【7】
「すっごい雪ねぇ」
シャーリーが外を眺めながら言った。メイも椅子から背後の大窓を振り返る。
「そうだね。このあたりは、それほど豪雪地帯じゃないはずなんだけど」
「ねえ、やっぱり引っ越しを前倒しするの、やめといたほうがよかったんじゃない? 滞りまくってるわよ」
「わかっている」
メイは態勢を戻して机に肘をつき、指を組むとそこに額を当ててため息をついた。ここは、メイの執務室だ。ここもだいぶ引っ越しが進み、物が閑散としていた。
「わかっている……だけど、すでにアイヴィー城は所在が割れてしまっている。結界機能が緩んでいるからね。本部機能が落ちれば、リアン・オーダーが壊滅する」
「私はあんたが死んだ方が壊滅すると思うんだけど」
「そんな組織はよくないんだけどね。まあ、万が一私の『引っ越し』が失敗しても、何とかなるように手配はしてある」
「そういうところが怖いのよね、あんたは」
シャーリーが呆れたように言って肩をすくめた。
「そういえば、ニーヴをルーシャンと二人きりにしていいの? お姉様的には」
「二人とも、自立している。何を病室の中でしようがあの二人の責任だ」
「あんた……過去の割にはスーパードライね……」
別に、メイは男女の接触を憎々しく思っているわけではない。むしろ、メイも人が側にいると落ち着く方だ。たまに、一人になりたいと思うことがないわけではないが、それは誰にでもある感情だろう。
「ルーシャンも本当はあっちに移ってるはずだったものね。まあ、この大雪で足止めだけど。予定の半分しか引っ越しが終わってないわ。年越すんじゃないの」
「少なくとも、私たちの移動は年をまたぎそうだね」
「だーよねぇ。はあ。姪っ子に会いたい」
机になつくシャーリーに、メイも苦笑した。確かに、トラヴィスとキャリーの娘は可愛い。すでに新本部へ移動済みなので、しんがりのシャーリーはしばらく会えないのだ。
本来は、来年の春に移動予定だった。しかし、思いがけずグールの襲撃を受けたため、引っ越しを前倒ししたのだ。それに、メイが景気よく破壊したアイヴィー城は、大雪を乗り切るにはちょっと寒い。
「あっちの準備だって、アーノルドさんたちに任せきりじゃない」
「こっちの撤収作業は、私たちに任されっ切りだ」
「そうだけど! つーか、手を止めないで! 今あんたしかいないんだから、あんたが許可ださなければ誰も何もできないのよ!」
「非効率!」
「引っ越しを前倒しした、過去の自分に言いなさい!」
「ちゃんと十二人会議で決定したんだよ」
そう。メイは今、普段アーノルドがしているような事務仕事に追われている。彼女は基本的に参謀なので、リアン・オーダーの今後の方針を決め、討伐騎士たちの配置を確認し、戦況を確認して適宜人を派遣したり、仕事を振ったりする仕事をしている。だが、今は完全に裏方、事務仕事である。むしろ、どちらも並行してやっているので仕事が増えている。
だが、シャーリーの言う通り、常に本部に常駐している十二人会議のメンバーのうち、旧本部に残っているのがメイだけなので、この城のことはメイが許可を出すしかないのだ。
「何故ペーパー主義なんだ。魔法記憶媒体に記録して、適宜引き出すようにしない? その方が場所を取らないし」
「命令書とかを? それはあんたが十二人会議で話しなさいよ」
「それもそうか」
では、三月の会議で提案してみよう。
昼も過ぎてくると、大雪も収まってきた。仕事も一区切りでメイは机に頬をくっつけてうなだれた。
「慣れないことはするものではない……」
「あんた、別に事務仕事苦手じゃないでしょ」
「限度というものがある」
多分、書類をさばいている最中に、メイが突然、現在の戦況に対する改善案を思いつくのも悪い。そのたびに仕事がストップして、メモする羽目になる。
「ま、休憩しましょ。紅茶入れるわね」
「ありがとう。シャーリーはカスタードプディングは食べられる?」
「むしろ好きだけど、あんたもマメよねぇ」
ニーヴからルーシャンが食べたいと言っていたのを聞いて、作ったのだ。分量通りに作ると、それなりの量が出来上がる。
「店開けるわよ。おいしいし」
「ただの息抜きだよ。形を整えられるほど器用でもないし」
お前は不器用というよりおおざっぱなのだ、とジーンには言われたが、結局きれいに形を整えられないので一緒だ。
「食べ終わったら、移送計画の見直しをしよう」
「そうね……」
シャーリーがプディングをにらみつけたが、メイだって面倒だからしたくない。
とはいえ、事務仕事は苦手とはいっても、メイは筋道立てて考えることは得意なので、引っ越し作業は大雪がやんでから無事に再開された。風邪の治ったルーシャンも新本部へ移動させる。ニーヴが寂しそうだが、彼女はメイと一緒にしんがりである。出発者の監視をしてもらわなければならない。逆に、新本部へ入城する者も別の精神干渉能力者が監視している。
「全然雪融けない!」
「気温が低いから、仕方ないね」
メイたちの引っ越しは、本当に年をまたいだ。しかし、年をまたいだのはしんがりの十名だけなので、巻きで頑張ったほうだろう。ちなみに、街の住民も順次移動している。アイヴィー城に依存した商売をしている店が多いし、ほとんどがリアン・オーダーの構成員の身内なのだ。
「なんか、寂しいものね……私がここに来た時からずーっと本部だったのよ。あんなに人がいてにぎやかだったのに」
「みんな引っ越したからねぇ」
「そーゆー真面目な返答は望んでないわ」
シャーリーに半眼でにらまれつつ、メイは身を震わせながら八年を過ごしたアイヴィー城を見上げた。
「マスター・メイ。準備、完了しました」
「ああ、うん」
駆け寄ってきた作業員にうなずき、メイは一度目を閉じてから、言った。
「点火」
火が放たれる。爆破してもよかったのだが、被害が大きすぎるので燃やすことにした。煙と灰が寒空の下を舞う。
「あーあ……躊躇なく命じたわね」
「私もためらいはあるけど、寒い」
「それは確かに」
シャーリーにも同意を貰い、二人して燃え盛る城を見上げる。
『燃やす必要、あったんですか』
ニーヴがスケッチブックを見せてきた。メイは「うん」とうなずく。
「一応の処置だよ。城の形を残して、悪用されたらたまらないからね」
こうして、痕跡を消しておく。街はともかく、アイヴィー城には機密書類なども多かった。もしかしたら、どこかに入れて忘れ去られているようなものもあるかもしれない。
メイは持っていたヴァイオリンを構えると、一曲鎮魂歌を奏でた。一応教養はあるが、メイの腕前は普通である。たぶん、ルーシャンの方がうまい。
「なんだ、一曲だけ?」
目を閉じて聞いていたシャーリーが残念そうに言う。メイは「うん」とうなずく。
「火に近いとはいえ、さすがに指先がかじかむ」
メイはそう言って手袋をはめた。目の前で炎が上がっているとはいえ、末端は冷たい。
「あっけなくて儚いものね」
燃え落ちた城を見ながらシャーリーが言う。メイもまだ煙を上げる少し前まで城だったものを見上げた。
「形あるものは、いずれ壊れるものだ。生あるものがいずれ死ぬのと同様に」
「……そうね」
「だが、だからこそ美しいのだろう」
「……それ、誰かの受け売り?」
「先代公爵の受け売りだよ。よくわかったね」
「人の受け売りのことを話すとき、あんたちょっと口調が違うのよね。……でも、そうね」
シャーリーはわずかに微笑んだ。
「入れ物が壊れても、思いは引き継がれていくのよね」
「なんだか、シャーリーの方が言うことが怖いね」
「何それ、ひどいわ」
軽口をやめてメイは点呼を取る。彼女らも、新しい本部へ移動しなければならない。
「では、行こうか」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
平家物語でも見ながら書いたのかもしれない。たけき者もついには滅びぬ。ひとえに風の前の塵に同じ。から来ているような気がする。




