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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第6章【11月・生きたい】
62/124

【11】













 騒動に気づいてやってきた看護師が見たのは、メイの寝ているベッドの両サイドで大泣きしているルーシャンとニーヴだった。メイはがっつり意識があるらしく、迷惑そうな顔をしている。


「あらあら。メイ、おはよう。大丈夫?」


 なんとなく避けられていた病室であるが、遠慮なく入ってきたのはヴィエラだった。ベッドに突っ伏しているルーシャン越しにメイに声をかけている。

「うるさい……」

「二人ともあなたを心配していたのよ。ま、元気そうでよかったわ」

「起き上がれない。体が痛い。あれからどれだけ経った? あの後、どうなった」

 矢継ぎ早にメイが質問を飛ばす。ヴィオラは「グールを倒してから一日半といったところね」と返答した。


「それ以外はもう少し落ち着いたらね。ほら、ルーシャン。あなたは出なさい。いくら弟でも、妙齢の女性の診察を見るものではないわ」


 ヴィオラに、案外強い力で襟首を引っ張られてルーシャンはぐずぐず泣きながら立ち上がる。ニーヴは離れる気がないようでメイの手を握ってしがみついている。


 姉の病室を追い出されたルーシャンは、とりあえず廊下の隅にうずくまってまだ泣いていた。よかった。命に別条がないことはわかっていたが、実際に目が覚めると、やっぱり安堵が押し寄せてきた。薄暗い廊下で泣いていたからだろうか。うわっ、と驚きの声が上がった。顔をあげる。


「なんだよ……ルーシャンか……」


 自分が驚いたことを隠すように悪態をつくジーンを見上げて、膝を抱えたままルーシャンは言った。

「ジーンって、結構ビビりだよね」

「うるせぇよ。どうした、お前」

 軽く頭をはたかれて隣に座り込まれる。一応、ジーンも重症患者なのだが。いや、もうかなり回復しているけど。


「……姉さん、目が覚めたよ」


 ジーンは一瞬目を見開いたが、すぐに微笑んだ。

「そうか。よかったな」

「うん」

 今度は頭を撫でられた。二歳ほどしか年が違わないはずだが、子ども扱いされている……メイもそうだが、面倒見がいいのだと思う。ルーシャンはどう見ても号泣していたから。ハンカチで涙を拭いて、顔をあげる。

「ジーンも駆けつけてくれてありがとう」

「まあ、仕事だし、本部が襲われたってなりゃぁな」

「それにしてはずいぶん早かったよね。まあ、結局姉さんが算出した到達時間だから、何とも言えないけど」

「あいつの頭ん中はどうなってんだろうな……」

「公爵は『惚れた女の危機に飛んできたんだろ!』って言ってたけど」

「……」

 微妙に話がかみ合っていなかったが、強引に話を続けてジーンの顔をうかがうと、そらされた。ルーシャンは笑う。

「ふふっ。ありがとう、姉さんを助けてくれて」

「助けられた……んだろうか」

 その時のジーンの表情が、ルーシャンはなんだか気にかかった。














 そうこうしているうちに、ジーンは先に出発することになった。もうすぐ十二人会議の時期なので、そう遠くには行かないが、今回の襲撃で討伐騎士に被害が出ているため、治ったものから順に送り出されていく。明日にはグレアムも出立予定だ。

「姉さんに会えた?」

「さっき覗いてきたが、寝てた」

「ジーン……タイミング悪いね……」

「うるせぇよ」

 昨日目を覚ましたメイだが、まだ眠っている時間の方が長い。そのため、ジーンは起きているメイに会えないまま出発になってしまった。


「いいんだよ。目覚めるまで待ってたら、何してるんだってあいつ、怒るだろ」

「言えてる」


 ルーシャンは笑ってうなずき、姉の代わりにジーンを見送った。恋人のニーヴがメイにべったりのせいもある。何なら、シャーリーもべったりだ。こっちは仕事だけど。

「そこの医師殿。すみませんが、メイ・ウィンザーの病室はどちらかな」

「はい?」

 話しかけられてそちらを見ると、七十代くらいだろうか。矍鑠かくしゃくとした老人がルーシャンを見上げていた。背が高いので目に付いたのだろう。

「あ、えっと……どちら様でしょう?」

「ああ、これは失礼した。私はジョエルと申す。あの娘の刀の指導をしたものです」

 と、言うことは、メイが十五の時に一時的に預けられた先でもあるはずだ。ということは、案内しても大丈夫だろう。

「これはご丁寧に。メイの弟でルーシャンと言います。ジョエルさん、どうぞこちらへ」

 案内のために並んで歩く。ジョエル老人はルーシャンを上から下まで眺めて言った。

「あの娘の弟であったか。似ておらぬな」

「あはは。みんなそう言いますね」

 最近、性格は割と似ているのでは、と言われているが、ルーシャンはあそこまで変人ではないと信じたい。笑いながらルーシャンは姉の病室の扉をノックした。返事の代わりに中からニーヴが扉を開けた。相変わらず入り浸っているのだ。


「やあ、ニーヴ。姉さんは起きてる?」


 ニーヴは首を左右に振った。その後、ジョエルを見上げてペコっとお辞儀をする。ジョエルも慣れたように「久しいな」とあいさつをしてニーヴの頭を撫でた。ニーヴはにこにこしている。

 先ほどニーヴが首を左右に振ったように、メイは寝ていた。先ほど出立したジーンも起きている顔を見ていないそうだから、なんとなくわかってはいたが。ジョエルは自分が鍛えた娘の包帯の巻かれた頭を撫でた。


「難儀な子だ。頭がよく、剣の才もあり、情に厚い。どれか一つでもかけていれば、これほど苦労をせずに済んだものを」


 端的ではあるが、メイをよく表していると思った。確かに、その通りだと思う。どれか一つでもかけていれば、メイはこんなに苦労しなかっただろう。だが、どれか一つでもかけていれば、メイもルーシャンもレニーも死んでいた可能性が高いので何とも言えない。


「……師範」


 ぼんやりと目を開いたメイがつぶやいた。ジョエルのことは認識したようだが、目がほとんど開いていない。もともと、彼女は寝起きが悪い。

「姉さん、触るよ」

 ひとまずルーシャンはメイの手を取って脈を測る。問題なく正常だ。若干弱い気もするが、こんなものだろう。血は足りていないので顔色は悪い。しばらく安静だ。みんな、メイの脳に障害が残ると困ると思っているので、無理にでも休ませるだろう。

 起き上がろうとするメイにジョエルが手を貸す。それに礼を言ってから、メイはふと言った。

「というか、なぜ師範?」

「お前が重傷だと言うから様子を見に来たんだ、このはねっかえりが」

「痛っ」

 ジョエルがメイの頭をはたく。頭を怪我しているので、一応ルーシャンが止めた。

「あ、すみません。一応、頭怪我してるので」

「ああ、そうだな。これ以上頭がおかしくなってはかなわん」

「これ以上ってあるんでしょうか」

「君たち、私が何を言っても傷つかないと思ってる?」

 さすがにメイが不機嫌そうに言った。割とおおらかな彼女だが、さすがにからかいすぎたか。

「ごめん」

「思ったより、お前が元気そうで安心したと言うことだ」

 素直に謝ったルーシャンに対し、ジョエルはそう言って今度はメイの頭を撫でた。


「よく頑張ったな」

「……はい」


 メイがはにかむように笑った。我が姉であるが、不覚にも可愛いと思った。なぜジーンはいないのだろう。タイミングが悪すぎないか。

「……そうか。笑えるようになったか」

 そう言って微笑むジョエルは、孫でも見ているような顔をしていた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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