【7】
「ルーシャン、あなた、そろそろ出張に行ってみない?」
そんなことを言われたのは、ルーシャンがリアン・オーダーに来てからひと月ほどが経過したころだった。医者が少ないので常にフル稼働だが、余裕があることもある。今は余裕があった。
「出張、ですか?」
大学病院にいたころは学会などに顔を出していたが、そう言う意味ではないだろうな、と思う。声をかけてきたヴィオラは「出張医療よ」とこともなげに言った。
「村が襲われたから討伐騎士が遠征に行くのだけど、それについて行くの。一時間後に出発だけど、メイが一緒だからすぐに終わるわよ」
あ、姉さんが行くんだ、と思った。討伐騎士とは、その名の通りグールを討つ剣士たちのことだ。何も剣士に限らず、射手も魔術師も存在するが、ひっくるめて討伐騎士と呼ぶことが多い。単に呼び名をわけるのが面倒なのだと思う。
「あの子が行くから近場だし、的確に指示してくれるからやりやすいわよ」
「……まあ、姉さんが一緒なら」
内容を説明されないので不安はあるが、姉が一緒ならどうにかなるだろうと言う妙な信頼がある。一緒に行くもう一人の医師もベテランだ。
「じゃあよろしくね! 若いお医者さんが久しぶりだから、こういう仕事も振っていきたいのよね」
とヴィオラに言われ、ルーシャンは鍛えよう、と思った。せめて射撃ができるようになろう。
「あれ、ルーも行くのか」
エントランスで合流すると、メイが旅装のルーシャンを見て意外そうに言った。医師二人と看護師一人、剣士二人とメイ。計六名の旅路だ。
「うん。勉強」
「……まあいいけど、怖気づいたら置いて行くからな。あと、お前、馬には乗れる?」
「い、一応乗れる……」
これには自信なさげにうなずいたルーシャンである。メイは基本的に容赦がない。
「全員、追い付けなければそこに置いて行く。そこまで急がないから落ち着いてついて来い。ブルーノとクライドは先行。道に迷うなよ」
「わかりました」
生真面目にうなずいた方がブルーノだ。一応クライドもうなずくが、なんとなくけだるそうだ。
メイはブルーノとクライドに簡単に作戦を説明すると、本当に先に行かせた。それを追うようにメイが馬を出す。もう一人の医師と看護師は慣れた様子で、それを追った。ルーシャンも遅れずについて行く。
基本的に城に常駐している、というメイが行く先だけあって、それほど遠くはなかった。おおむねの討伐はブルーノとクライドで終えたらしく、ルーシャンたちは被害者の救助に当たる。
「お前たちはけが人を連れて下がれ。治療に専念してくれていい。ブルーノ! そいつはまず足を止めるんだ!」
医療班に簡単に指示を出した後、メイは苦戦中のブルーノとクライドの援護に向かって行った。シャツにスラックスなど軽装が多い彼女も、今日ばかりは制服らしい黒いコートを着込んでいる。腰に吊り下げられた剣は、そりが合って珍しい形に見えた。
「ルーシャン、こっちを頼む」
「あ、はい」
同行した医師に言われ、ルーシャンも村人の治療にあたる。グールに襲われて被害は出ているが、壊滅とまではいかなさそうだ。
「なんだよ……! 来るならもっと早く来いよ……!」
ルーシャンが治療している、二十代半ばほどの青年が吐き捨てるように言った。
「お前らが来ないから、エマが……!」
「……」
ルーシャンは顔をゆがめたが、何も言わなかった。彼の仕事は何を言われても、けが人を治療することである。ルーシャン自身がかつて思ったことがある。あの時、もう少し早くリアン・オーダーの助けがきていれば、両親は死ななくて済んだかもしれない。……姉が、自ら死地に飛び込むような真似をしなかったかもしれない。
グールを倒し終え、メイが先に現地入りしていた調査班に後始末を支持している。彼女は自分も一緒に動くので、多少横柄な態度でも指示に従ってもらえるようだ。
十代前半ほどの少女の骨折を治療していたルーシャンは、不意に違和感を覚えて周囲を見渡した。メイの背後、調査員の一人の側で何かがむくりと起き上がった。
「姉さん!」
はっとメイが振り返った。彼女も起き上がったそれを見とめ、それに切りかかるのではなく調査員の方を引きずり倒した。かばいように間に入ってきたブルーノが、長い腕にはじかれる。
「何、あれ……」
ルーシャンが治療していた少女がおびえた声を上げる。グールの大きさは人間代のものが多いが、そいつは人間の倍の大きさはある。細く、腕と足が長いアンバランスさ。顔は歯がむき出しだった。
「……どういうバランスで立ってるんだ?」
「姉さん、今そこじゃない!」
調査員を下がらせてグールを見上げたメイの言葉に、ルーシャンは思わずツッコミを入れる。クライドも斬りかかったが長い腕にはじかれる。
「なるほど」
メイは自分を狙った腕をひらりとかわした。避けざまに体を回転させ、鞘から引き抜いた剣で腕を斬る。切り落とせなかったが、半ばくらいまではぱっくりいった。
「案外硬いな。ブルーノ、クライド、斬れるか」
「俺ら、メイさんほど強くないんだけど」
「私より腕力はあるだろ」
文句を言うクライドに対し、メイは冷静に言った。その間もひらひらと攻撃を避けている。舞うような動きだ。どんな体勢でよけても、絶対にバランスを崩さない。
「斬れません!」
元気よく言ったのはブルーノだ。メイの判断は早かった。
「では、お前たち、それぞれ腕を引き受けてくれ。三秒でいい」
メイが言うと同時に近くの民家の壁を駆けあがる。後から聞いたところによると、魔法を使えばさほど難しくないらしい。ブルーノとクライドは言われた通り長い腕を一本ずつ引き受け、その間にメイが核を狙う。が。
「ああっ?」
クライドが足をつかまれ、家の壁にたたきつけられた。クライド! とあちこちから声が上がる。ブルーノも腕のこぶしを食らいそうになり、メイは方針転換したのかその腕を切り落とした。
「斬れるじゃん!」
思わずツッコんでしまった。バランスを崩したグールが倒れこみ、そこを着地したメイが後ろからまっすぐに首を刺した。核が破壊されたので、グールの体が砂になっていく。どういう仕組みかわからないが、グールは核を壊されると砂になって消えるのだ。
「姉さん!」
ルーシャンが駆け寄ると、姉はにべもなく「クライドを見てくれ」と言った。少なくともメイとブルーノは意識がある。クライドは姿が見えないので、家の壁に突っ込んだまま気を失った可能性がある。
ルーシャンはクライドの方へ向かった。案の定、気を失っていた。頭を強く打ったようで、あまり動かさないように寝かせながら容態を見る。
「妙だな。ブルーノ、何体グールを倒した?」
「俺とクライドで一体ずつ。これで三体ですね」
「三体の割には被害が大きくないか……?」
メイが機能停止した。思考モードに入ってしまったらしい。
「頭痛ぇ……」
「あ、動かないでください」
クライドが目を覚まして身を起こそうとしたのでルーシャンは肩を押さえて起き上がれないようにした。クライドもおとなしく寝たままだ。
「グールは?」
「姉さんが倒しました」
「姉さん……?」
ぴんと来なかったようでクライドが眉をひそめたが、すぐに「ああ、メイさんか」と納得したようだ。すっかりルーシャンがメイの弟だと有名になっている。名乗ると、「ああ、メイの弟の」と言われることが多い。
「ん?」
ルーシャンは周囲を見渡した。なんだろう、この違和感。
金属がこすれあうような不快な悲鳴が響いた。耳をふさいでそちらに目をやると、メイが剣を引き抜き、その勢いのまま迫ってきた不快な音を発するそれを切り裂いた。片手で引き抜いたそれを両手で持ち直し、上段から斬り下ろす。一瞬で片が付いた。その一発で核を破壊したのだ。
「こいつか」
「手を出す隙が無かった」
一人納得した様子のメイと、何もできなかったことにショックを受けるブルーノである。
「おい、誰か周囲を確認してきてくれ。ブルーノ、ついていけ」
「あ、はい」
調査員とブルーノが周囲の確認に行く。メイはてきぱきと撤収指示を出し始めた。
ヴィオラの言った通り、本当にすぐ帰ることができた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
お姉ちゃんは普通に強いです。