【3】
今日は十二人会議が行われている。十二人と言いつつ、相変わらず九人しかいない。これはルーシャンが春にやってきてから変わっていない。ルーシャンが来る少し前に一人戦死し、それ以降補充されていないそうだ。
休憩を貰ってニーヴと廊下に置かれているテーブルでお茶を飲んでいた。メイが朝焼いたスコーンを持たせてくれたので、たっぷりクリームをつけて食べる。おおざっぱなところがあるが、メイは基本的に料理上手である。
「ニーヴは引っ越し、第何陣? 姉さんと一緒?」
口いっぱいにスコーンをほおばったニーヴがこくんとうなずく。ということは、最後の移動組か。メイは最後までアイヴィー城を預かることになっているらしい。一気に引っ越しは無理なので、何回かに分けて人と機能を移していくことになっている。ルーシャンは中盤ほどの組なので、しばらく一人になりそうだ。最近、メイやニーヴたちがいることが当たり前だったので、ちょっと寂しい。
「ルーシャン!」
女性の声で名を呼ばれた。なんだか聞いたことがある声だ。そう思ってそちらを見ると。
「え、アンジー?」
ものすごーく見覚えがあった。栗毛のその女性は、医療従事者を示す腕輪をしている。看護師なので、当たり前だが。アンジーは吊り上がり気味の眼をうるませて言った。
「ルーシャン……私たち、やり直しましょう!」
「えっ?」
ぐいっと腕を引っ張られてニーヴに抱き着かれる。そこにメイとジーンがやってきた。ところで、二人は先ごろから恋人同士になったらしい。いや、今は現実逃避している場合ではない。
「姉さん、ヘルプ!」
あからさまに「えー」という顔をされた。単純に姉に助けてほしかったし、メイの調停能力ならなんとかなる気がするのだが。ならないだろうか?
「聞いてるの、ルーシャン! ていうかその子は?」
「や、聞いてるよ。君と僕は納得の上で別れたじゃないか」
「そうだけど……もっと話し合うべきだったと思うの!」
「簡潔明瞭な振られ文句だったと思うけど」
「ルーシャン! そういうところよ!」
情緒! と叫ぶアンジーの向こうで、メイがぶはっと噴き出すのが見えた。もはや姉は割って入ってくれる気がないらしい。笑い声はこらえられているが、これはもはや爆笑の域だ。隣でジーンが引いている。こちらも駄目そうだ。
「ええっと、あの時は僕も君も、納得して別れたよね。その後も別に何もなかったし……」
連絡なども特になかった。ニーヴもアンジーがルーシャンの元彼女だと気が付いたらしく、ルーシャンの腕を強く抱きしめた。彼女にしては珍しいほど険しい表情でアンジーをにらんでいた。
「でもやっぱり私、あなたのことが好きなのよ!」
「えぇ……」
どうすればいいのこれ。衆目を集めているし、ついにメイが笑いすぎで崩れ落ちた。ひどい。
「姉さん!」
怒って見せると、笑いながらもなんとかメイが顔を上げた。笑いすぎで目が潤んでいる。
「私が判定するのは不公平でしょう。ジーン、ナイジェル呼んできてよ。判定してもらおう」
「こんな下らねぇことにナイジェル、来てくれるかぁ?」
ジーンが眉をひそめながらも本当に連れてきた。その間にメイは立ち上がる。アンジーはいまだに半笑いのメイを困惑気味に見上げた。アンジーは一般女性程度の身長なので、メイより顔半分以上背が低いのだ。
「お姉さん?」
「僕の姉さん。超絶頭がいい」
「これまでルーシャンより頭がいい人に会ったことがないわ」
「僕は姉さんより頭のいい人に会ったことがない」
何がツボに入ったのかわからないが、またメイが笑うので周囲が引いている。最近、それなりに笑うようになったが、ここまで大笑したことはなかったように思う。
「痴話げんかに巻き込まないでくれないか」
「いや、私が判定するのは不公平だろう」
「俺はお前が上機嫌なのが怖い。威厳という言葉を知っているか?」
「私は指揮を執るために笑うことすら放棄しなければならないの?」
「……そうだな。今のは俺の失言だ」
「ん」
この二人もよくわからない関係性だ。ナイジェルとメイ。聞くところによると、この二人がリアン・オーダーの参謀なのだろう。ただ、ナイジェルの方はメイに丸投げしている気がする。メイほど、戦術に優れていないのだと思う。こうした軍事的才能は普段、必要ない。だから、軍師探しが難航しているのだ。
「それで、結局どういう状況だ」
腕組みに仁王立ちだが、とりあえずナイジェルは付き合ってくれるらしい。
ルーシャンがナイジェルに事情を説明している間に、ジーンが紅茶を運んできた。メイがアップルパイを切り分けているが、性格が出ている。大きさが違う。まず、半分に切れていない。
「おい、替われ。お前、紅茶入れろ」
「む」
「お前、戦闘に関することは細かいくせに、こういうところはおおざっぱだよな」
「パイの大きさが違っても誰も死なないけど、戦術を間違うと死人が出るでしょ。あと、単純に不器用なんだよ」
「言うほど不器用じゃねぇと思うけど」
「それは欲目というものだね」
「そこ、夫婦漫才やめろよ。気になる」
ついにナイジェルからツッコミが入り、メイとジーンは口をつぐんだ。ナイジェルに仲裁を依頼した以上、彼に従わなければならない。
「で? 今年の三月にアンジーはルーシャンを振ったのは間違いないんだな」
「僕が大学病院をくびになった後、振られました。僕も了承した」
「アンジーは何と言ったんだ?」
「……王都にいられないならついていけない。分かれましょって言ったら、『わかった』って」
「話し合いとかは?」
「特になし」
「それで、今、ルーシャンはニーヴと付き合っている?」
「うん」
ニーヴも大きくうなずいた。なんとなく、ナイジェルの事情徴収はメイのやり方と似ている。ほかにもあれこれと尋ねた結果、ナイジェルは言った。
「七対三でルーシャンに分がある」
「うっ」
「え、三は僕が悪いの?」
こういう男女のことにはどちらが悪いも何もないと言うが、ルーシャンは双方合意の上だと思っていたのだ。
「お前、そういうところがメイの弟だなって思う」
「人の名前を悪口のように使わないでよ」
ナイジェルの真顔のツッコミに、背後からメイが苦情を言った。
「お前は情緒がねぇよ」
「む」
向かい側のジーンからも攻撃を食らってメイは黙り込んだ。確かにメイは情緒がないかもしれない。
「それに関してはルーシャンもだな。別れるとき、もっと話し合うべきだった」
「うっ」
ナイジェルに痛いところを突かれて、ルーシャンは黙り込んだ。アンジーがうんうんうなずいている。なるほど、とつぶやいているメイは本当に情緒がないのだな、と思うが、ルーシャンも同類だと言うところが辛い。
「僕……本当に姉さんの弟なんだな……」
「前にも言ったけど、君たち、私が何言われても傷つかないと思ってる?」
性格は似ていると何度か言われたが、こんなに自覚したのは初めてだ。ニーヴが慰めるようにルーシャンの背中を叩いた。
「とりあえず、ルーシャンは話し合ってこい。必要なら誰かに間に入ってもらえ」
「じゃあ姉さん……」
メイが頭の上で×を作った。ダメか。ジーンにも断られる。
「俺が役に立つと思ってるなら、考え直した方がいい」
「お前もそれ、どうなの」
ナイジェルに突っ込まれていた。結局、アンジーとは二人で話し合うことにした。ニーヴを連れて行くわけにはいかないし。
「メイ、休憩中悪いが、指揮系統の確認を頼む」
どこからかアーノルドがやってきてメイに言った。メイは顔をしかめている。
「指揮系統を決めておくのは賛成だけど、私は納得していない」
「俺はあれでいいと思うけど」
「お前が実質的な指揮官だ」
ナイジェルとジーンに突っ込まれ、何の話か分からなかったが、少しむくれたメイが、メイだなぁと言う気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
修羅場ってる弟と、笑い崩れる姉。




