【2】
今、メイを悩ませている問題がある。ひと月ほど前から発生している件なのだが、一向に解決の様相を見せないのだ。
「あんたにかかっても駄目なのね……何人送り込んだんだっけ」
「四回、計七人を送り込んでいる」
「あ、ちゃんと記憶してんのね」
報告が上がって、まず一人送り込んだのだが、グールに遭遇できずに首をかしげながら報告書を送ってきた。別の一人を送り込むと、遭遇したがグールを倒せなかった。
なので、二人を組ませて送り込んだ。遭遇した。しかも、報告にあったグールと違うし、三体いたと言う。動きが統率されていたように見えたので、無理に突っ込まずに引いてきたと言う。なので、報告がちゃんと上がってきた。
さらに三人を送り込んだ。広い港町でさんざん翻弄されて、グール一体だけ倒してきたが、ここまで来たらさすがに確信が持てる。誰かがグールを背後で操っている。
「……似てるんだよね」
「何が?」
「こっちの話」
メイはそのまま机に溶けた。シャーリーがその肩を叩く。
「ま、頑張んなさい。オーダーの運命はあんたにかかってるわ」
次は五人くらい送り込む? と言ったが、メイは首を左右に振った。
「それで解決が見込めるなら、ジーンかナンシーを突っ込む」
「それもそうね」
二人とも状況を見て動ける上から数えた方が早い強さの剣士だ。ナイジェルでもいいが、市街戦になるので街が吹っ飛んでしまう。
「私が二・三人率いて入ったほうが早いかもしれない……」
「それは言えてる」
シャーリーがソファに座り込みながら言った。
「って言うかあんた、魔術師ライセンスの更新は? 論文出さなきゃでしょ」
「……それもあるけど、この状況で論文はかけない。いざとなったら、取りなおすよ」
「それをさらっと言えるあんたがすごいわ……」
「ルーもいるから、試験勉強対策もできるしね」
直近の問題として、メイのライセンス問題は重要ではない。グールをどうするかという方が問題だ。
「ちょうど十二人会議だ。会議の許可が出れば、私が出向くことにしよう」
「そうねぇ……聞き込みとかいるわよ。大丈夫?」
「無理のない程度にする。件の場所は多少土地勘もあるしね」
その間、また誰かに常駐してもらわなければならない。今回もトラヴィスだろうか。別にリアン・オーダーの指揮を執るのならナイジェルでもいいのだが、彼はやはりその能力が攻撃に傾きすぎている。
「どうせ私は誰かが代行できる能力……」
「ちょっと、突然ネガティブにならないでよ。いつものポジティブっぷりはどうしたのよ」
再び机になついたメイは、目の高さに来たスノーグローブをつついた。
そこにノックがあって、シャーリーが許可を出すとジーンが入ってきた。会議に出席するために戻ってきているのだ。
「タイミングが悪い」
「お前、人の顔見て一番に暴言吐くのやめろよ」
まあ、暴言を吐いたメイも悪いが、物思いに浸っていたところに、代行できない力を持った人間が入ってきたメイの気持ちも察してほしいと思う。メイの頭脳こそ、誰にも代行できないと言うのに。
メイは立ち上がるとジーンに歩み寄った。苦言を呈したジーンは後ずさる。メイは構わずに距離を詰めて彼の服を握り、肩に額を押し付けた。
「……は?」
真上からジーンの困惑気味の声と、シャーリーの「あら」という楽しげな声が聞こえた。どうやら人と触れ合っていると落ち着くのだと言うことに気が付いたメイだが、あまりやると変人呼ばわりされるのでジーンにやることにした。いや、オーダーでメイは奇行の変人で通っているので、今更かもしれないが。
「そこはぎゅぎゅっと抱きしめるところでしょ」
「は!? いや……」
「メイ、恥ずかしいって。家でやりなさい」
「そうする」
ジーンが完全に硬直してしまったので、メイは彼から離れて何事もなかったように言った。
「お帰り。王都近郊はどうだった?」
「……俺はお前についていけない……」
「そうか。女の趣味が悪いって言ったことあったっけ?」
あった気がする。これについてはなぜかジーンではなくシャーリーから反論があった。
「いやー、あんた結構いい女だと思うわよ。頭がおかしいってのが先行してるけど、ちゃんと常識もわきまえてるし」
「どこにいい女の要素があったのかわからないんだけど」
この話はとりあえず置いておき、ジーンから口頭で報告を受ける。報告書も出させるが、やはり話さないとわからないニュアンスもある。なので、メイはよく人の話を聞くのだ。
「それから、国王の容態が思わしくないらしいぞ」
噂だけど、と王都の近くに行っていたジーンは言った。メイは「うん」とうなずく。
「知ってる。王妃陛下と文通してるから」
「マジか!」
「ええっ!?」
「手紙が来たから返信したら、それから続いてるんだよね。筆まめだよね」
やり取りはセアラを経由しているが、何度か続いている。さすがに王妃は核心的なことは書かないが、におわせることはしている。それでメイが気づくとわかっているのだろう。
「お前、本当に気に入られてるんだな……」
「どうかな。まあ、王都の情報が入るから、私的にはありがたいけど」
「うわ。打算的」
シャーリーもちょっと引いた顔だ。そんな顔しなくてもいいじゃないか。ジーンが咳払いをした。
「王都の政情が不安定になるだろ。……王位継承戦争が起きると思うか?」
「起きないだろう」
さらりとメイは言った。
「エドワード殿下はウィリアム殿下と争う気がない。近いうちに、臣籍降下するだろう。よしんばほかの王族が王位を主張したとしても、議会は認めない。そして、戦争になる前にウィリアム殿下なら収めてしまうでしょ」
「あんたの王子様に対する厚い信頼は何なの?」
「信頼というか、知っている、ということだね」
メイは肩をすくめて言った。シャーリーはわずかに眉を顰める。
「もしかして、その王都の政情不安と絡んでる?」
「いや、それとはまた別の話だと思うね。大体、国の中心の不安がそんなに早く地方に広まるはずがない」
「何の話だ?」
完全において行かれているジーンが尋ねたが、メイは無視し、シャーリーは肩をすくめた。シャーリーとしてはメイが話さないので話せないだけであるが。
「明日の会議で話す」
もう少し考えをまとめたいし、今言うとジーンに反対される気がした。それくらいには、大事に思われていると思う。
「……まあ無理に話せとは言わねぇけど、あんまり無理すんなよ」
「わかってるよ」
メイが倒れでもしたら一気に士気が下がる。本当はそんな組織、よくないのだが。
「つーかもう、お前が参謀になる前のオーダーがどうだったか思い出せねぇな……」
「それはわかるわ。上が代わったのもあるだろうけど、綱紀が改められた感じよね……」
メイが十二人会議に参加するようになった時、表向きの指導者はまだ先代シズリー公爵エセルバートだった。だが、メイが実質的な指揮官となったのは、公爵がギルバートに代替わりした後のことだった。このあたりから、メイはオーダーの規律を締め上げ始めた。おかげで今もめちゃくちゃ怖がられている。
「ま、ジーンも来たし、あんた帰りなさいよ。一度すっきりしてから出直してらっしゃい。作業効率が悪いわ」
「……そうだね」
まったくもってシャーリーの言う通りなので、一時帰宅することにした。ジーンはお持ち帰りとする。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
結局ヘタレは治らない。




