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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第2章【6月・十二人会議】
8/124

【1】















 ルーシャンがリアン・オーダーに来てから二か月が経とうとしていた。だいぶ、ここでの暮らしにも慣れてきたと思う。ルーシャン自身の物おじしない性格もあるが、姉が一緒だと言うのがやっぱり大きい。


 ただ、この姉が偉い人なので、ひいきされている、と陰口をたたかれることもないわけではない。気にしないようにはしているが、それでもストレスがたまる。そういう時、ふらっと姉とニーヴの家に行くと、どちらかが在宅であれば家に入れてくれて、おしゃべりしてくれる。まあ、姉はともかく、ニーヴはそれでいいのか、と思わないでもない。ルーシャンは十九歳、ニーヴは十七歳。二人とも年頃なのだが。


 まあそんなわけで、ルーシャンもそこそこなじんでいると思う。たぶん、城に常駐しているメイに合わせてか、ルーシャンも城にいることが多かったが、今日は出張である。少し遠いが、大規模作戦を展開中なのだと言う。


「いいか。お前は戦いに行くわけじゃないからな。けが人を安全地点で治療するのが仕事だ。現在展開中の作戦は規模も範囲も広いが、行動中の討伐騎士は手練ればかりだから大丈夫だとは思うが」


 めったにないほどまくしたてるように話す彼女は姉のメイだ。いつも通り、長い髪を適当にくくり、顔の右側には魔法刺青がある。表情はほとんどないが、弟を心配しているのだと言うことはわかる。


「大丈夫だよ。自分が戦闘力ほぼ皆無だってことはわかってるし」


 そう言ってルーシャンは笑うが、やはりメイは心配そうだ。今回、彼女が一緒に行けないことも原因の一つだろう。目の届かないところに行くのが不安なわけだ。

 だが、できないものはできない。彼女はそうそう城を離れられない。そう切り替えたのだろう。打って変わって参謀の口調で淡々と言った。

「向こうで討伐に苦労している様子があれば、この作戦を渡せ。紅い石のブレスレットをしたガタイの良い強面の男が指揮官だ」

「ええ……」

 戦闘に巻き込まれるな、というよりもその指揮官に声をかけるのが怖いのだが。問題の難易度が高いぞ、我が姉よ。


 持たされた封をされた封筒を内ポケットに収め、ルーシャンはメイが先ほど示したブレスレットを見た。リアン・オーダーに来てルーシャンにも配布されたが、全員、所属を示すブレスレッドをしている。土台部分はすべて銀色だが、医療要員は紫、事務員は黒の石がはめ込まれている。これが戦闘員になると少し複雑で、その強さによって石の色が自動に変化していくらしい。無色、黄色、翠、蒼、紅の順で強くなる。つまり、先ほどメイが言った強面の指揮官は、最強の紅を持っていることになる。ちなみに、メイも蒼の石のブレスレッドをしているのでやはり強い。


「ルーシャン! 出発!」


 一緒に行く医師が叫んだ。ルーシャンは姉に「行ってくるね」と声をかけた。メイも「行ってらっしゃい」とうなずく。

「気を付けてね」

「うん」

 最後まで心配している姉に手を振り、ルーシャンは出発する部隊に合流する。部隊と言っても、十人にも満たないが。


「ああしてみると、メイも普通の姉ちゃんだな」


 普段は怖いけど、と年かさの医師が言って、出発の号令をかけた。















 さすがにあのメイが、『大規模作戦を展開中』というだけある。戦場は森だった。シズリー公爵領に隣接する土地の、広大な森にグールが潜んでいて、それを狩る大規模な作戦が行われていた。


「……これ、姉さんが考えたのかな」

「オーダーが実行する作戦の八割は、マスター・メイの作戦ですね」


 一緒にいる看護師がこともなげにそう言った。そうなのかぁ……。自分も頭がいいと言われるルーシャンだが、もうメイとは頭の作りが違う気がする。詳しい作戦を知らされていないので、ルーシャンは大まかなことしかわからないが、グールがおびき出され、討伐騎士に狩られている。通常の魔術師の姿も幾人か見られ、かなりの戦力が投入されていることがうかがえた。

 聞こえていた戦闘音が収まる。戦闘が一時休止に入ったようだ。ルーシャンがいるのは、陣を敷いている場所だ。正確には、陣を敷いて救護所を作っているのだが。そこに、男が駆け込んできた。


「おい! 聖性術師でなくていい。魔術を使えるやつはいねぇか!」

「!」


 怒声に、素直にひるんだルーシャンである。ほかは慣れているのか、ルーシャンと一緒にいた看護師が、「いませんよ。医療班ですよ」と冷静に返している。男は舌打ちした。


「ちっ……そりゃそうだよなぁ。あの女が追加戦力なんてよこさねぇよな……」


 なんだろう。微妙に物分かりがいい。ルーシャンと同じくらい背の高い、体格の良い男だった。黒髪にヘイゼルの瞳の、なんとなく精悍な印象の男性だ。目元にうっすら傷がある。強面だがなんとなく整ったその顔立ちを見て、ルーシャンは「あ」と思った。ブレスレットの石が紅い。メイの言っていた指揮官は彼だ。


「あの、すみません!」

「ああ!?」


 戦況が押されていて機嫌が悪かったのだろう。思いっきりすごまれてさすがのルーシャンもびくっとした。だが、彼は姉に似て肝が据わっていた。

「ここの指揮官の人ですよね」

 そういえば、メイは指揮官の名前を教えてくれなかった。わざと言わなかったのか、抜けていたのか不明であるが、後者の可能性が高い。

「だったなんだよ」

 くだらない用事だったら斬る、と言われていないのに言われた気がした。

「ええっと、メアリからこれを預かりました」

 と、メイから渡された封筒を押し付ける。姉、と言ってもわからないと思ってメアリと言ったのだが、彼の姉は本名もあまり浸透していないらしく、「メアリ?」と怪訝そうにされた。まあ、封筒の署名を見て差出人が分かったようだが。

「あの女……俺にどれだけ働かせる気だ……」

 そう言いながらも口元が笑っている。ルーシャンは姉の奇行に出くわした時と同じくらい引いた。


「おい! 三十分後に攻撃再開するぞ!」


 あちこちから無事な討伐騎士の「はい」という声が聞こえた。どうやら、メイの作戦はお気に召したらしい。その割には笑顔が凶悪だったが……。

「そういやお前、見ない顔だな。新入りか?」

 なんとなく、粗野ではあるが悪い人ではないな、と思った。ルーシャンが「新入りです」とはきはき答える。

「四月に入ったばかりです。ルーシャンと言います。よろしくお願いします」

「お、おお……お前、きれいな顔して図太いな……」

 一応、彼も自分が怖がられている自覚はあるらしく、そんなことを言った。


 結果的に、メイの作戦はうまくはまって作戦が終了したし、ルーシャンはなぜか指揮官の青年と仲良くなった。聞いてみれば、年が近かったのもある。

「お前、十九か。その年で医者とか、頭のいい奴って結構いるもんだな……」

 多分彼が思っている『頭のいい奴』はルーシャンの姉だが、説明が面倒くさくてあいまいに笑った。馬首を並べているのだが、ルーシャンが馬に乗り慣れず、あまり話せないのもある。

 この指揮官の青年はジーン・カートライトと名乗った。年はメイより一つ年上なので、ルーシャンよりも二つほど上になる。口調は荒いが指揮官として優秀で、思った通り悪い人ではなかった。

「そんだけ頭がよくて器量もよけりゃ、普通に病院で働けたんじゃねぇの」

「三月までは、働いてたんだけど……」

 たった三か月前のことだ。この三か月の間に、姉に再会したり、いろいろあったものだ。

「へえ。やめて、わざわざオーダーに?」

「上司のミスの責任を押し付けられて。ここに来たのは、スカウトされたのと、昔、グールに襲われたことがあって」

 そういえば、大体の人間は納得する。ジーンもそうだったようで、「なるほどなぁ」とうなずいた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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