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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第8章【3月・里帰り】
86/124

【13】














 触手についてはブルーノが切り裂いた。ニーヴがその奥にいるであろうグールを狙って矢を放つが、少なくともルーシャンには視認できない。


「メアリ!」


 ジョシュの警告に反応してメイがベイジルを離して飛びのいた。そのままルーシャンを押し倒してくる。と思ったらその姿勢のまま後ろ蹴りを放った。姉が上からのいたのでルーシャンも顔をあげると、大きな男がそこに立っていた。


「えっ、グール?」


 じゃないよな。人間だよな。グールは人型のものが多いが、ここまで人間に近い擬態はできないはずだ。おそらく……。

「ニーヴ、ブルーノ、そのままグールを倒せ! ルー、アレン回収しておけ! エド様とジョシュは離れるなよ!」

「命令するな!」

「おう、こっちは心配すんな」

 相変わらず、ジョシュとエドワードの反応が対照的である。メイはそのまま大男に対して斬りかかった。ルーシャンはメイと男が離れたところで言われた通りアレンと、ついでにベイジルを回収した。


「ベイジル、あいつ、お前の仲間?」


 どうやら壁に頭をぶつけたらしいベイジルは頭を振ろうとするので、ルーシャンは頭を押さえた。頭をぶつけているのに振ろうとするな。


「おい、答えろよ。つーか、あいつ人間?」


 エドワードがベイジルを蹴りつける。近くではグールがニーヴとブルーノに着々と討伐されている。断末魔がすごい。

「ベイジル様と一緒にいるのを、何度か見かけたことがあります。部下ではないと思いますが……」

 アレンが四つん這いで近づいてきて言った。非戦闘員は姿勢を低くしているのである。ベイジルはアレンを見とがめると威圧的に口を開いた。

「お前、家族がどうなってもいいのか!」

「この状況でよくそんなことを言えるよね。だから姉さんに器で負けるんだよ」

 ルーシャンがさすがにあきれて言った。そして、そんな問答をしている場合ではない。

「それで、あいつ、何? ベイジルの部下じゃないんなら、ベイジルの上の人の部下? お前の監視役かな」

「答えると思うか?」

「ここまで来たら、言っても言わなくても同じだと思うよ。もうすぐ、姉さんが倒して戻ってくるって」

「あいつ、人間と戦えないんじゃなかったか?」

 そういえばそうだ。エドワードがなぜ知っているのかわからないが、そう言っていた気がする。人を斬ることに抵抗があるのはもちろん、そもそも男性恐怖症ですくんでしまうことが多い。


 だが、メイは普通に動いた。そして、たぶん勝ってくる。守るべきルーシャンたちがいるからかもしれないが……。


 ルーシャンは、出発前にメイがジーンにかけられた言葉を知らなかった。


「ジョシュ、お前ちょっとアストレアを見てきてくれ。ダメそうなら助けて来い」

「わかりました」

 近衛なので、王子の命令には素直だ。メイとは気が合わないようにも見えるが、心配していたのかもしれない。

「アストレアによると、こいつ、グールを操れる何かを持ってるんだろ。探した方がよくないか」

「なるほど。そうですね」

 納得してルーシャンはベイジルの服を探した。サイコメトリーのあるルーシャンなので、首にかかっている笛を発見した。メイが合図用に持っている笛よりも大きなものだ。メイが時々使っている魔法文字のようなものが刻まれていた。


「援護、いらなかったんですが」


 むすっとした顔で、拘束した大男を引っ張ってきたのはジョシュであるが、倒したのはメイらしい。メイ、強いな。いや、わかってはいたのだが。周囲にジーンだとか、メイより強い人間が多くて感覚が麻痺していたが、メイだってリアン・オーダーで上から数えた方が早い強さなのだ。

「いや、来てくれて助かった。私ではこいつを運べない」

「お前、細いもんな」

 少し打ち解けたのだろうか。ジョシュがメイの強さに引いただけかもしれない。メイはそのままブルーノとニーヴを助けに行ってしまった。

「体力持つかなぁ」

「あいつ、体力ねぇの? 普通に軍の強行軍に参加してたけど」

「姉さんは体力と筋力に不安がありますね。なお、オーダー比率による分析です」

「そりゃあ参考にならねぇわ」

 へらっとエドワードは笑った。やっぱり比較対象の問題なのだ。腕力については、ルーシャンに負けているけども。

 そして三人とも無傷で帰ってきた。正確にはかすり傷くらいはあるが、ほぼ無傷。同じ戦闘員であるジョシュがちょっと引いている。

「こんな女の子も戦えるのか……」

 ニーヴを見て言った言葉だ。優し気な顔立ちだが、上背のあるメイとは違い、ニーヴは小柄で可愛らしい顔立ちなのだ。視線を受けてニーヴはムッとした様子でジョシュをにらみ、メイの後ろに隠れた。優雅なしぐさで納刀したメイはちらりと自分の後ろに隠れたニーヴを見た。


「姉さん、これ」

「笛で操っていたのか」


 メイはルーシャンからベイジルが持っていた笛を受け取り、眺めた。

「何かわかる?」

「操作系の魔術だね。解体してみれば何かわかるかもしれないけど」

「グレアムとおなじようなこと言ってるね」

 ルーシャンに指摘されて、メイは顔をしかめた。笛はグレアム……ではなく、魔法工学に詳しいトラヴィスに解析してもらうことになった。

「エド様、こいつの回収、頼んでもいいですか。部隊の一つくらい、連れてきていますよね」

「……連れてきているな。わかった。ベイジルとその大男を回収すればいいんだな」

「お願いします」

「あの……私は」

 すっかり忘れていたが、アレンもいた。居心地悪そうに名乗り出てくる。メイはそっけない。

「お前のやったことは立証できない。ということは、罪には問えない。まあ、それはベイジルも同じだけど」

「……そう、ですか」

 メイは、アレンにそのまま生きていけと言っているのだ。それよりも、ルーシャンは気になることがある。

「これで終わり? 姉さんが狙いだったんだから、姉さんが来ないと解決しなかったのはわからないではないけど、あっけなさすぎない?」

「こちらは陽動なのでしょう。本命は街……というか、突き詰めればエド様なんじゃないかな」

「俺?」

 ルーシャンの問いに答えると同時にメイに名指しされたエドワードが驚いた表情になる。

「状況から考えて、継承戦争の前哨戦のつもりなのでは?」

「俺はウィルと争うつもりはないぞ。ウィルも、というか、ウィルこそ俺と争うつもりはないだろうな」

「戦わずして勝つのが上策ですからね。ウィリアム殿下なら、そうするでしょう」

「お前のウィルに対するその信頼は何なんだ? 似た者同士だからか?」

 エドワードのツッコミが冴えわたる。メイに相対すると、みんなツッコミになるのだろうか。そして、エドワードの双子の兄ウィリアム殿下に会ってみたい。男版メイと考えればいいのだろうか。


 だが、メイはその問いを華麗にスルーした。


「エド様とウィリアム殿下が目立っているだけで、別に王位を請求する人間がお二人だけとは限らないでしょう。頑張れば私やルーだって王位を請求できますよ」

「……だよな。ギルのまたいとこなんだから、ベアトリス・マリアン王女のひ孫だもんな」

 みんないとこというが、メイ、ルーシャンとギルバートはまたいとこである。祖父母ではなく、曾祖父母が同じなのだ。

「結局、王位は請求できるんだ」

 前に似たような話をした気がするが、その時はない、という話ではなかったか。

「王位継承権と請求権は違うよ。たぶん、継承順位でも三桁くらいでならあるとは思うけど」

 ああ、違うんだ、と思った。メイは興味がないことは全く覚えていないが、必要に迫られれば覚えられると言う妙な特技の持ち主だ。必要なので、王室典範などを覚えたと思われる。

 そして、去年の夏、王都に行く前に言っていたことと若干違う気がする。王都で調べてきたのだろうか。

「状況が不安定で、下心が出てくる人もいるんじゃないですか。もし王位を請求しようと思うなら、私ならまず、エド様とウィリアム殿下を分断します」

「今!」

「だからそう言っています」

 ていうか、メイは王位を請求する場合のことを考えたことがあるのか。メイはそういうが、エドワードをここに派遣したのはウィリアムの後押しがあったからだ、ということを忘れてはいけない。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この章も、あとちょっと。


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