【11】
騒動に気づいてやってきた看護師が見たのは、メイの寝ているベッドの両サイドで大泣きしているルーシャンとニーヴだった。メイはがっつり意識があるらしく、迷惑そうな顔をしている。
「あらあら。メイ、おはよう。大丈夫?」
なんとなく避けられていた病室であるが、遠慮なく入ってきたのはヴィエラだった。ベッドに突っ伏しているルーシャン越しにメイに声をかけている。
「うるさい……」
「二人ともあなたを心配していたのよ。ま、元気そうでよかったわ」
「起き上がれない。体が痛い。あれからどれだけ経った? あの後、どうなった」
矢継ぎ早にメイが質問を飛ばす。ヴィオラは「グールを倒してから一日半といったところね」と返答した。
「それ以外はもう少し落ち着いたらね。ほら、ルーシャン。あなたは出なさい。いくら弟でも、妙齢の女性の診察を見るものではないわ」
ヴィオラに、案外強い力で襟首を引っ張られてルーシャンはぐずぐず泣きながら立ち上がる。ニーヴは離れる気がないようでメイの手を握ってしがみついている。
姉の病室を追い出されたルーシャンは、とりあえず廊下の隅にうずくまってまだ泣いていた。よかった。命に別条がないことはわかっていたが、実際に目が覚めると、やっぱり安堵が押し寄せてきた。薄暗い廊下で泣いていたからだろうか。うわっ、と驚きの声が上がった。顔をあげる。
「なんだよ……ルーシャンか……」
自分が驚いたことを隠すように悪態をつくジーンを見上げて、膝を抱えたままルーシャンは言った。
「ジーンって、結構ビビりだよね」
「うるせぇよ。どうした、お前」
軽く頭をはたかれて隣に座り込まれる。一応、ジーンも重症患者なのだが。いや、もうかなり回復しているけど。
「……姉さん、目が覚めたよ」
ジーンは一瞬目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
「そうか。よかったな」
「うん」
今度は頭を撫でられた。二歳ほどしか年が違わないはずだが、子ども扱いされている……メイもそうだが、面倒見がいいのだと思う。ルーシャンはどう見ても号泣していたから。ハンカチで涙を拭いて、顔をあげる。
「ジーンも駆けつけてくれてありがとう」
「まあ、仕事だし、本部が襲われたってなりゃぁな」
「それにしてはずいぶん早かったよね。まあ、結局姉さんが算出した到達時間だから、何とも言えないけど」
「あいつの頭ん中はどうなってんだろうな……」
「公爵は『惚れた女の危機に飛んできたんだろ!』って言ってたけど」
「……」
微妙に話がかみ合っていなかったが、強引に話を続けてジーンの顔をうかがうと、そらされた。ルーシャンは笑う。
「ふふっ。ありがとう、姉さんを助けてくれて」
「助けられた……んだろうか」
その時のジーンの表情が、ルーシャンはなんだか気にかかった。
そうこうしているうちに、ジーンは先に出発することになった。もうすぐ十二人会議の時期なので、そう遠くには行かないが、今回の襲撃で討伐騎士に被害が出ているため、治ったものから順に送り出されていく。明日にはグレアムも出立予定だ。
「姉さんに会えた?」
「さっき覗いてきたが、寝てた」
「ジーン……タイミング悪いね……」
「うるせぇよ」
昨日目を覚ましたメイだが、まだ眠っている時間の方が長い。そのため、ジーンは起きているメイに会えないまま出発になってしまった。
「いいんだよ。目覚めるまで待ってたら、何してるんだってあいつ、怒るだろ」
「言えてる」
ルーシャンは笑ってうなずき、姉の代わりにジーンを見送った。恋人のニーヴがメイにべったりのせいもある。何なら、シャーリーもべったりだ。こっちは仕事だけど。
「そこの医師殿。すみませんが、メイ・ウィンザーの病室はどちらかな」
「はい?」
話しかけられてそちらを見ると、七十代くらいだろうか。矍鑠とした老人がルーシャンを見上げていた。背が高いので目に付いたのだろう。
「あ、えっと……どちら様でしょう?」
「ああ、これは失礼した。私はジョエルと申す。あの娘の刀の指導をしたものです」
と、言うことは、メイが十五の時に一時的に預けられた先でもあるはずだ。ということは、案内しても大丈夫だろう。
「これはご丁寧に。メイの弟でルーシャンと言います。ジョエルさん、どうぞこちらへ」
案内のために並んで歩く。ジョエル老人はルーシャンを上から下まで眺めて言った。
「あの娘の弟であったか。似ておらぬな」
「あはは。みんなそう言いますね」
最近、性格は割と似ているのでは、と言われているが、ルーシャンはあそこまで変人ではないと信じたい。笑いながらルーシャンは姉の病室の扉をノックした。返事の代わりに中からニーヴが扉を開けた。相変わらず入り浸っているのだ。
「やあ、ニーヴ。姉さんは起きてる?」
ニーヴは首を左右に振った。その後、ジョエルを見上げてペコっとお辞儀をする。ジョエルも慣れたように「久しいな」とあいさつをしてニーヴの頭を撫でた。ニーヴはにこにこしている。
先ほどニーヴが首を左右に振ったように、メイは寝ていた。先ほど出立したジーンも起きている顔を見ていないそうだから、なんとなくわかってはいたが。ジョエルは自分が鍛えた娘の包帯の巻かれた頭を撫でた。
「難儀な子だ。頭がよく、剣の才もあり、情に厚い。どれか一つでもかけていれば、これほど苦労をせずに済んだものを」
端的ではあるが、メイをよく表していると思った。確かに、その通りだと思う。どれか一つでもかけていれば、メイはこんなに苦労しなかっただろう。だが、どれか一つでもかけていれば、メイもルーシャンもレニーも死んでいた可能性が高いので何とも言えない。
「……師範」
ぼんやりと目を開いたメイがつぶやいた。ジョエルのことは認識したようだが、目がほとんど開いていない。もともと、彼女は寝起きが悪い。
「姉さん、触るよ」
ひとまずルーシャンはメイの手を取って脈を測る。問題なく正常だ。若干弱い気もするが、こんなものだろう。血は足りていないので顔色は悪い。しばらく安静だ。みんな、メイの脳に障害が残ると困ると思っているので、無理にでも休ませるだろう。
起き上がろうとするメイにジョエルが手を貸す。それに礼を言ってから、メイはふと言った。
「というか、なぜ師範?」
「お前が重傷だと言うから様子を見に来たんだ、このはねっかえりが」
「痛っ」
ジョエルがメイの頭をはたく。頭を怪我しているので、一応ルーシャンが止めた。
「あ、すみません。一応、頭怪我してるので」
「ああ、そうだな。これ以上頭がおかしくなってはかなわん」
「これ以上ってあるんでしょうか」
「君たち、私が何を言っても傷つかないと思ってる?」
さすがにメイが不機嫌そうに言った。割とおおらかな彼女だが、さすがにからかいすぎたか。
「ごめん」
「思ったより、お前が元気そうで安心したと言うことだ」
素直に謝ったルーシャンに対し、ジョエルはそう言って今度はメイの頭を撫でた。
「よく頑張ったな」
「……はい」
メイがはにかむように笑った。我が姉であるが、不覚にも可愛いと思った。なぜジーンはいないのだろう。タイミングが悪すぎないか。
「……そうか。笑えるようになったか」
そう言って微笑むジョエルは、孫でも見ているような顔をしていた。
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