【10】
ルーシャンは二階層目から階段を駆け下りると、まずグレアムの様子を見に行った。メイが座位を保てずに倒れるところは見えていたが、すぐにジーンが支えたので後回しである。
「グレアム、大丈夫?」
「おお……ちょっと頭打ったからじっとしてるわ」
本人から申告があったのでざっと確認し、大丈夫そうなのでメイを見に行く。どう考えても彼女が一番重症だった。最初から最後まで戦っていたのは彼女だけだ。
「姉さん!」
ジーンが支えるメイの側に膝をつく。すでに自分で体を支えられず、意識があるのが不思議なくらいだ。
「事後処理……街の状況は……?」
「そんなのいいから!」
「そうだ。後はこっちで何とかする。お前、重傷の自覚持てよ」
「そうだよ!」
ジーンに激しく同意しながらメイの診察をしていく。頭を打っているし、仮にくっつけていた肋骨が折れている。ほかにも打撲や挫傷、裂傷が見られる。背が高いが華奢なメイは失血死してしまう可能性がある。
「ルーシャン、メイを任せていいか」
「待って、駄目! そのまま頭を上げたまま支えてて」
「お、おう……」
おそらく、メイが気にしている事後処理の指示を出しに行こうとしたのだろう。そういうジーンにルーシャンは待ったを出した。応急処置をするまで、メイの姿勢を保ってほしい。
「ねえ……みんな無事? 被害はどれくらい?」
「姉さん」
「黙ってろ」
ルーシャンとジーンが咎めるように言う。肺が折れた骨に圧迫されているからか、喉から嫌な音が漏れている。メイ自身も呼吸が苦しいだろう。青い瞳がみるみるうるんだ。
「やだなぁ……死にたくないよぉ……」
子供っぽい口調でつぶやいたメイは、そのまま泣き出した。パニックを越しているのかもしれないが、ルーシャンもぎゅっと唇を引き結んだ。ジーンに落ち着け、とばかりに肩を叩かれる。不覚だ。
何とかメイの応急処置をして鎮痛剤を打つ。薬が効いて眠ったのか、さしものメイも痛みに耐えられずに気絶したのかわからないが、意識を失ったメイを運ばせて、ルーシャンはざっとジーンを見る。
ジーンはさすがに立ち上がれないが、特に大きな外傷は見られなかった。骨は折れているし、内臓が傷ついている可能性はあるが、大きな損傷はないと思われた。ルーシャンはほっと息をつく。
「はい、いいよ。……ジーン」
「なんだよ」
「姉さん、助けてくれてありがとう」
「……大けがさせたけどな」
「僕が治すから大丈夫。あんまりそういうこと言うと、姉さんと一緒だよ」
嘆くことは後からでもできる。失ったものを数える前にやるべきことをやれ、という合理主義者なメイであるが、たまに後ろ向きになるのだ。ジーンが苦笑を浮かべる。
「おう。お前も救護活動に行けよ」
「うん」
ジーンを看護師に任せ、ひとまずルーシャンは先ほどおいて言ったグレアムに駆け寄った。看護師が見ているが、まだ動けていない。
「なんだぁ? 戻ってきたのか」
「めちゃくちゃ意識しっかりしてるね」
グレアムに声をかけられて、ルーシャンは苦笑した。みんなキャラが濃いな。
「メイとジーンはどうなった?」
包帯を巻かれながら聞くことは人のことだ。みんな人のことばっかり。
「ジーンはケロッとしてるよ。姉さんは重傷だけど、命に別状はないし」
「そっちじゃねぇよ。抱き合ってただろ」
「それ、今気にすることじゃないよね」
ルーシャンはそう言って容赦なく鎮痛剤を注射した。配慮しなかったので痛かったと思うが、グレアムは少し顔をしかめるだけで終わった。
「くそぉ。近くで見たかった……」
「野次馬根性がすごい……」
ルーシャンのつぶやきに、看護師たちが大きくうなずいた。
十二人会議のメンバーのうち、メイとジーン、グレアムは怪我で離脱したので、現場の後始末はギルバートとセアラ、さらにジュリアンで行った。
「俺、こういうこと苦手なの……」
ジュリアンはそう言いながらも唯一立っている戦闘力の会議メンバーの務めを果たしていた。たぶん、実際に後始末をしたのはセアラだ。
そういえば、アーノルドは無事に間諜をあぶりだしていた。ずいぶん前から存在を確認しており、メイと話し合っていたらしい。ルーシャンは姉の先見の明が怖い。これで、精神干渉系の能力は皆無なんだぞ。すべて自前ということだ。
街の方も、多少けが人はいたが大事にはなっていないらしい。というか、メイが待ちの方に多くの戦力を割いていたため、グールの襲撃をうまくいなせたようだ。建物が壊れたし死人も出ているが、あの混乱を思えば被害は少ない方だと思う。
さて。グールの本部襲撃の翌日にはトラヴィスが到着し、本部の防衛魔法を見て回り、西塔が半壊しているのを見てちょっと引いていた。ルーシャンも外から見てみたが、確かにあれは廃墟にしか見えない。
現状、元通りリアン・オーダーは回っているが、すべてを把握している人間がまだ起きないので、正確なところ、何が起こったのかよくわからなかった。
ところで、急遽招集をかけられたため、討伐騎士たちが集まってくる集まってくる。十二人会議のメンバーは、もう到着していないのはリサとナイジェルだけという状況だ。アーノルドが指示を出しなおしたので、二人はそのまま各地を放浪しているだろう。トラヴィスには、どうしても保護魔法の件で一度帰ってきてもらわなければならなかった。
代わりのように外に出されたジュリアンは半泣きだった。出立の前にまだ入院中のグレアムとメイを見舞ってくれたので、ルーシャンも話す機会があった。
「あの時、どうして姉さんと話もしていないのに、姉さんの思惑通りに動けたの?」
ずっと気になっていた。グレアムやジーンはメイと少し話す機会があったが、ジュリアンは違う。彼はすぐに戦線に参列したため、メイと話していない。それなのに、彼はメイの思惑を正しく理解して行動していた。事前に作戦を考えていても難しい対応である。
「どうしてって言われても困るけど。ほら、メイの方針ってゆるぎないよね。狙撃手は狙撃手として徹底しろってことで。到着した時にメイが俺を待ってたって言うし、そういうことかなって」
確かにメイの方針はゆるぎないし、指示は明確だ。逆に言うと必要以上のことを口にしないので、何が起こっているのかわからない、という欠点があるが、そこはメイ自身への信頼が補っている。ただ、その指示をくみ取れるかが問題になってくるが、ジュリアンはくみ取れたのだろう。
「おそらく、三つ以上の核があることは聞いていたし、俺に求められているのは、その核の一つを正確に破壊すること。上に行ったらニーヴもいたし、そこでメイからの指示もきたしね」
そういえば、二人で核を狙え、と言っていた気がする。
「メイなら、絶対に俺たちが撃てる隙を作ってくれる。その瞬間に射貫くのが俺たちの役目。いくら無限に再生するって言っても、核を何度も破壊されれば回復力に限界が来るだろうし。よくわからんけど」
「なるほど……みんなが姉さんを信頼してるってのはよくわかった」
ルーシャンはうなずいてジュリアンに礼を言うと、朗らかに行ってらっしゃい、と手を振った。自分が外に出されることを思い出したジュリアンは半泣きだ。
「ぐぅ……! だけど、俺は城にいても采配を振るえない……!」
人間、向き不向きがあるのだ。たぶん、ジーンやグレアムも体が治ったら即外に出されるだろう。二人とも重傷だが、自分よりメイのことを心配していた。
「姉さーん……」
呼びかけてみるが眠ったままのメイから反応はない。単純に眠っているだけだと思うのだが、丸一日経っても目を覚まさない。さすがに心配になる。やはり、出血量が多かったからだろうか。
死にたくない、と彼女は言った。ルーシャンに隠れていろ、何て言わない、とも。それでも、ルーシャンにできるのはただ待つことだけだ。
小さくノックがあって、ひょっこり顔を出したのはニーヴだ。不可抗力により同居人のメイが療養中なので、ニーヴもアイヴィー城に泊まっていた。メイの様子を見に来たらしい。ベッドサイドからメイの顔を覗き込んで優しく頬を突っついたが、メイは起きなかった。ニーヴは心なしかしょんぼりしている。
「大丈夫だよ。すぐに目を覚ますよ」
たぶん。こればかりは、メイの体力の問題だ。
「うるさい……」
ルーシャンは自分以外の声が聞こえて、そちらに顔を向けた。青い瞳がうっすら覗いていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




