【13】
連日、メイの見舞いが来る。もう起き上がれるようになった彼女は外に出たいようだが、周囲はもう少し休ませておきたい。見舞客が来れば、人の好いメイは相手をせざるを得ないので病室にとどまる。つまり、利害が一致しているのだ。その日はシズリー公爵夫妻が来ていた。
「あ、こんにちは」
「よう、ルーシャン」
「お姉さん借りてるわ」
ひらひらと手を振るセアラはメイとチェスをしている。見たところ、メイの方が優勢だ。いい勝負である。ルーシャンは対局の途中にメイの診察をしたが、大丈夫そうだ。セアラたちと反対側のベッドサイドに座る。
「リザイン。次はルーに相手をしてもらえ。私より強いぞ」
「いつも思うんだけど、姉さんって手ぇ抜いてる?」
結局セアラに逆転負けしたメイにルーシャンは尋ねた。メイの参謀としての能力を考えれば、ルーシャンに負けるのはおかしいと思う。
「いや、抜いていない。おそらく、私は戦略を考えるのが苦手なのだと思う」
「戦略?」
「長期的な作戦目標のこと。前にお前に私は戦術家ではない、と言ったけれど、能力的には戦術家に向いているのだろうね」
さらりと言われてきょとんとなるルーシャン。夏に王都から帰ってきてから、メイはこのあたりに興味を持ったらしく、どんどん知識が増えていく。
「いや、けど、お前指揮官に向いてるよやっぱり。いい演説だったじゃん」
ギルバートが入ってきた。ルーシャンは二人がお土産に持ってきたクッキーと紅茶を出す。
「お前が一番頑張ったからな。なんかほしいものあるか? 礼くらいするぞ」
「ギル、ほぼいただけだもんね……」
「じ、事後処理くらいはしたぞ!」
うろたえるギルバート。確かにセアラは適宜指示を出していた気がするが、ギルバートはメイに丸投げだった。
「血がつながってるのにね」
「姉弟だけど、僕もできませんよ」
このままでは妻にフルボッコにされそうなので一応ギルバートをフォローする。
「お前、いいやつだな……で、メイ、何か欲しいものはあるか?」
「私の後進」
「それ、ガチなやつだな!」
ギルバートがツッコむがそれは本当に問題だと思う。医療部門でも人手不足がやばい。
「物にしてくれ!」
ギルバートに訴えられて、少し考えたメイは「じゃあ、ヴァイオリン」と答えた。
「姉さん、チェロの方が得意じゃなかった?」
「だってチェロは大きくて持ち運びにくいでしょ」
「どこに持って行く気なの」
まさか任務先だろうか。と言っても、メイは基本的に待機組なのでこの城から出ることはめったにない。
「まあ、今回はその隙を突かれたよね。うちの警備体制が漏れていたから、内通者がいるのはわかっていたんだけど」
「……言ってくれれば協力したよ」
「そう言うと思ったから、言わなかったの」
ルーシャンはサイコメトリーの持ち主だ。彼は人の思考を読み取るのは苦手だが、その体の『記録』を読み取れる。内通者狩りをするのにもってこいの能力のはずだ。だが、メイはルーシャンに関わらせたくなかったのだと言う。
「メイ、なかなかのブラコンねぇ」
セアラが笑いながら言った。メイは開き直って、「いいの、ブラコンで」と答えている。ルーシャンも笑っていると、ギルバートが言った。
「ていうか、結局あの襲撃、どういう状況だったの? アーノルドたちからも話は聞いたけど、全容を把握してるのってお前だけなんだよな」
「……今?」
「お前、俺にだけあたりきつくない?」
可愛そうなので、ギルバートに新しい紅茶を淹れてあげた。
「さっきも言ったけど、内通者がいるのは確実だったから、そのうち襲撃を受けるのではないか、という予想はしていた。だから、作戦自体は事前に準備していたんだけど」
「ああ、『シエラ・スリー』ってやつね」
ルーシャンは納得してうなずいた。事件の後、その作戦書を見せてもらったが細かく書かれていた。すぐに閉じた。
「あの時姉さん、どのグールが一番強いかわかってたの?」
「戦況が分かっていたからね。あのレベルのグールがそうそういるはずもないし、特別強いのは一体程度だろうと言うあたりはつけていた」
「……へえ」
答えになっているような、いないような。
「私の言葉に反応してきたのも、そいつだけだったしね。ある程度知性があるのだとわかっていた。会話も成立していたし。ほかはそいつほど強くないから、戦い方を限定してやればその場で排除できると思った」
「そういえば、メイの指示の出し方、グールを所定の場所に追い込んでる感じだったものね。最後に残った強い奴とか、その典型」
セアラも思い出すように言った。言われてみれば、そんな気もする。
「あの時点で討伐騎士に何人か被害が出ていたからね。現状戦力では倒せないだろーなぁと」
あの時点で、メイがこの城の最高戦力だった。その彼女が倒せないと言うのなら、本当に倒せないのだろう。ていうか、確かに押されていた。
「別に私が倒す必要はないから、そこで時間稼ぎにシフトすることにした。その結果が、まあ、あれだね」
急に説明が雑になった。飽きたのだろうか。まあ、その先は作戦会議も行っているので、ここにいる三人とも概要は知っている。
「気になってたんだけど、戦力を街に割かなかったら、勝てた?」
「それはない。数に頼んでどうにかなるレベルではなかった。私が五人いても無理だったね」
「お前、ジーンが二人いれば勝てる、とか言ってなかった?」
「それだけ私とあいつの実力差があるってことだよ」
やっぱりメイは、ギルバートに当たりがきつい。
「僕としては、内通者がどうなったのかが気になるんだけど」
「とらえられるだけとらえた。ニーヴに協力してもらったしね」
「……僕がやったのに」
むくれて言うと、メイが乱暴な手つきで頭を撫でてきた。
「優しい子だね。けど、読心術の使えるニーヴの方が適任だった。お前は医者だけれど、あの子は討伐騎士でもあるしね」
「……」
多分これはメイの方が正しい。スパイ狩りは医者の仕事ではない。たぶん、メイたちの仕事に分類される。
まだいるかもしれないが、これ以上は見つけるのに時間がかかるのでこれで頭打ちらしい。
「でも、引っ越し先とか……」
「漏れたらその時点で内通者は私に追い出されるね。まあ、そうならないように見つかっていない内通者は息をひそめているだろう」
「お前、怖いな……」
ギルバートがちょっと引いたように言った。
「ちなみに、俺の代わりに領主とかしない?」
「しない」
「だよな……」
なんとなく、リアン・オーダーがなくても、ギルバートは部下としてメイを引き抜きに来そうだな、と思った。実を言うと、領地経営などはメイは意外と向いているのではないかと思う。
いいだけ話をして、ギルバートとセアラは帰って行った。あと一か月もしないうちに十二人会議があるので、また会うことになる。
「じゃ、次来るときはヴァイオリン持ってくるからな」
「それはいいから、人員を探してほしい」
「そっちの方が難易度高いんだよ!」
確かに。だが、メイの要求も結構切実で、ルーシャンは思わず笑った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
たぶん、勉強すれば普通に戦略もできる。




