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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第6章【11月・生きたい】
59/124

【8】














 姉のメイは自他ともに認めるほど頭のおかしい女であるが、たぶん、ほかのみんなと見えているものが違うのだと思う。姉の静かな演説を聞き、ルーシャンは思った。たぶん、メイには上に立つ者の資格があると思う。

 ルーシャンはギルバートの求めに応じてメイが話していた策を頭から引っ張り出していたが、それでも急速に態勢が崩れてきているのが分かった。メイ自身が戦いながら指示を出せない、というのも本当のようで、こちらを気にしているのはわかるが特段指示は飛んでこない。むしろ、こちらを気にしていることで気がそがれるのか、攻撃を食らっているからはらはらする。あ、今、頭打った。


「おおおおっ。頼むから、首より上は死守で頼む……!」


 ギルバートが拝んでいる。ちなみに、指示だしはほぼセアラがしている。こういったことは、彼より嫁の方が適性があるらしかった。

 これは、グレアムではないが、メイが万が一死んだら、脳をトレースした方がいいだろうか……言ってて自分で泣きそうになったので、考えるのをやめた。

 ルーシャンには、メイとグレアムは割と善戦しているように見えた。しかし、セアラに言わせるとだめなのだそうだ。防戦一方で、反撃ができない。二人ともここにいる討伐騎士の誰よりも強いが、もともと攻撃型ではないため、反撃に転じることができないのだろうとのことだった。


 ちなみに、グールはメイにご執心だ。普段のメイなら、『目的が集中しているのなら対策が立てやすい』くらい言うだろうが、今は本人が戦場にいるのでそれどころではない。ルーシャンでは役に立てない。


「あっ。ジーン到着」


 外からの連絡で、ルーシャンが声を上げた。時間を確認したセアラが、「速くない!?」と声を上げた。確かに、到着予定時刻より三十分近く早い。

「惚れた女の危機に飛んできたんだろ! ルーシャン、どうする!」

「え、えっと……」

 ギルバートに早口にツッコまれ、ルーシャンは慌ててメイに言い聞かされた対応マニュアルを引っ張り出した。とにかく、ジーンをここに突入させて、メイを引かせなければならない。

「メイ!」

「姉さん!?」

 セアラとルーシャンが悲鳴を上げた。うまく威力は逃がしたようだが、メイが攻撃を真正面から食らった。これはぶつかった衝撃の方が大きいやつ! 駆け出そうと、ルーシャンが足を踏み出すと同時に、ジーンがメイを受け止めたのが見えた。よし、ナイス!


「ルー、行け!」


 姉しか呼ばない愛称でギルバートに呼ばれつつ、ルーシャンは階段を駆け下りた。二階層目でメイを担いで上がってきたジーンに合流する。

「姉さん!」

「ルーシャンか。こいつ頼む。おい、メイ、指示をくれ」

 ジーンは片手でメイを抱きかかえていたが、ルーシャンは両手でないと受け取れなかった。解せぬ。そして、メイはこの状況でも刀を手放していなかった。すごい根性だ。

「グレアムのフォローに入ってくれ。五分……いや、三分稼いでほしい。体勢を立て直す」

「任された」

 ルーシャンに床にそっと降ろされたので座り込んだまま、メイがてきぱきと指示を出す。ジーンもしゃがんでメイの肩を叩いた。そのまま立ち上がろうとするので、メイがジーンのジャケットの裾を掴んだ。

「ああ?」

 ジーンから、ギルバート曰く『惚れた女』に対するとは思えない低い声が出た。ルーシャンは倒れかけたメイの肩を支える。

「あいつは核が三つある。額、喉、左胸だ。それ以上はない」

「了解した。三分後、指示を待つ」

「こちらも了解」

 ジーンが塀を越えて飛び降りた。メイはてきぱき治療を始めたルーシャンに問う。


「今動ける戦闘力は?」


 一瞬面食らったが、すぐに質問の意図を察して口を開いた。

「一番上の狙撃部隊は一名の脱落者のみ。むしろ、二人追加されている。聖性術師は五名が脱落。攻撃型の聖性術師が二名と、守備型が三名。一人、攻撃型の人が加わってる。普通の魔術師が二人脱落して、ここは追加なし。剣士は七名のうち三名脱落。うち一人は姉さんね。ジーンとクラウスが参戦してるけど」

 それを聞いたとたん、メイはつけっぱなしにしていた通信機に向かって言った。

「クラウス、聞こえるか。お前は離脱して、街の方の戦線の指揮をとれ」

『なぜ!?』

「そこに指揮官が二人いても無駄だからだ」

 理不尽! とクラウスが叫んでいるのが聞こえた。だが、一応メイの指示には従うんだな……とルーシャンは下を覗き込んで思った。クラウスが離脱していったのが見えたのだ。

 ルーシャンの処置を受けながら、メイは矢継ぎ早に指示を飛ばして戦線を整えていく。本当に、頭の中どうなってるんだろう。


「狙撃班はそのまま待機。第三階層に、聖性術師・魔術師の攻撃魔法が使える者は集結。三人ごとに組になって四隅に展開して待機。奥側の壁には待機しなくていい。守備型の魔術師の中で結界術の使える者、そのままこの場を離脱して、外から結界を張ってくれ。グールの逃亡を許すな」


 きっかり三分で、メイは本当に体勢を立て直したし、ついでにルーシャンは傷の手当ても負えた。ただし、応急処置だ。

「いい? 肋骨折れてるからね。腕の怪我も簡単に裂けるから、無理はしないで」

「善処はしよう」

 これは駄目なやつ!

 だが、ここが正念場であるのは確かだ。メイが後方に入ったことで一時的に戦線が持ち直したが、どこまで通用するのだろうか。

 メイが刀を鞘に納めてベルトに吊り下げて立ち上がる。いつもロングコートやロングカーディガンを着ている印象の強いメイだが、今日はジャケットだ。翻るのが邪魔なのだそうだ。たぶん、いつも服の裾が長いのは、体型を隠すためだと思うのだが、それはともかく。塀から顔を出したメイは自分が整えた態勢を確認すると、攻撃に転じることにしたようだ。


「魔術師の一班、三班、一瞬でいい、動きを止めろ。二班、四班、プラン・エクスレイ・ワンからフォーまで。ジーン、グレアム達もいいな?」


 おう、と返答があった気がした。メイもそう判じたのだろう。ただのマイペースの可能性もあるが、カウント五秒とした。

 メイのカウントに合わせて、魔術師たちが術を放つ。一瞬、グールの動きが泊まる。さらに、魔術師たちの光の矢が飛んでくるが、これが実際の矢が混じっていたり、聖性術師のものが混じっていたりでグールに確実にダメージを与える物量攻撃となった。


 統制の取れた攻撃はグールに確実にダメージを与えていく。だが、ルーシャンも一つ気づいたことがある。


「ね、姉さん、あのグール……」


 言いかけたところでメイに口をふさがれた。そのまま彼女は人差し指を自分の唇に当てた。黙っていろ、ということだ。やはりわかっているのだ。

 どうにも、あのグールはこちらの動きを察しているような気がするのだ。ルーシャンの気のせいではないようで、メイはルーシャンに話すなと言った。大丈夫なのだろうか……。

 思考が読まれているのだろうか。通信が傍受されているのだろうか。どちらにしろ、相当に頭のいいグールだな、と思った。


 だが、何だろう。メイならなんとかできる気がする。これが、オーダーのみんなが感じているメイに対する安心感だろうか。変人だが、仕事はきっちり仕上げてくるメイなのだ。今回は被害も大きいが……。


 メイが指揮に入ったのもあるだろうが、やはりジーンが圧倒的に強い。メイもかなりの剣の腕前を持つが、ジーンは別格だ。おそらく、メイの剣術はかなり『正統派』なのだろうが、ジーンのものは『実戦』がかなり入っている。

「ヤハリ、貴様をサキにシマツしなければナラナイようデスネ」

 グールが目の前に現れた言葉がひび割れていて非常に聞き取りづらい。ルーシャンは悲鳴を上げた。彼はメイの側にいたので、彼女を狙ってきたグールの射程に入っていたのだ。メイはかけらも動揺せずに足を踏み込んで抜刀した。かわされる。舌打ちが聞こえた。

 と、銃撃音が聞こえ、グールの上体が傾いだ。メイが塀の上に乗り上げてグールを蹴り落とし、さらに魔法を叩きこんだ。


「ジュリアン、来たか」


 いつの前にかジュリアンが到着していた。最上階層からグールを狙撃銃で狙っている。思わず時計を見ると、作戦開始から一時間以上が経過していた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ジーンが早く着いた理由については、ギルバートが正解。


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