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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第6章【11月・生きたい】
58/124

【7】

時々挟まるメイ視点。














「お前、ちゃんと姉ちゃんしてるのな」

「は?」


 待機中のグレアムにそんなことを言われて、メイは眉をひそめた。メイもだが、グレアムも戦闘服を着こんでいた。二人とも、蒼のブレスレットを持っているが、そこまで強いわけではないのだ。少しでも身を守らなければならない。


「ルーシャンだよ。お前、ちゃんと姉ちゃんなんだな」

「あの子より先に生まれた、というだけだよ」


 結局、そういうことだ。一年くらいしか年の差がないし、ルーシャンの方がしっかりしているのでは、というところもある。だが、メイもルーシャンを甘やかした自覚があるので、そういう意味では姉弟しているかもしれない。

「死んでほしくないんだろ、姉ちゃんに」

「わかっている」

 それは、わかっているのだ。だが、メイとグレアムの力量では、引き分けに持って行くのも難しい。


「生きて戻る、くらい言ってもよかったんじゃねぇの。実際、お前には生きててもらった方がいいと思うんだよな」


 お前は死にたいのかもしれないけど、とグレアム。メイ自身も、己が戦うよりも後ろで指揮を執る方が有用性が高いことをわかっている。だが、仕方がないではないか。手札が少ないのだ。


「みんな勘違いしているけど、私は特段、死にたいと思ったことはないよ」

「え、マジ?」


 そりゃあ自殺未遂を繰り返していればそんな反応になる。だが、死にたいと思ったことは、実はないのだ。

「結果的に死んでもいいと思ったことはあるけど」

「それって一緒じゃねーの」

「違う」

 死にたいと思ったのとは、違うと思う。メイは震えている自分の手を見た。痙攣しているのではない。これから、圧倒的な力に立ち向かうことにおびえているのだ。


「こんなものだ、私も。戦えと言いながら、いざ自分の番になると震えが止まらない。死んでもいいなんて、言えない」


 そうたぶん。メイは、心の中ではそう思っていないのだ。


「当たり前だろ。人間だぞ。俺だって怖くてたまらねぇよ」

「そうか」

「そうそう」

 軽く答えるグレアムを、メイは振り仰いだ。


「グレアムは変な人だけど、いい人だよね」

「おう。ありがとな。でも、全世界の誰も、お前にだけは言われたくねぇと思うぞ」


 リアン・オーダーの変人と言えば、で一番に名が上がるのがメイだから、それはそうかもしれないが。グレアムもなかなかのマッドサイエンティストなのだ。

「私が変人なのは事実だが、私がどう思うかも自由でしょ」

「開き直った。つーか、その顔、ジーンに見せてやれよ。お前、結局ジーンのことどう思ってんのよ」

「好きだよ」

 死ぬかもしれないから聞いておこうとでも思ったのだろうか。軽い調子のグレアムにメイも軽く返した。そうかぁ、とうなずきかけたグレアムが目を見開く。


「は? 好きなの?」

「好きだな」

「言ってやれよ!」


 大きな声を出したので、準備中の戦闘要員たちがこちらを見た。見なくていい。作業を続けろ。


「今まさに死にそうになってんだろ! 未練残るぞ」

「別に残らない」

「お前じゃなくて、ジーンの方だよ!」


 思わず、なるほど、と思った。きっと、彼はメイが死んだら気に病んでしまう。

「そうか。考慮しておこう」

「ほんとに考慮だけで終わりそうだな」

「死んで来いと言う口で、『好きだ』と言えるか」

「言えるか、じゃなくて言いたくないんだろ。いいじゃん。死なないでって縋ってみろよ。泣いて喜ぶぜ」

「性格的に無理だ」

真顔で返すと、グレアムは「違いない」と苦笑した。なんだかメイトジーンの話で盛り上がってしまったが、グレアムの恋人はどうした。その辺にいるはずだけど。


「十分前! 総員、配置につけ!」


 通信機越しと実際の声で、セアラのカウントの声が聞こえた。

「作戦開始前に一言! 傾聴!」

「あー……っと」

 言いよどむようなこの声はギルバートだ。突然振られたので、戸惑ったのだろう。


「いや、ここは俺じゃなく、実質的な指揮官のメイに」


 ばっと視線がメイに集まる。メイとグレアム達、接近戦を担当するものは半地下になった塔の底にいる。そのため、他の階層に待機している者たちより低いところにいた。ギルバートたちは五層目にいる。メイは明らかに迷惑そうな表情でギルバートを見上げたが、グレアムが笑って言った。

「公爵の言う通りだな。どうぞ」

 グレアムに振ろうとしたメイは思わず顔をしかめたが、顔をあげて見渡し、ため息をついた。

「……諸君」

 声を張り上げなくても、通信機をつけているので聞こえているはずだ。


「この作戦に参加してくれて、感謝する。できるだけの準備は整えたつもりだ。しかし、戦場では何があるかわからないし、そもそも戦力が十分ではない。私たちは、生き残れないかもしれない。志半ばに倒れるかもしれない。そうだとしても、私たちは悔いの残らないように戦い、そして生き残る努力を忘れないようにしよう」


 三分前、とセアラの声。メイが締めにかかる。


「では、作戦終了後も、諸君らと顔を合わせられることを祈っている」


 よくもこう、すらすらと言葉が出てくるものだな、と自分で感心した。

 作戦開始時間まであと二分。グールをとどめている氷がぴしり、と音を立てた。メイとグレアムは氷を見た。おそらく、魔術師の力が限界に来ているのだ。メイは腰を落として刀の柄に手をかけた。グレアムも槍を構える。二人の姿勢を見て、控えている剣士たちも剣を抜いた。


「定刻です! 作戦開始!」


 セアラの号令の元、作戦が開始された。魔術師が氷結魔法を解除、続いて魔法の弾丸が間髪入れずに打ち込まれる。爆炎で視界が遮られるが、グレアムは『視えて』いる。先に攻撃を仕掛けた。メイはその場で待機。

「メイ!」

 風魔法で煙が巻き上げられ、メイにも見えない触手のような攻撃が襲う。居合抜きの要領で切り落とし、さらに触手の攻撃を避けてグールに肉薄した。

「コノ……っ、小娘ェ!」

 グールの攻撃がメイに集中する。さすがにさばききれない。氷の弾丸をグールに向かって叩き落す。メイの能力は水流操作だ。ないものは作れない。そのため、このグールを拘束する際にも、大量の水を用意する必要があった。維持していたのは魔術師たちだが、きっかけを作ったのはメイなのだ。

 それにしても、思ったより恨みを買っているようだ。だが、メイだけに攻撃が集中するのなら、逆に読みやすい。メイの生存率は下がるが。

「らぁっ!」

 グレアムの魔法を乗せた一撃がグールに入る。メイの連撃が触手を半ばから断ち切った。もう一本あるが。さらに、上層階から魔法と銃弾、矢の波状攻撃。矢をつかうものは、たいてい聖性術の力が強いので狙撃手として待機させている。ニーヴもそうだ。最上階にいるはずである。


「いまだ! やれ!」


 グレアムの合図とともに、剣士たちが一斉にグールに斬りかかる。グレアムとメイも例外ではない。剣士、だけではないが、七名が一斉にグールに斬りかかり、いくつかの刃が届いた。今度はメイが声を上げる。

「攻撃、来るぞ! 退避!」

 一斉に退いたが、二名が見えない触手の攻撃をもろに食らって壁に激突した。医療班が駆け寄ってくる。

「三つめは喉か……」

 隠れていたが、喉にも核が埋まっている。つまり、額、左胸、喉。人間の急所と同じだ。体の上部に集中しているが、この三つを破壊するのは難しい。


 しかし、見つけられただけよかったと言うことにしておこう。今の一斉攻撃はグールの核の位置を確認するためのものだ。本気で倒しにかかったのではない。おそらく、これ以上の核は存在しないだろう。

「ヤハり、オ前ヲ先にシマツしなければ」

 グールが執拗にメイを狙ってくるので、メイも逃げる、逃げる。いや、逃げているだけではなく、反撃したい。こうしている間にも体力が削られていく。グレアムをあしらいつつ、グールはメイを追い回す。

 メイも一度床に激突して頭を打っている。体が動かなくなっても、頭だけは死守したい。メイも自分が後方で指揮を執ったほうがいいのだ、とわかっている。何度も言うが。

「ナカナカ、頑張りますネェ」

 グールが目の前に迫ってきた。間合いが近すぎて刀が振れない。メイはグールの顔に向かって、下から上向きに拳銃をぶっ放した。一丁だけだが、一応武装していたのだ。近づきすぎると、魔術師たちの援護が鈍るので身を守るためににも必要だった。

 というか、その魔術師たちの支援が分散されてきている。思い出したようにグールが彼らを狙うので、戦線が崩れてきている。立て直さなければ。そう思ってざっと上を見上げていたから、反応が遅れた。攻撃が目の前まで来ている。かわせない。

「っ!?」

 せめて刀で受けて、後ろに引いて威力を削ぐか、衝撃は殺しきれなかった。だが、壁に衝突する前にメイの体が抱き留められた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


誰か、演説の仕方を教えてください…。


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