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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第8章【3月・里帰り】
79/124

【6】











 メイが部屋に撤退したのは、外に出る準備をするためでもあったようだ。簡単に打ち合わせをして、装備を整える。装備と言うほどのものではないが、通信用の魔法道具を耳につけ、本部を出る前に渡された護身用の銃を身につける。一応、撃つ訓練はしてある。さらに、ルーシャンは医療鞄、ブルーノは刀を入れたケースが欠かせない。細長いのでやや違和感はあるが、海が近いので釣り道具を入れた鞄かもしれないし。ついでに通信用の魔法道具は救難信号を発することもできるらしい。これを作った人、だいぶ頭がおかしい。イヤリング程度の大きさにどうやったらそんなに機能をつけられるのだろう。

 いろんな方面に頭のいい人がいるな、と思う。メイは自分は生産性がないからこの能力は無意味だ、などと自虐するが、そんなことはないと思う。どう、と説明するのは難しいが。

 女子部屋から出てきた二人も同じ装備だ。ニーヴはふくらはぎのあたりまでのスカートに足元は編み上げブーツだが、メイはスラックスにショートブーツだ。ニーヴは弓矢、メイは刀、という武器の違いもあるが、単純にメイはスラックスの方が似合うのだ。華奢だが、背が高いので。


 人がいなくなる、という騒ぎがあったのに、さすが交易の街というか、人通りは多い。

「駆け落ちではないと思われる行方不明者は十七歳の少女で、友達と遊びに行ったっきり、行方が分からないそうだ」

「家出じゃないの? 姉さんみたいにアグレッシブな子だとか」

 家出ではないが、メイは十二歳の時に決行している。まあ、あてもなく家を出るのではなく、がっつり根回ししてから向かっているけど。そういうところが子供らしくないのだ。

「いろいろ突っ込みたいけど、そういうのではないみたいだよ。友達と別れて帰るときにいなくなった、とかそういうことではなく、遊んでいるうちにいなくなったみたい」

「それは……奇妙だね」

 ルーシャンもそう言わざるを得なかった。どうも、友人と遊んでいるときに路地裏に入ったようなのだが、そこではぐれたらしい。一緒に遊んでいた友人二人は、単純にはぐれたのだろうと少し待ったのだが現れず、夕方になっても姿が見えなくてさすがにおかしい、となったようだ。


「それがこの通りです」


 とこれはブルーノ。地図を見て確認している。たぶん、メイはこのあたりの地形や通りを把握しているだろうが、地図があったほうが分かりやすいのは事実である。頭の中で正確に地図を描けるのはメイだけなのだ。

 普通の裏路地だ。住宅や質屋などの小さな店の入り口が並ぶ。四人そろってその路地を歩いた。

「この路地によく当たる占い師がいるらしいんです。それを目当てに、その人たちはこの通りに入ったんですね」

 聞いてきたことをブルーノが説明してくれる。もう一人聞いてきたはずのメイは、なぜか石畳をブーツのヒールの部分で叩いていた。


「……姉さん。何してるの」


 今更姉の奇行に驚いたりはしないが、説明してくれないとその奇行の理由が分からないのだ。

「いや、音が反響したから、下に空間があるのかなって」

「リンメルって下水通ってなかった? それじゃないの?」

「そうだけど、こんなところに通ってたかな……」

 メイか眉を顰める。もちろん、メイやルーシャンが住んでいたのは九年も前の話だから、変わっているところも多い。特に、治安は悪くなっているように思う。父が統治していたころなら、そんな怪しげな占い師の店なんてなかった。

 地下については後で確認することにして、占い師の店を確認したが、すでにもぬけの殻だった。すでに逃げた後らしい。それとも、そもそも存在しなかったのか。


「お若いの、占いをしに来たのかね? 残念だが、昨夜のうちに店を閉めてしまったようだよ」


 近所に住んでいると言う老爺だった。散歩でもしていたのだろうか。若者、つまりルーシャンたちを見て声をかけてきた。

「昨夜? ずいぶん急だね」

 代表してメイが応じた。老爺は「そうだなぁ」と困ったように笑う。

「よく当たる、と評判ではあったが、ちょっとばかり怪しいところもあったしなぁ」

「と言うと?」

「わしは占ってもらったことはないが、内容自体は悩みを当てる、とか、解決方法を教えてくれる、とかそういうのだったらしいよ」

 と、これは老爺の娘が聞いてきた話らしい。どうやら、娘もリンメルに住んでいるようだ。

「ただねぇ。もうすぐ領主がリンメルを浄化してくださる、とか、もうすぐあの方のすばらしさが証明される、とか、とにかく要領の得ないことを言うんだよ」

 若い女の子だったけどね、と老爺。


「昔はここいらはウィンザー男爵様が治めていたんだが、男爵様が亡くなられてその子供たちは散り散りになって、このあたりは今じゃ王家の直轄地じゃ。もう十年近く前の話だがね、生きていればお子さんたちは君らくらいかな。だから、ここに領主はいないんだよ」


 最後に、最近は物騒だから気を付けるんだよ、と老爺は笑って散歩を再開した。まさにその亡くなった男爵様の子供であるメイとルーシャンは目を見合わせる。

「領主、ねぇ」

「姉さん?」

「ここは直轄地だって言ってるだろ」

「だよねぇ」

 ルーシャンもわかっていて聞いたのだ。そう。メイが登記も確認しているのだから、ブラックバーンは王家の直轄地で間違いない。ついでに空き家になった占い師の店を家探ししたが、特に何も出てこなかった。


 また裏路地を歩きながらメイが口を開いた。

「父さんが死んだとき、爵位の行先はいくつかあった」

「ん? うん」

 とりあえずうなずく。それは事実だからだ。父の子であるメイやルーシャン、レニーが受け継ぐほかに、叔父や従兄が継ぐ可能性だって、なかったわけではない。それを嫌ったので、メイが爵位を返上したわけだが……。


「姉さん、もしかしてめちゃくちゃ逆恨みされてるんじゃないの」

「可能性はあるね。私の独断だったわけだから」

「メイさん、かっこいいですね」


 どこからそんな結論になるのかわからないが、ブルーノが口をはさんできた。ルーシャンとニーヴは思わずブルーノを見つめたが、メイは応じなかった。

「父方の従兄のベイジルを覚えてる?」

「ああ、覚えてる。遊んでもらった記憶があるよ」

 結構年上だった気がする。父の姉の息子で、気難し気で怒鳴りながらも遊び相手をしてくれた。

「彼の父が、爵位に色気あったようだね」

「えっ……それってつまり」

「だが、二年ほど前にマールバラ氏は亡くなっている」

 補足すると、ベイジルのファミリーネームがマールバラだ。やはり、商家の一つだったはず。この事例を見ると、たぶん、メイはあのまま結婚するのなら商家に嫁いだのではないかなぁと思う。

「姉さんそういうのも把握してるんだ……ていうか、その『領主』が息子の方ってこと?」

「さあね。九年前に、私に爵位を返上したことへの苦情を言ってきたのは事実だけど」

 それって限りなく黒に近いグレーなのでは。


「姉さん……わかってて僕らをここに連れてきたの?」

「言ったでしょう。過去の清算をしに来たんだって。まあ、グールを倒すのが目的で間違ってないよ。戦術目標は同じ、ということだね」

「しれっと言わないでよ……」


 メイの中で、その二つは両立しているのだ。おそらく、グールを叩く中で過去の清算を行えると踏んでいる。いや、正確には違うのかもしれないが、グールを倒すことが、過去に決着をつけることにつながると思っているのだ。そして、そういうとき、大概においてメイは正しいのである。何度も言うが、彼女に知覚系・精神感応系の能力は、皆無である。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ルーシャンは医療鞄を持っていますが、メイとブルーノ、ニーヴは武器の入ったケースをしょってます。

そして、メイが気にした地下には下水が通っています。今後、出てきません。


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