると、ジョシュと追いかけっこをした際も、身軽に建物の屋根に登ったりしていたらしい。どんな運動能力なんだ。ちょっと分けてほしい。
「馬鹿者! 正面から突っ込むな! こちらの指示に従え!!」
……なんだかあちらも大変そうだ。そして、メイの声は本当によく通る。これは昨年、旧本部が襲撃を受けた際に気づいた音だ。メイが命じた飽和攻撃の中でも彼女の声は肉声でよく聞こえた。ていうか、誰に指示だしをしているのだろうか。
メイがそのままこちらに戻ってくる。子供を左手に抱えていた。怪我をしている。ルーシャンが無言で受け取った。
「制圧できそうか」
「そうですね。エド様、後でちょっとお話が」
と、メイが言いきる前に、ニーヴが強い力でメイを引っ張った。声を出せない彼女の精いっぱいの意思表示。体幹の優れたメイはさすがに不意を突かれて足元をよろめかせたが、倒れることはなかった。
どん、と音がして血しぶきが舞う。ルーシャンには見えなかったが、銃弾がメイの左肩を直撃したのだ。
「姉さんっ!」
悲鳴を上げたルーシャンに対し、撃たれた側のメイは冷静だった。自分が狙撃された角度から狙撃手の位置を割り出し、凍結魔法で狙撃手を拘束した。おそらく、メイの流体操作の一種だと思うが……。
『メイさん、こちらも終了です』
「わかった。ご苦労様。回収した人間は自警団に引き渡しておけ。今行く」
「ちょ、ちょ、ちょ!」
納刀したメイがそのままがれきの向こうに戻ろうとするのでルーシャンはそれを引き留めたのだが、引っ張ったのが肩を負傷している左腕だったため、さしものメイもうめいた。
「いたたた。さすがに痛い」
「あ、ごめん。とりあえず、行く前に治療させてよ」
「なら引っ張らないで」
もう一度謝りながら、メイに上着を脱がせる。裸にさせるわけにはいかないので、シャツの上から処置した。幸い、銃弾は肩を抜けていた。こういう時、サイコメトリーは便利だ。
「見た目ほど血が出てないんだけど」
「血液も流体の一種」
まあ、そうだけども。
「あの屋上にいるやつ、ジョシュに回収させたぞ。つーか、何、人間も襲ってきたの」
エドワードがさらりと言った。治癒術をかけ、包帯で圧迫した患部をかばいつつ、メイは上着を羽織った。その拍子に肩が痛んだらしく、顔をしかめる。ニーヴがすかさず腕を通すのを手伝った。
「ええ。しばらく前から潜伏していたようですね。そちらは自警団をあてがったんですが」
これはブルーノに人を斬らせたくない、というのもあるだろうが、単純にグールを始末できるのがメイとブルーノの二人だけだったと言うのもあるだろう。メイが自警団に指示を出していただろうから、必然的にブルーノがグール討伐の主力になる。メイは指示を出しながら自分は戦えないのだ。
「エド様、顔を確認していただけますか」
「お、いいぞ。俺も気になるしな」
エドワードが安請け合いした。まあ、メイの言った通りの事情なら、エドワードが顔を確認するしかないだろう。メイは人の顔を覚えられない。というか、そもそも敵さんの顔を知らないだろう。
「あの……私は」
恐る恐る声をかけてきたのはアレンだ。ベイジルはエドワード指揮下の部隊に引き渡してきたが、彼は一緒にここまで来ていた。そして、ルーシャンの医療行為を手伝ってくれていた。
「お前は早く家族のところへ行け。心配していた」
さらりとメイは言った。それでもアレンがためらっていると、メイは合えて淡々と言った。
「それとも何。私たちについてくるの? リズに私たちと同じ思いをさせるつもりか、お前は」
はっとした。アレンも、ルーシャンも。思わず姉の顔を見つめる。それほど失血は多くなかったが、それでも顔色が悪い。もともと色白ではあるが。
「いいえ……! 申し訳ありませんでした! ありがとうございます……!」
アレンががれきを登っていくのを見届けてから、ルーシャンたちも移動した。メイがもたもたするルーシャンを助けてくれようとしたが、怪我をしている姉に助けてもらうのもあれなので、エドワードに引き上げてもらった。でもこっちも王子様だ。それもどうなのだろう。
「メイさん、こっちです!」
ブルーノが手を振って誘導してくれる方へ向かった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
エドワードは魔術ですが、メイのはどちらかと言うと、サイコキネシスに近い。流体操作はサイコキネシスを魔術に昇華している感じです。




