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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第7章【12月・引っ越し】
67/124

【1】

久々の更新!

引っ越しの話です。その名の通り。
















「というわけで、貢物だ」


 そう言ってギルバートがメイに差し出したのは、ヴァイオリン・ケースとチェロ・ケースだった。もちろん、どちらも中身が入っている。


「……ヴァイオリンって言わなかった?」

「言ってたな。だから、ヴァイオリンは襲撃に対応した時の褒章、チェロは誕生日プレゼント。この前、誕生日だっただろう」

「誕生日だったけども」


 一週間ほど前の話だ。メイは十一月末が誕生日なので、この前二十一歳になったばかりだ。


「いいから貰っておいてよ。この短期間で探すの大変だったのよ」

「半分冗談だったんだけど……」


 セアラも笑顔で言うので、二つとも受け取った。チェロはこの城に置いておこうか。いや、結局一緒にお引越しだな。

「まあでも、ありがとう」

「おう。つーか、軽々持つんじゃねぇよ。ショックだろ」

 チェロ・ケースのことだ。大きさもあり、そこそこの重量ではある。

「いや、私そんなに力強くないけど……この前ルーに力比べで負けたし」

 これはかなりショックだった。メイもそうだが、ルーシャンも長身でひょろりとしている方だ。しかも、メイは曲りなりにも戦闘職である。自分の非力さを思い知らされた。

「俺なんかここまで運んでくるのにも苦労したぜ」

「大きいからでしょ。というか、使用人にやらせなよ」

「秘密が漏れる口は少ない方がいいだろ」

「……まあ、そうだけど」

 ひとまず、貰ったヴァイオリンとチェロを片付け、十二人会議に顔を出しに来たギルバートとセアラに言う。

「まだ二人戻ってきていない。会議は午後からの予定」

「ふーん、ナイジェルとリサ?」

「そう。三日前に合同任務を出したから、一緒に来るでしょ」

「あなたの頭の中はどうなってるのかしらね」

「最近、よく言われるんだ」

 セアラにまじまじと見つめられてメイは落ち着き払ってそう答えたが、この調子ではうっかり死んだら本当に解剖されかねない。天才と言われる人の脳を保存していたのは誰だっけ。


「ま、それはいいの」

「いいのか」


 シャーリーが公爵夫妻にお茶を出してくれる。ちなみにここは、メイの執務室だ。


「いいの。メイ、あなたジーンと付き合うことにしたって聞いたわ。おめでとう!」


 思わずシャーリーを見たが、彼女は首を左右に振る。シャーリーではないらしい。ちなみにルーシャンには言っていないので、たぶん違う。

「さっき本人に会ったから、カマかけてみたの」

「公爵夫人が何してるの」


 そして、わかりやすすぎるジーンもどうかと思う。


「あんたが読めなさすぎなだけなような気もするけどね」

 シャーリーが少しあきれたようにツッコミをいれた。

「いや、だが、俺としても助かる。お前が不安定になるとオーダーの士気にかかわるし」

 ギルバートがうんうんうなずきながら言う。そこなのだろうか。確かに、指揮に関わるとメイ自身も言ったことがあるけど。

「……別に私がどこで誰と付き合おうが、どうでもよくない?」

「よくない!」

 セアラと、なぜかシャーリーからも叫ばれた。


「あなた、私たちがどれだけやきもきしたと思ってるの!」

「これはセアラ様に同意ね。たぶん、オーダーのみんな生暖かく見守っていたと思うわ。主にジーンだけど」

「……そう」

「反応悪いわよ」


 持っていた書類で叩かれた。そのまま書類を受け取る。

「愛想が悪いって言うか、クールすぎるわよ」

「急ににこにこしだしたら怖くない?」

「可愛いと思うわ」

 真顔で言ったのはセアラだった。この会話、会議が始まるまで続けるのだろうか。

「いいんじゃねぇの。ジーンの前だけで笑ってるってのも。まあ、俺を兄枠に入れてくれてもいいけど」

「あ、ずるいわよ、ギル」

 ギルバートは本当に親戚のお兄さんなので始末に負えない。そして、ノリがセアラと夫婦だなぁと思う。


「では頑張って観察してくれ」


 アーノルドやヴィオラによると、少し雰囲気が柔らかくなったとのことなので、そのうち見られるかもしれない。

「ダニエルを連れてくれば一発で笑う気がする」

「それは笑うかもしれないね」

 可愛いは正義である。昼近くまでこんな会話を続けているうちに、ナイジェルとリサが到着した。そういう決まりがあるわけではないが、到着して真っ先にメイのところに来た。


「メイ~! 助けにこれなくてごめんなさい~!」


 リサが半泣きで駆け込んできた。

「国の反対にいたんだから仕方ないよ。どうにかなったしね」

「優しいのかクールなのか、判断に困るぅ」

 リサが騒いでいる間にナイジェルがシズリー公爵夫妻に挨拶している。


 ナイジェル・ボイエットは金茶色の髪にグレーの瞳の気難しそうな男性である。メイも気難しくみられるが、基本的におおらかな彼女に比べて、彼は真面目だ。メイだって真面目でないわけではないが。

「大変だったようだな。西塔、見てきたぞ。派手に破壊したな」

 挨拶を終えたナイジェルがメイに向かって言った。すでに外を見てきたらしい。

「まあ、もう引っ越すし、いいかなって」

 メイもしれっとして言うと、ナイジェルは眉をひそめた。

「外から見たら廃墟だぞ」

「もともと、隠されているんだからそれでいいんじゃない?」

「……俺、お前とはつくづく気が合わないと思う」

「奇遇だね。私も」

 ここまでが様式美なので、リサやシャーリーも笑っているし、シズリー公爵夫妻も苦笑している。会議でも意見が対立することのある二人だ。ただ、メイがいなければナイジェルが作戦指揮を任されていただろうとは思う。

 尤も、メイはそれでいいのだと思っている。全く対立する意見が出ないのも問題だ。議論があるからこそ、より良い方法が見つかることだってある。

「……リサではないが、駆けつけられなくて済まなかった」

「構わない。結果論ではあるけど、無事だったしね。被害報告は会議でする」

「お前が城にいてよかったよ」

「私はナイジェルの火力が欲しかった」

「さっきと言ってることが違くないか」

「違くない。いなくても何とかなったのは結果論だと言った」

 ナイジェルが肩をすくめた。ここで言い争うつもりはないらしい。どちらにしろ、午後になればすぐに会議だ。


「そういえば、いつもと会議の場所が違うのね」


 リサが話をそらそうと言った。ああ、とシャーリーがうなずく。

「いつもの円卓の会議室、襲撃で吹き飛ばしちゃったのよ」

「私ではない」

 城を壊していいと許可を出したのはメイだが、状況証拠的に実際に破壊したのはグールだ。ナイジェルとリサは疑わし気にメイを見ているが。


 今回の会議の部屋は、普通の会議室だった。机を向き合うように並べて、九人の会議メンバーと書記が二人。計十一人だ。会議は午後二時から開始された。


「さて。議題は大きく分けて二つ。本部の移転と先月のグールによる本部襲撃の顛末と被害状況について。まずは移転について、私から」


 一番年上のアーノルドがなんとなく議長の役割を担うことが多い。場合によってはヴィオラだったり、トラヴィスだったりする。

「襲撃が合ったりで横やりは入ったが、おおむね準備は順調だ。計画通り、年明けから順次移動を始めることとする。優先順位は手元の資料の通り」

 紙の資料が配られるが、これは会議終了後に回収される。情報漏洩を防ぐためだ。完全には無理だが、少しでも可能性は少ない方がいい。

「確認してきたが、移転先の保護魔法も問題なく稼働している。まだ生活インフラが整っていないところはあるが、まあ、それはここも同じだからな」

 アーノルドが苦笑して言った。現本部アイヴィー城は半壊しているため、設備もいくらか壊れている。代替用品で何とかなってはいるが、そういう問題でもないのはわかっている。

「指揮機能の移行はメイが移ってから?」

「そうなるな」

 トラヴィスの問いにアーノルドがうなずく。ナイジェルも口を開いた。

「スパイは? それのせいで、今回襲撃を受けたんでしょう」

「それについては、次の本部襲撃の件にもかぶってくるが、対処済みだ。対応が後手に回ったのは反省点だが」

 よどみなくアーノルドが質問に答え、議題は次に移った。先月の本部襲撃事件についてである。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


12月の定例会議ですね。


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