【15】
メイが半壊した西塔のところにいると、シャーリーはジーンの顔を見るなり言った。確かに、彼女はぼんやりと崩壊した西塔を見ていた。
「君はちゃんと、私を助けてくれたよ。助けてくれたし、守ってくれた。ありがとう」
かすかに笑みを浮かべたメイを見て、ジーンの涙腺が崩壊した。顔を覆うと、メイは半笑いになった。お前の言葉を借りるのなら、メイにとっては笑いごとでも、ジーンにとってはそうではないのだ。
妹を助けられなかった。十五のメイを助けられなかった。ジーン自身にも、メイを妹の身代わりにしている自覚があった。メイを助けることで、妹を助けられなかった後悔を許そうとしている。もちろん、ジーンがメイのことを好きだと言うのもあるが、後悔もあった。それを、メイは一言で救ってみせた。
メイが隣に座り込むのが分かった。身じろぎする音がして、顔を覗き込まれるのが分かった。
「別にダサくはないでしょ。私だって死にたくないって泣きじゃくったからね」
というかそれ、覚えているのか。意識がもうろうとしているのだと思っていた。だが、彼女の口から「死にたくない」という言葉が聞けて嬉しかった。
「そうじゃねぇよ。俺が、お前を妹の身代わりにしようとしてるってことだよ」
顔をあげて言うと、いつも通りのポーカーフェイスが目に入った。
「悪いことではないんじゃないの。自覚があって、それで自分を守れるんなら」
不意に浮かんだ笑顔に見惚れていると、すっとメイの手が伸びて抱き寄せられた。ぎゅっと頭を抱え込まれる。柔らかな感触とさわやかなにおいがした。
「少なくとも私は感謝しているからね。助けてくれて、ありがとう」
ダサい、情けないと思いながらも嗚咽が止まらなかった。メイの細い体を抱きしめるが、振り払われなかった。いや、彼女がそれをできる人間ではないと、わかってはいるのだが、優しく髪を撫でられてつい甘えてしまう。泣いているのも本当だが、半分は彼女の柔らかさを堪能していた。
「くそ……すまん」
さすがに涙は止まって、ジーンはメイから離れた。メイは笑って「いいよ」と言ってジーンの頭を撫でた。なんだか今日は接触が多い。勘違いしてもいいのか。
「ジーンには無理させてるし。働かせすぎている自覚はあるよ」
戦えるものがグールを倒しに行く。当たり前のことだが、メイはジーンを動かしすぎていると思っているようだ。
「別に、構わねぇよ。それでお前が助かるんなら。お前だって、戦力足りないのに作戦練らされて、おまけに本部襲撃で戦わされて、相当な苦労だろ」
本当に、そう思う。常駐していた戦力の中で、メイが一番強かったのは事実だ。彼女がいなければ、最初の襲撃を受けた時点でオーダーは壊滅している。指揮を執りつつ戦えなかったことを気にしているようだが、どちらかだけでもできたなら御の字だ。メイは最大限のことをした。その結果が西塔の半壊ではあるが。
きょとんとしたメイはわずかに口角をあげてほほえんだ。
「ジーンのそういうところ、好きだよ」
「……っぐ」
喉から変な声が出た。メイは気にせずに続ける。
「まあ、大変ではあったし、正直一人くらい人員が欲しいけど、でも、自分の作戦で仲間が死んでいくのを見たら、他の誰かに押し付けなくてよかったな、とも思う」
「優しいよな、メイは。やっぱり」
人に押し付けるくらいなら、自分がやる方がいい、と思ったのだろう。少々口が悪く高慢なことも言うが、彼女の根本は優しいのだと思う。高慢さだって、能力に裏打ちされたものだ。
「……俺も、お前が好きだ」
泣いた後なので目が赤くて格好がつかないが、まっすぐメイを見て言うと、彼女はきょとんと眼をしばたたかせた。何度か瞬きを繰り返し、口を開く。
「ジーンが、そういうこと言うと思わなかった」
「うるせぇな……どうせヘタレだよ」
すねて言うと、メイはくすくすと笑った。
「それはジーンの優しさでしょう。自分がいつ死ぬかわからないから、言えなかったのもあるでしょ」
それもあるにはある。どうしても最前線にいるジーンは、後方にいるメイより死亡する可能性が高い。そうなったとき、思いを交わしていたとして、メイが傷つくと思った。だが。
「まあ……それもねぇとは言わねぇけど、一番はお前に嫌われたくなかったんだよ。お前に避けられるようになったら死ねると思った」
「うわぁ……」
「引くな、そこで」
「お前だって私の奇行に引くでしょ」
お前、俺のこと好きだと言っただろう、と言おうかと思ったが、絶対に「それとこれとは話が別」と返ってくるだろう。基本的に、ジーンはメイと口論をして勝てると思っていない。
「……私達って付き合うの」
突然テンションが下がったメイが尋ねてきた。ジーンとしては「俺はそのつもりだが」としか言いようがない。メイは眉をひそめた。もしかして嫌なのか。
「私は、君が望むものを差し出せないと思う」
それは、恋人らしいふれあいとか、そういうもののことを言っているのだろうか。だとしたら。
「お前、馬鹿だな」
鼻で笑ってやると、メイは別の意味で眉をひそめた。
「私が頭がいいと思ったことはないけど、馬鹿と言われるのも心外なのだけど」
「頭の出来って意味じゃねぇよ。こういう心の機微の話」
「ジーンにはわかると?」
「お前、いちいち煽らないと気が済まねぇの?」
内容の割には軽いやり取りをしてから、ジーンは一度息を整えて言った。
「俺はお前に与えてほしいんじゃない。俺が、メイに与えたいんだ」
「あ……」
メイは一度瞬くと、頬に手を当てた。何が琴線に触れたのかわからないが、照れたようでかすかに頬が赤い。急なかわいらしい反応に、ジーンもうろたえる。絶対自分も赤くなっている。
「その、ありがとう?」
「……なんで疑問形なんだよ」
照れたまま首をかしげるという可愛いことをしてくれるメイに、ジーンは表面だけ不貞腐れたように言う。
「だって、貰ったら、返さなきゃと思うでしょ。……あ、いや、あざといとかじゃなくて、私がそういう性格だと言う話」
話している内に冷静になってきたのか、メイの頬の赤味も引いている。ジーンも少し考えてから言葉を返した。
「確かにお前はそういうやつだよな。でも、いいんじゃねぇか、それで。俺は好きでお前にいろいろしてやりたいと思うわけだし、お前も返せると思ったら返してくれればいい。まあ」
ジーンは愛し気な笑みをメイに見せた。
「お前が俺を好きだって言ってくれるだけでも十分だけど」
恥も照れもかなぐり捨ててそう言えば、メイは目を見開いてジーンの肩を殴ってきた。照れ隠しだ。本気で殴られればジーンとてただでは済まないが、じゃれあう程度の力でただ可愛いだけである。彼女はジーンの肩に額を押し付けてうなった後、立ち上がった。
「戻る。さすがに仕事を放っておきすぎた」
「そうだな……お前、何とかしないと過労で倒れるんじゃないか」
ここでさらにすねられても困るので、話を合わせておく。ジーンも立ち上がった。
「一応、ギルバート様に人員をねだっておいたけど」
多分履行されない約束だな。そもそも、こういった能力のある人間を探し出すのは難しい。メイに才能があったのも偶然だし、彼女の弟のルーシャンも頭がいいが、メイと同じことはできない。なので、ただ頭がよくても駄目なのだな、とジーンたちは了解したのだ。
並んで歩きだしたメイの手が触れてきて、ジーンはびくっとしてしまった。
「なんだ?」
「いや……手をつなぎたいなって」
戸惑ったように言われたのは、普通のかわいらしいお願いだった。ダメではないので、メイの細い手を取ると彼女は満足そうに微笑んだ。
なんだか前にも似たようなことがあったな、と思った。王都で出かけた時だ。もしかしてあの時も、彼女は手をつなぎたかったのだろうか。そう思うと、申し訳ない思いと同時に、愛おしい気持ちでいっぱいになった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もはやここで終わりでいいのではないかと思いますが、あと3章あります。3章…100話越えますね、たぶん。
そして、『その幸せを希う』の更新を、一旦停止します。相変わらず、この先が用意できていないので…いえ、あと3章で終わるんです。プロット的には。
準備中は別のやつを投稿しようと思うので、そちらもよろしくお願いします。




