【14】
メイが療養している間、毎日病室に誰かが来た。メイは動きたくて仕方がなかったのだが、うろつかれては困ると思ったのだろう。何しろ、窓から飛び降りたり噴水に突っ込んだり、いろいろと前科がある。よく考えなくても結構怖いな。
ひっきりなしに人が来るので、割と退屈せずに充実した療養生活だった。ニーヴはほぼ毎日いたし、ルーシャンもよくやってきた。あまりに出入りするので、ヴィオラからメイの診察も任されたようだった。初めはヴィオラが担当していたのだが。
十日ほど経って、メイは無事に退院した。まだ完治したわけではないから無理をするな、とは言われているが、自分の家に帰ったし、仕事はシャーリーが持ってくるのではなく、執務室に行くようになった。
「結局、討伐騎士の剣士七名、狙撃手二名、魔術師三名、事務員五名が死亡。重傷者は二十七名だけど、もうほとんどが回復しているわ」
やっと上がってきた、今回の襲撃事件の正確な被害報告を聞いて、メイはそう、とうなずいた。人的被害の後は、物的被害を報告していく。
「城は西側がほぼ半壊。あんたが景気よくぶっ壊してくれたからね。南の区画の屋根も抜けてんのよ。応急処置でふさいであるけど、これから雪降るのにどうするのよ」
人的被害よりも城の被害の方が大きかった。壁も床もぶち抜かれている。メイの許可の元、各員がぶち抜いたのだが、確かに、引っ越しが決まっているとはいえこれから冬になる。
「利用区画を制限して、それ以外は閉じてしまおうか。どちらにしろ、引っ越すために片づけをしなければならないし」
「う、相変わらず合理的……あんたとアーノルドさんがいると仕事が早いのよね……」
シャーリーがため息をついて言った。彼女にはずいぶん駆け回ってもらった。メイが病室から出られなかったので、代わりに情報収集などを頼んでいたのだ。
「ま、あんたも復活してよかったわ。頭も無事だし」
「みんなそれを言うんだよね……ギルバート様にも何があっても頭は死守してくれ、って言われた」
「まあ、公爵にとっては死活問題でしょうね」
真面目な顔でシャーリーがうなずいた。もはやメイは、実の弟にすら死んだら脳を調べられるのではないかと思っている。ちょっと怖い。
ギルバートに関しては、メイが血のつながりがあるということで余計に頼りきりになっているような気もする。お前もシズリー家の人間だろ、と。確かに血のつながりはあるが。
「せめて私の代わりを務められる人員が欲しい……」
「ナイジェルは?」
「悪くはないけど、外にいることが多いからなぁ」
メイを外に出して、ナイジェルを呼び戻すと言う方法もあるが、ナイジェルは強力な攻撃聖性術を使う。今回のような、直接襲撃を受けた現場ではうまく立ち回れなかったのではないかと思う。ナイジェルとメイでは、おそらく能力の方向性が違う。
「……ま、あたしたちだって、あんたにばっかり苦労させて悪いなぁとは思ってるのよ」
シャーリーが言った。執務机にもたれるように腰かけていたメイは、「わかってるよ」と腕を組んだ。ギルバートだって、そう言った申し訳なさから、メイに欲しいものはないか、と尋ねたのだろう。わかっている。
「……少し外に出てくる」
「え? ちょっと!」
急にそんなことを言ったメイに、シャーリーは慌てた。今のところ奇行は目立っていないが、この寒空の下水に飛び込まれたらたまらない、とでも思ったのだろう。自分でも衝動的に水の中に入る可能性を否定できないが、この気温だとさすがに風邪を引くだろうか、とも思う。
「もう! 遠くに行かないのよ!」
「西塔を見てくるだけだよ」
「ほぼがれきなんだけど……」
引き留める方がメイのストレスになると思ったのか、シャーリーは見送ってくれた。メイが見に行くと言った西塔は、グールとの戦いの主戦場になった場所だ。いや、メイが戦場を設定したのだし、初めから壊れることは前提だったのだ。終わった時点で、半壊していたし。一応の調査を終えて、取り崩す予定だった。
もう十二月になる。また十二人会議が行われる予定だ。会議のメンバーもそろそろ集まってくるだろう。コートがないと外に出るのは寒いので、メイもコートを羽織って半分がれきと化した西塔を眺めていた。これだけ崩れて、がれきに巻き込まれた人がいなかったのは奇跡だ。大きく残ったレンガに腰かけて膝に頬杖を突く。
「メイか?」
呼ばれて振り返ると会議に向けて帰ってきたらしいジーンがいた。こちらでグールを討伐してすぐ出発して、十日足らずで帰ってくるとは。忙しい男である。
「お帰り、ジーン」
「……おう」
なんだその顔は。ジーンは口元をゆがませて顔をしかめていた。
「……ただいま。回復したんだな、よかった」
本当に安心したように言われて、そうか、と思った。ジーンが出立した時、メイは一度目を覚ましていたが、ついに彼はメイが起きているときに会うことができなかった。つくづくタイミングの悪い男だ。
「まあね。完治したわけではないから無理はするなって言われてるけど。みんな過保護」
「お前に倒れられたら困るんだよ。王都に行ってた時だって困ってたじゃねぇか」
「そこが問題だと思うんだけどね」
メイは膝に頬杖をつく。ジーンがこちらをうかがいながら近づいてきた。ちらっと見るが、何も言わない。
「……近づいていいか。邪魔はしない」
先手を取られたな、と思った。おそらく、シャーリーのところに先に行ってきたのだろう。つまり、メイの執務室であるが、メイが一人で出て行ったことを事前に聞いているのだ。メイが一人になろうとここに来たことを知ったうえで、邪魔はしない、と言ったのだろう。
「わかった。どうぞ」
許可を得たジーンが少し離れたがれきに座る。本当に何も言ってこなかった。半壊した西塔を眺めているメイの横顔を眺めている。
「さすがに視線がうるさい」
ため息をついて、後ろに手をついて体を支えながらジーンの方を見た。
「うるさい……」
強面に衝撃を浮かべ、ジーンがうなだれた。彼はこういうところがある。メイは苦笑を浮かべた。
「お前ね……私の口が悪いのは今に始まったことじゃないでしょ」
「口が悪いって言うほどじゃねぇけど、そんなに見てたかと思って」
「見てた」
「そうか……」
正直、ジーンじゃなかったら殴っているくらいには見ていたと思う。まあ、メイはそんなこと、できないのだが。
「短期間で城を往復させてごめん。でも、助かった」
城でグールの襲撃を受けたときも、その後のことも。襲撃を受けて駆けつけてくれた時だって、かなり早かった。
「そんなのは別にいいけど。仕事だし」
「そうだね」
不意に。本当に突然、ジーンの顔がゆがんだ。泣きそうな表情を浮かべた。
「……悪い。また俺は、お前を助けられなかったな……」
「は?」
本気で訳が分からなくて変な声が出た。なぜそうなった。本当に悔いているような表情に、『また』がそもそも、五年前にメイが乱暴されたときのことを言っているのだな、と気づいた。あの時も、駆けつけてきたのはジーンだった。
「……うん、そうか。お前はそう思うんだ」
「事実だろ」
「ジーンにとってはそれが事実かもしれないが、私にとっては違う。君はちゃんと、私を助けてくれたよ。助けてくれたし、守ってくれた。ありがとう」
目を細めたメイに対し、ジーンは目を見開き、そしてすぐにうつむいて目元を覆った。体を傾けて覗き込むと、ジーンは泣いているようだった。
「何、どうしたの」
半笑いで言うと、ジーンからは「うるさい」と返ってきた。
「こんな……だせぇだろ」
「……」
メイは目をしばたたかせると、立ち上がってジーンの側に寄った。
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