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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第8章【3月・里帰り】
78/124

【5】














 メイはそもそも愛想のよい部類だ。少し前までは男性恐怖症が重症レベルでそうはいかなかったが、今はだいぶ落ち着いているので、自分で情報収集をしている。そもそも、背は高いが穏やかな顔立ちで、とっつきやすいのである。見た目で警戒されない、というのは大事だ。


「そんなに悪人相じゃないと思うんだけどなぁ」

「ルーシャンは理知的でかっこいいですよ。でも、かっこよすぎるんだと思います」


 ブルーノが冷静に言うのに同意するようにニーヴがうんうんうなずいている。曰く、顔のいいルーシャンが話しかけると、詐欺っぽいらしい。

「大丈夫ですよ。俺とメイさんで情報収集は可能です。ルーシャンはニーヴといてください。戦闘力ほぼ皆無なので」

「……」

 にっこり笑ってブルーノがとどめを刺してきた。その場に頽れたいが、耐える。そこに、メイが戻ってきて、先ほどまでの愛想の良さはどこへ行った、というほどの無表情になった。

「何してるの」

「……何でもない。情報収集とか、下っ端がやることじゃないの」

「少人数なんだから、そんな非効率なことできないでしょ」

 メイはさらりとそう言った。こうだから、多少理不尽でも人がついてくるのだろうな、と思う。自分で動くことを惜しまないし、そして結果を出してくる。理想的な上司である。

 ルーシャンたちが泊まるのは普通の宿だった。一階が食堂で、上の階が宿泊施設になっている。連れ込み宿にも似ているが、さすがの破天荒メイもそんな場所に弟や妹分たちを連れ込んだりしない。普通の宿だ。


 一階で食事をとる。事件が起こっているとはいえ、それなりに人は多い。四人中二人が女性であるので、野暮な声がかかるがメイは完全無視だ。ニーヴはそもそも話せない。ブルーノは明るい性格で心が強い。元気に話しかけている。メイとニーヴとルーシャンに。みんな気にしていないので、ルーシャンもできるだけ無視することにした。

 目立つと、誰かルーシャンやメイの顔を覚えている人に見つかるかもしれない。これでもこの地域を治めていたウィンザー男爵の子なのだ。そうでなくてもルーシャンは父に似てきたと言われる。自分ではわからないが、ギルバートにも言われたから、確かに似ているのだと思う。メイはどちらかと言うと母親似だが、そっくりというわけではない。


「ばれるなら僕かなって思う」

「ばれてもいいよ。お前を囮にするから」

「姉さん……」


 メイはここにいたときとだいぶ性格が違って見えるので、すぐにはばれないだろう。問題になりそうなら撤収すればいいのだし。

「ま、ルーは父さんとも性格が違うし、そうそう気づかれないでしょ。昔はもっと女の子みたいな顔してたし」

「姉さん……」

 ニーヴがメイの服の袖を引っ張る。ルーシャンの子供のころの話を聞かせてほしいのだろう。ルーシャンがメイの話を暴露するので、メイもルーシャンの話を暴露してくる。自業自得というか、因果応報というか。

「どうしますか、今夜。街を捜索してみますか?」

「いや、今夜はやめておこう」

 問いかけたブルーノは「何故です?」と首を傾げた。メイはさらりと言う。

「私が眠いから」

「……」

 なんだその理由は、といった感じだが、これは大事だ。いざというときに状況を修正できるメイの頭が働いていないと言うことだからだ。

 なので、しっかり休んで明日から行動することにする。当たり前だが、男女で止まる部屋を分けた。なので、ルーシャンはブルーノと同室だ。ルーシャンの護衛の意味もある。


 まあ、移動でルーシャンも疲れていたのだろう。ぐっすり眠って朝まで起きなかった。

「ルーシャン、起きてください。朝ですよ」

 ブルーノにゆすり起こされて目を覚ます。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいて、寝過ごす前にブルーノが起こしてくれたようだ。

「おはよう。ありがとう」

「いいえ」

 にっこり笑うブルーノはもう身支度を終えていた。ルーシャンも起きだして身支度を始めると、現金なものでお腹がすき始めた。

 身支度を終えてから隣の部屋のメイとニーヴと合流し、一階に降りて朝食をとることにする。とりあえず、メイの指示待ちだ。

 ちょうど朝食の時間なので、客が多い。泊まっていなくてもブレックファストを提供しているので、地元の人も多いらしい。ざわざわしている。


 ルーシャンが違和感に気づいたのは朝食が運ばれて、ふわふわのオムレツを食べているときだった。

「なんかおかしくない?」

「何かとは?」

 隣に座っていたブルーノが首をかしげる。ルーシャンは何度か瞬きをしてから口を開いた。

「いや……お客さんたちが不安そうって言うか」

「そうですね」

 ブルーノは問題にしていないのか、さらりとそう言った。ブルーノも感じているのなら、ルーシャンの気のせいではないだろう。メイとニーヴも気にしていないようで、メイに至っては眠そうに紅茶に口をつけている。


 雰囲気が、どことなく落ち着かないのだ。みんなひそひそと話し込んでいる。

「何かあったと言うことでしょ。不謹慎だけど、私たちは何かあったほうが都合がいいからね」

 デザートまで食べ終えたメイが本当に不謹慎なことを言う。ブルーノがメイを見た。

「話を聞いてきますか?」

「そうだな。少し外を見てくるか。ルーシャンとニーヴはここにいろ」

「わかった」

 ニーヴもうなずいて、二人で報告待ちである。

「何があったんだろうね」

 ルーシャンが言うと、ニーヴはすっと手帳を差し出した。いつものスケッチブックは持ち歩くには大きすぎるので、遠征中は手帳で筆談になる。

『すぐにメイが調べてきます』

 まあそれはそうだろうけど。道中に考えたことがある。ニーヴは読心能力があるし、ルーシャンはサイコメトリーがある。メイは情報収集のために、この二人を連れてきたのではないかな、と思ったりする。実際、昨日中年男性に話しかけられたあと、メイはニーヴにその男性が「うそをついていないか」と確認していた。ニーヴは「ついていない」と回答していたと思う。つまり、男性はうそをついているつもりはなく、若い女性に「帰れ」と言いたくなるような事態が、少なくとも起こっている、ということである。


 それほど待たずにメイとブルーノは戻ってきた。ルーシャンは「どうだった?」と尋ねる。

「若い男女が消えたらしい。男が一人、女が二人」

「えっ」

 さらりとメイは言ったが、それはあれか。追っているグールがかかわっているのだろうか。

「それってさ……」

「待て。一度部屋に戻ろう」

 人の多いレストランでは話がしにくいと言うことだろう。男子部屋を話をする場に選び、メイが結界を張った。ていうか、結界術も修めているのか。

「それで、それってグールの……?」

「女性一人はそうだね。残りの二人は、話を聞く限り駆け落ちだと思う」

「かけおち……」

 ブルーノとニーヴは「そうなんですね」と言った感じだが、ルーシャンは一応ツッコむ。

「姉さん、それ何処で判断したの? 話聞いただけで分かるもの?」

「確かに、三人とも二十歳前後でしたよね」

 共に話を聞きに行っていたブルーノも首を傾げた。ちょっとこの子、大丈夫かな、と思う。いい子だし、頭が悪いわけでもない。だが、メイに全幅の信頼を寄せすぎている。

「たぶん、騒ぎに乗じたのではないかな。まあ、私たちの関与するところではないから、放っておこう」

 確かにルーシャンたちの目的ではないのでそっとしておけばいいのかもしれない。言われてみれば、人が消えている状況。もし、駆け落ちで姿を消したとしても、またか、と思うだけですんでしまうかもしれない。


「……それで、もう一人は?」

「いい質問だ。外に出る準備をしなさい。あまり旅行客が閉じこもっていると、怪しまれるからね」


 怪しい自覚はあったのだな、とルーシャンは思った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ルーシャン、美形すぎて逆に怪しまれる。


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