【3】
「お前、結構触るの好きだよな」
そう言いながらも、ジーンはメイに好きなようにさせている。最近のお気に入りは、手をつないで眠ることだ。メイより大きい手を両手で握る。
「ジーンにしかしてないよ。今のところは」
「俺だけにしておけ」
「……うん」
だって、ジーンからは触れてこない。照れていると言うのもあるだろうが、むしろメイを怖がらせないためだと言うのが大きいと思う。もっと触れてくれてもいいのに、と思う一方、実際にやられたら怖がらない自信がないのも事実だ。
ジーンの手を持ち上げて、掌を頬にあてる。体温の高い手はじんわりと温かい。する、と親指で頬を撫でられて思わずびくりと体を震わせた。慌てたようにジーンが手を放した。
「すまん。嫌だったか」
「びっくりしただけ。嫌じゃない」
メイはちょっとためらった後に言った。
「……むしろ、もっと触ってほしい」
「お前……そういうこと言うなよ。怖ぇんだろ」
「ジーンは私が怖がるようなこと、しないでしょう」
「そうじゃねぇよ。あー……俺だって男で、ヘタレ……でも、好きな相手に可愛いことを言われたらキスしたいくらい思うぞ」
後半、一息に言われた。明晰な頭脳の持ち主であるメイも、思わずきょとんとなり、そして微笑んだ。
「キスは私もしてみたい」
今度はジーンがむせた。咳き込むので背中をさする。呼吸が整ってきたジーンがメイを見る。
「大丈夫?」
「大丈夫って……お前、何するかわかってるのか?」
「さすがに馬鹿にしすぎじゃない? わかってるよ」
「……怖いんじゃねぇのかよ」
ジーンがふいっと顔をそらして言った。どうやら、男性恐怖症のメイをおもんぱかってのことらしいが。
「怖いなら、したいなんて言わないよ」
メイはジーンの頬を手で挟み、こちらを向かせた。そのまま身を乗り出して唇を押し付けてみる。軽く触れただけですぐに離れた。指で唇に触れる。うん、大丈夫。
「ほら、大丈夫」
「お前……」
ジーンが息を吐き、それから言った。
「そりゃ、自分からしたからだろ。俺からしたらどうか、わかんねぇだろ」
言葉の割には柔らかく抱き寄せられ、頤を持ち上げられる。その欲に濡れたヘイゼルの瞳を見て、メイは目を細めて微笑んだ。
「じゃあしてみてよ」
「……ん」
柔らかく唇が重ねられて、目を閉じた。食むように優しく唇を堪能され、少しくすぐったい。一度離れて、もう一度吸われた。
「……どうだよ」
少し照れたようなジーンの声が問うてきた。メイもさすがに少し恥じらいながらもジーンの胸元の服を引っ張った。
「……もっと」
ジーンがかすかに笑った。頬を撫でられて、噛みつかれた、と思った。
十二人会議。全然十二人いないし、何なら九人しかいないが、リアン・オーダーの決定権を持っている会議である。シズリー公爵夫妻は議長兼裁定者だ。
「行く? お前が?」
「だが、隊員を何人派遣しても解決できないのは事実なんだろ」
「一石投じる必要はあるな」
怪訝なナイジェルに、肯定的なギルバートとアーノルド。メイを派遣するか否か、の審議だ。
「大きな被害は出ていないけど、地味に根強いのよねぇ」
ヴィオラも困ったように笑う。ナイジェルは否定的だ。
「お前がいなくて、ここはどうするんだよ。今襲われたら、まだ警備体制も不完全で一瞬でやられるぞ。アイヴィー城とは違う」
「……ナイジェルの言う通りだ。ミモザ城の防衛システムは未完成だ。私がいようと、アイヴィー城の時のように防衛しきれるとは限らない。つまり、現段階で、この城の防衛機能は私がいてもいなくても同じということだ」
メイがナイジェルにそう切り返すと、彼は「詭弁だろ!」と叫んだ。メイも「事実だ!」と叫ぶ。
「そもそも! 私がいなければ維持できない組織なんか組織じゃないんだよ! 一から作り直せ!」
「こっちに流れ弾来たぞ! じゃあお前が代われよ!」
「ギル!」
セアラがギルバートを締め上げる。収集がつかなくなってきたところで、アーノルドがちーん、とベルを鳴らした。
「そこまでだ。ナイジェル、メイ、落ち着きなさい」
会議の主格となる二人を落ち着かせ、セアラにギルバートを解放させる。
「組織運営については、メイの言うことは尤もだが、まず納得できる意見を言ってくれ」
「この状況で、戦力を逐次投入するのは悪手だ。早急に片をつけてしまった方が、のちのことを考えればいい。夏に三か月不在にしたんだ。できなくはないはずだろう」
「……ま、お前の言うことも一理あるな」
この手の話になると、どうしてもメイ、ナイジェル、アーノルドのやり取りになる。一応、ギルバートがほかにも意見を聞いたりはするが、大体話はこの三人で完結する。たまに、セアラが口をはさむこともある。
「往復に一週間、解決まで二週間とみて、三週間ほど空けたい。代わりの指揮官をよろしく頼む」
「潔すぎだろ。お前、なんかあった?」
「何が?」
メイが怪訝に眉をひそめたのを見て、ナイジェルも追及をあきらめたらしい。ため息が漏れる。
「わかった。俺が一週間残る。その後はトラヴィス、交代してくれ」
「……まあ、メイが大まかに方針を立ててくれるなら、了解するけど」
「それについては承知した」
アーノルドも異論はないようで、この問題については解決した。解決したと言うか、メイに丸投げして引き受けた。
「戦場以外であんたの怒鳴り声なんて初めて聞いたわ」
リサが面白そうにメイの顔を覗き込んで言った。会議終了後のことである。メイはその顔を押し返す。
「ナイジェルとはいつもやりあってるでしょ」
「いや、いつもはもっと陰険だよ」
トラヴィスにも言われて、そうだっただろうか、と思う。メイもルーシャンも、めったなことでは怒らないので、声を荒げるのは珍しくはある。
「やっぱりあれか。恋をして変わったか?」
「いや、それはない」
にやにやとグレアムに言われたが、即否定するメイ。実際、それはない。
「おい、後ろで打ちのめされている奴がいるぞ」
「どこに打ちのめされる要素が?」
背後から声をかけてきたナイジェルを振り返りながらメイは言った。確かにジーンがうなだれているが。
「お前、そういうところだぞ」
グレアムにあきれて言われつつ、メイは首を傾げた。メイに情緒がかけているのは今更である。なお、ないわけではない。
「……メイ」
「うん?」
ジーンが声をかけてきたので見上げる。十二人会議では年少組に入る二人の様子に、年長者たちは面白そうにしている。
「お前が行くと言うのなら、俺が止める権利はねぇし、その方がいいのだと思う」
「あ、その話?」
「真面目に聞け」
怒られた。ジーンはメイの肩に手を置こうとしたようだが、やめて代わりに手を取った。
「確かに、お前が行けば解決するだろう。わかってる。だがお前は、自分を守ることも忘れるんじゃねぇぞ」
一度大きく瞬いてジーンを見る。彼のヘイゼルの瞳はまっすぐメイを見ていた。
「お前はことを解決することを最優先にするだろうし、同行者を守ろうとするだろ。自分のことは二の次だ。だが、お前は自分の身も守らなきゃならない。身の危険を感じたら相手を殴っていいし、なりふり構わず逃げていい。……無事に帰ってこなきゃ、俺が泣くからな」
「……何、その脅し文句」
メイは思わず笑って、手を放してくれ、と言った。ジーンがしぶしぶ手を放す。両手が空いたので、メイはジーンの首に抱き着いた。空気がどよめいたのが分かったが、スルーした。
「わかった、気を付けるし何かあったら逃げることにする。ジーンのそういうところ、好きだよ」
メイの足りないことを察して、それを補う言葉をくれた。ジーンがメイの男性恐怖症を理解しているから出てくる言葉だった。きっと、メイはジーンの言葉を思い出して逃げることができる。
メイに抱き着かれたまま硬直しているジーンから離れて肩を叩く。
「じゃあ、気を付けて行ってくるよ」
「……おう」
顔をそらしながら答えたジーンの耳元が赤くて、メイはまた笑った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
たぶんメイは、ジーンに甘えることで精神のバランスをとっているんですね。普段は厳格な指揮官(参謀)です。奇行は続いています。




