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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第8章【3月・里帰り】
82/124

【9】













 ぴぃぃぃいーっ!


 と、間抜けな音が響く。おもむろにメイが取り出した笛の音だ。肺活量がすごい。なんだかんだで、メイは鍛えているので。

 その鋭い音で集まっていた野次馬の視線がメイの方へ向いた。


「失礼。それは私の弟なんだよ。ちょっと通してくれ。ああ、ありがとう」


 メイの奇行に引いたのか、人垣が割れる。そばまでやってきたメイに、ルーシャンが泣きつく。

「姉さん!」

「なんでこんなことになってんの」

「ごめん!」

「いや、謝られるほどのことではないけど」

「……」

 メイにとっては想定の範囲内だったらしい。それはそうか。腹いせに抱き着いたが振り払われなかった。硬直しているわけではないようで、そのまま頭を撫でられた。


「……メアリお嬢様?」


 アレンがメイを見て驚いたようにつぶやいた。おそらくメイは十二歳のころの面影があるが、かなり背が伸びているし、雰囲気は違う。

「誰?」

「姉さん……」


 いくら人の顔を覚えるのが苦手だからと言ってそれはない。


「うちで執事をしていたアレンだよ」

 メイから離れながら言うと、メイは「……ああ」とうなずいた。これは絶対に思い出していない。思い出してはいないが、野次馬を追い払いにかかった。

「ほら、もう何ともないから散りなさい。見られていたら恥ずかしいでしょう」

「……」

 どの口が言うのか、という感じだが、人のあしらい方が慣れている。命令することに慣れた口調だ。まあ、あれだけオーダーに指示を出していればそうもなるだろう。


 お嬢様? あのお転婆な? 確か、爵位を返上したのよね、というささやき声を残しながら野次馬が去り、ブルーノとニーヴが駆け寄ってきた。さらに自警団も駆け寄ってきて、説明を求められる。メイが適当に説明していた。この場合の適当とは、ちょうどよい、という意味の適当である。ちなみに、魔法の一種、ということで押し通したらしい。


「よっ。さすがの手腕だな」

「えっ、誰?」


 崩れかけの店舗に顔をのぞかせたのはなんとなく精悍な印象の青年が顔をのぞかせた。それと、戦闘服のような旅装の男性。なぜか顔がゆがんでいた。ルーシャンはメイと違って人の顔を覚えられるので、本当に知らない人だと思う。

「何故出てくるんですか。そのままフェードアウトするところでしょう、ここは」

「俺も同意見です。いたた……」

 どうやら護衛らしい戦闘服の青年が顎をさする。顎が外れているのではないだろうか。メイが首を左右に振ってルーシャンに言った。

「ルー、彼を見てやってくれ。顎割っちゃった」

「割っちゃった、じゃないよ。何やってるの姉さん」

「お前の弟? 父親そっくりだなぁ」

「え、父さんの知り合い?」

 にしては若くないか。ギルバートと同じくらいに見える。今ルーシャンが診ている護衛の青年はメイと同じくらいだろうか。


「ギルバート様の学友」


 それってつまり。


「えっ!?」

「痛っ!」

「あ、すみません」

 手元が狂って怪我をしている顎をルーシャンの手が直撃した。ってことは、彼は本気の護衛だ。

「ってことは、ジーンのお父さんの部下?」

「いや、ジーンの父親は国軍の方でしょ」

「違いなんて分からないよ」

「ルー、去年まで王都にいたでしょ」

「所詮僕は医療局の管轄です」

「お前ら面白いな」

 本当に面白そうに、青年……おそらく、ギルバートの学友である双子の王子のどちらかが言った。たぶん、軍部に顔が効くと言うエドワードの方だろうか。


 ところで、ルーシャンたちは崩れかけた店の外に出ていた。危ないから出ろ、と自警団に言われて従ったのだ。店が崩れては大変だ。尤も、メイが支えられたと思うが。

 護衛の青年はジョシュアと名乗った。エドワードからは主にジョシュ、と呼ばれているようである。

「馬鹿、っていうか考えるより先に体が動くの」

「その感覚はわからないではないですが、護衛としては失格ですね」

「うるさい!」

 エドワードとメイの会話が結構ひどい。ジョシュは顔を赤くして怒鳴った。たぶん、こういうところが護衛として失格なのだろうとルーシャンも思った。

「お前らここに泊まってんの? いい度胸!」

「さすがに所在が割れているだろうから、場所を移しますよ」

 街を変えることも検討しているらしい。宿候補はほかにもある。一応、ルーシャンも場所を頭に叩き込まれているので。メイはルーシャンを記録媒体の代わりに使っていると思う。

「じゃ、俺の泊ってるところに来ないか?」

「エド様、どこに泊まっていらっしゃるんです」

「お前んちの元商社の方。使用人も数人置いてるし」

「私が売り払ったところですね」

 メイが了承したので、そちらに移ることにした。なんとなく見覚えのある建物を見つつ、ルーシャンは尋ねた。


「本宅の方ってどうなってんの?」


 そういえば、聞いたこともなかった。ふと思い立って尋ねると、なぜかエドワードから反応があった。

「入れるぞ。鍵を預かってきている」

「私はウィリアム殿下が怖いのですが」

「大丈夫だ。俺はお前のことも怖い。一度ウィルと真正面から五分の条件でやりあってみてほしいな」

「やめてください」

 メイが怖がるなんて、もう一人の王子は何者なんだろうと思ってしまった。


「それで、本宅の方は?」

「ああ……売り払ってはいない。というか、売り払えなかったんだよ。屋根も壁も抜けてるし、内装も傷ついてるからね。改修しなきゃ」

「ああ……そうね」


 納得してうなずいた。改修して売り払うよりも、現状維持の方が金がかからなったのだろう。実は、メイには商才もあるのかもしれない。

「ああ、本宅でグールの襲撃を受けたんだっけ? 屋敷を壊すなんて、グールも派手なことするな」

「いえ、やったのは私ですね」

「お前かよ!」

 メイの流体操作の魔法はかなり強力だ。当時は雨が降っていたから、屋根や壁をぶち破って水を招き入れ、グールにたたきつけていたのだろう。当時のメイは、グールに対して決定打となる武器を持っていなかった。


「本部も爆破したもんね……」

「爆破はしてないよ。燃やしたけど」


 なんにせよ、メイがかかわると周囲の被害がでかい。人命優先だからかもしれないが。


「エドワード様、この方々は……」

「ああ、メアリ・アストレアとその弟のルーシャン。そっちはアストレアの部下でブルーノとニーヴだそうだ。母上のお気に入りだからよくもてなしてくれ」

「お邪魔します」

 恐る恐る声をかけてきた使用人に、エドワードがざっくり答えた。メイも丁寧に頭を下げるので、ルーシャンたちも同じようにする。部屋は男女で分けてもらった。メイがそうしてくれるように主張したのだ。エドワードはよほどの要求ではない限り、メイの希望を聞いてくれるようだ。


「さて。察しているだろうが、俺はエドワード。一応第二王子だ。こいつは近衛のジョシュア・サージェント。よろしくな」


 足を組んでソファに座ったエドワードが改めて自己紹介をした。確かに、ルーシャンたちは名乗ったが、エドワードは人目を気にして名乗っていなかった。まあ、ルーシャンたちも察していたが。

「ここは俺に与えられる領地候補でな。視察に来たんだが……」

 エドワードはにやりと笑ってメイたちを見渡した。

「お前たちがここにいるってことは、グールがいるんだよな?」

 思わずルーシャンはメイに目をやった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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