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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第6章【11月・生きたい】
63/124

【12】















「姉さんってどんな弟子でした?」


 ジョエルが手土産に持ってきたリンゴを食べながらルーシャンは尋ねた。単純に興味があった。すっかりまったりモードである。寝起きのメイも、病室に居座られても怒るつもりはないらしい。


「はねっかえりであったな」

「おてんばってことですか?」

「普通の娘は木に登ったり、一人で羊の群れに突っ込んでいったりしないものだ」

「え、何ですそれ」


 ニーヴも顔をあげて興味津々だ。メイは何か言いたそうにしたが、小さく切ったリンゴをもぐもぐしている。ここで反論しても、多数決で負けてしまうことが分かっているのだ。


「私の元へメイを連れてきたのは、エセルバート……先代のシズリー公爵だった」


 ギルバートの父だ。おそらく、ルーシャンはその先代にも会ったことがあるのだろうが、残念ながら記憶にない。ギルバートの父親なら、おそらく生きていれば五十前後だろうか。ジョエルと年齢が合わないので、おそらく実際に交流があったのはギルバートの祖父だったのだろうと思う。


「両親をグールに殺され、討伐騎士になりたいと言うから訓練してやってくれ、と言われて預かった。ついでに遠縁の親戚だと言われて戸惑ったな」


 そりゃそうだ。主君筋の親戚で、しかも女の子だ。戸惑うに決まっている。

「とはいえ、メイは熱心だったし、ひとまず預かった。当時は背も高くなくて、華奢な娘であったからな。すぐに音を上げると思った」

 だが、意外にもメイは根性があった。才能もあった。これだけ熱心に鍛えてくれればジョエルだって悪い気はしない。彼もかなり丁寧にメイに教え込んだようだ。


「預かってふた月ほど経ったころだな。近隣の大きな村に買い物に出て、子供が一人行方不明なのだと訴えられた」


 ジョエルはその村のはずれに居を構えていて、たまに相談に乗ったり、小さな仕事をしたりして生活していたそうで、ジョエルが孫娘ほどの少女を引き取っていたことも知られていた。


「メイも一緒でな。この娘は話を聞いただけで、その行方不明の子供を見つけ出した」


 過程をすっ飛ばされると、メイは完全に頭がおかしい。彼女自身は、「そんなこともありましたね」とうなずいているので本当にあったことなのだろう。

 なんでも、その子供たちはハイドアンドシークをして遊んでいたのだが、一人見つからなかったそうだ。これはたまにあることで、たいていは見つける側が降参することによって隠れた側もしたり顔で出てくるものだが、この時はそうはいかなかったらしい。

おそらく、隠れて出られなくなったのだろうとはわかったが、隠れ場所が分からなかった。子供は思いもよらぬ場所に隠れるものだ。ルーシャンもよく遊んだが、結構な確率で姉は見つけられなかった。弟相手なのだから、もっとわかりやすいところに隠れてくれ。

「年が近かったのも幸いしたのだと思うが、この娘は子供たちから話を聞き、さらに遊んでいた家の構造を確認した後すぐに隠れて出られなくなっていた子供を見つけ出した。暖炉の裏に隠し扉があったのだが、外側からは比較的簡単に開くのに対し、内側からは子供の力では開けられなかった」

 その後も、メイは近くの村で起こる小さな事件をサクッと解決して見せたらしい。こういう解決能力の高さは父親譲りなのだろうな、と思う。父ノエルも変人だったが、人望があり、調停能力が高かった。

「頭のいい娘だとはわかっていたが、決定的だったのは預かって半年後のことだな。羊脱走事件」

「あ、それで姉さんが羊の中に?」

「そうだ」

「師範」

 不機嫌そうにメイが眉を顰めるが、ジョエルは気にしない。もしかしたら、これを赤の他人に話すのだったら遠慮するかもしれないが、残念柄ルーシャンとニーヴは身内だった。ジョエルだってメイの楽しい話をするのを遠慮しない。


「その村は、羊の放牧をしていた。百頭近かったと思う。羊だけではなく、ヤギもいた気がするが……まあ、囲っていた柵が壊れて、それらが脱走した」


 大脱走だったそうだ。ちなみに、メイに正確な数を聞いてみたが、覚えていなかった。必要なことしか頭に入ってこない、というのは本当らしい。


「気づいたときにはほとんど脱走していてな。私はたまたま不在にしていて、村人が助けを求めに来たとき、家にはメイ一人だった」


 事情を聞いたメイは、村人たちに指示を出して、羊たちを柵の中に戻していったらしい。メイ自身がどうやったか覚えていないので、詳細が不明だった。

「姉さん……記憶力にむらっけがありすぎじゃない?」

「そうだろうか」

「そうだよ」

 医者としてちょっと心配になる。ルーシャンのように何でも覚えている必要はないが、そういう印象的なことくらい覚えていてもいいと思うのだが。

「どうもお前は、羊たちが行きそうなところを割り出して包囲網を狭めていき、最後に柵を設置したようだな」

「……私ならそうすると思う」

 ざっくりとジョエルに説明されて、メイはうなずいたが詳細はやはり思い出さなかった。

「……まあ、ここに至って、私はメイを預けられた理由を先代に問い詰めた。十二……当時は十三か? とにかく、その年の少女が考えるには少々異常だったからな」

「異常……」

 メイが顔をしかめるが、十二歳で仮にも男爵家だった実家のすべてを清算しているので否定はできない気がする。


「先代は、初めからメイを参謀の一人として考えていた。本人は前線で戦いたかったようだが、どう考えても後方向きだであるからな。それに、参謀が戦えることは悪いことではない。自分の身を自分で守ることができる、ということだからな」

「初耳なんですけど」

「言ったことがないからな」

「うん、まあ、姉さんがうちの財産処理をして爵位返上まで問題なくやってのけたことを知っていたら、僕だって戦士にするより参謀にすることを選ぶよ」

「……」


 メイは知っていただけだ、というが、彼女はこういうことが得意なのだと思う。例えば、ルーシャンがメイと同じ状況に立たされても、同じことはできなかっただろう。おそらく、ルーシャンの方が頭はいいが、そういうことである。


「本人が討伐騎士を希望するので、とりあえず私に預けたのだそうだ。私が基礎を叩きこむことを期待したとのことだ。私もお前は討伐騎士になるより後方にいるべきだと思った。ちょうど、そのころの参謀が老齢で引退したがっていたしなぁ」


 なんでも、その老齢の参謀は一度引退したのだが、後を引き継いだ参謀が戦死し、引っ張り戻されたのだと言う。そんな事情もあって、ジョエルたちはメイを鍛えることに否やはなかったのだろう。

「それで十二人会議にごり押しされたのか……人数が少なかったとはいえ、おかしいと思った」

 メイはいまだに最年少で十二人会議に在籍しているが、十六歳の時点ではすでにメンバーの一人だったという。確かに、いくら彼女が強かろうと、頭がよかろうと、その年でリアン・オーダーの中核組織に入れると言うのは、何らかの力が働いていると見ていい。

「お前は頑張っているよ。お前は普通には生きづらいかもしれないが、ちゃんとできているさ」

 ジョエルがそう言ってメイの肩を叩いた。

「……だと、いいんですが」

 少し不安そうにメイは言った。できているよ、と言いたい。だから、みんなメイについてくる。信頼している。だが、その信頼の重さはどれくらいなのだろう。グールを倒した後メイが泣きじゃくってパニックを起こしたのは、その重責が降りたからなのではないからだろうか。

「ルーシャンだったか」

「あ、はい」

 突然名を呼ばれたので慌てて返事をする。ジョエルは真顔で尋ねた。

「お前の姉は昔から頭がおかしいのか?」

「師範」

「それ、実の弟に聞きますか? 適度におかしかったですね」

「ルー」

 メイのツッコミが止まらない。子供のころは、父というより変な人が知覚にいたので目立たなかっただけだ。お返しとばかりに、ルーシャンもジョエルにメイの子供のころの話をした。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


頭がおかしいと言うか、変な人。


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