【6】
バレンタイン!
だけど全然そんな話じゃない!
気を取り直して、作戦会議である。
「私が現状で提示できる方針は三つだ」
と、メイが指を三本立てる。右手だが、痙攣も収まっている。薬が効いているようだ。
「ひとつ、このまま降伏する。ふたつ、現状戦力で戦う。みっつ、追加戦力を待つ」
「一つ目はなしだ。……まあ、俺が実際に戦うわけではないから強くは言えないが」
ギルバートは苦笑気味に言った。メイも肩をすくめる。異論はないので、みんなギルバートの意見には賛成なのだろう。
「では、取る方法は二つ目か三つ目になるな。だが、正直に言ってどちらも現実的ではない。現状戦力はどう考えても足りないし、対応できるだけの追加戦力を待っている時間はない」
それでもどうにかしなければならないのがメイだ。そのために、グレアムと「死ぬ死なない」論争があったのだろう。
「それを前提としてわかっていてほしい。午後一時三十分、拘束している氷が融ける前に先制攻撃を仕掛ける。あと一時間後だが。この時点で、剣士七名、銃士・射手が二十名、魔術師が十八名、医療班が二十五名待機している」
そのほか、街やほかの場所にも討伐騎士を割いているので、全体でこの人数ではない。なお、ギルバートとセアラについては人数に入っていない。アーノルドたちは完全に後方待機だ。
「それだけでいいのか?」
「人数が多けりゃいいってもんじゃねぇのよ」
アーノルドの言葉に、グレアムがそう言った。メイもうなずく。
「できうる限り、こちらに条件の良い戦場を設定したつもりではあるけど、グレアムの言う通り、あの塔は大人数が入れない。それに、あのグール相手に人数だけ多くても、無駄に被害が増えるだけだ」
「ああ……だから外に剣士を出したのか」
「それだけが理由ではないけど」
外も確認して着ているらしいギルバートの言葉に、メイはそう言った。確かに、討伐騎士は圧倒的に剣士が多い。グレアムのように槍をつかうものも多いが、どちらかと言うと騎士という言葉が剣士を連想させるのだろう。実際、メイも剣士である。
「作戦開始から一時間粘ることができれば、ジュリアンかジーンが到着するだろう……全滅する前にたどり着けばいいな……」
「ちなみに、あの二人なら勝てるか?」
「どうだろう。ジーンが二人いれば勝てるとは思う」
「そりゃまた微妙な」
グレアムが苦笑を浮かべた。それくらいに、強いのか。
「こう、見えている腕のほかに、見えてない触手のようなものが少なくとも二本。途中で方向を変えるから、本体とつながっていると思うのだけど……それを避けるには、反射神経がものを言うな」
「ああ、反射神経の検査、ジーンとナンシーがぶっちぎってたもんな」
「そういうことだ。まあ、いないものは仕方がない。私とグレアムでも、ぎりぎりまで追い詰めることは不可能ではない」
「可能性がゼロじゃないってだけだろ。俺もお前も、根っからの剣士じゃねぇもんな」
メイは参謀であるし、グレアムはどちらかと言うと研究者であるのだそうだ。
「私とグレアム、その他剣士でグールの気を少しでもそらして、波状攻撃を仕掛けるのが一番可能性があると思う。グールの核を狙撃できれば一番早いんだが」
「三つ以上あるんだろ。ってことは、できれば狙撃手を三人以上用意したいよな。一人で三つ撃たせてもいいけど……できるのはジュリアンくらいだよなぁ」
彼は抜けているところはあるが、優秀な狙撃手なのだそうだ。
「そもそも、三つ目以降、どこにあるかわからないんだ。私は目に見えている額と左胸の核を壊したが、再生したからな」
確かに、どこに核があるかわからないと、撃ちようがない。
「核の個数の確認と、場所の確認も私たちの仕事の一つだ。いくら私たちが暴れまわったとしても、支援部隊への被害も避けられない。指揮を執り、態勢を整える必要があるが……先ほども言ったが、私は戦いながら指揮をとれない」
「それについては俺が何とか出来ると思うぜ。お前が作戦を考えてくれたらだけど……」
ギルバートが立候補したが、最後はしりすぼみだった。
「帰れと言ったが」
「帰らない」
「帰らないわ」
ギルバートもセアラも言った。メイはしばらくシズリー夫妻を見つめていたが、ため息をついた。
「押し問答をしている時間はない。では、ギルバート様に指揮を頼む。魔術師たちに合図を出してくれ。ルー」
「あ、はい!」
突然呼ばれて、気合の入った返事をしてしまった。思わず赤くなる。
「今までの話、すべて覚えているか?」
「へっ?」
「覚えているか?」
念押しのように聞かれて、ルーシャンはうなずく。
「うん。たぶん」
九割くらいは覚えている。たぶん。
「では、今から私が話すこともすべて記憶しろ。お前は医療班だろうが、ギルバート様の側でマニュアルの代わりだ」
いいか? と、メイはルーシャンではなくヴィオラに尋ねた。ヴィオラもルーシャンに確認せずにうなずく。
「問題ないわ」
「え、待って。僕、了承してない……」
「あきらめろよ、メイ弟。総力戦だ」
「ええ……」
グレアムにも諭すように言われ、眉を顰めるが、そうだ。メイたちは戦いに行くのだ。死ぬかもしれない人の前で、嫌とは言えない。
「わかった」
その後、ルーシャンはメイが着替えながら早口に話す対応方法を記憶して言った。別段、絶対記憶能力的なものはないのだが、ルーシャンはかなり記憶力の良い方だと思う。つまり、メイは書きだす時間を惜しんでルーシャンにすべて記憶させるつもりなのだ。記憶媒体の魔法道具でも再現可能ではあるが、ルーシャンの方がその場に適した回答を提示できる。
というか、弟とはいえ、男の前でためらいなく着替え始めるのもどうかと思う。この場には、メイとルーシャン、シャーリーしか残っていないが。
「いい? 前と違って簡易につけただけだから、手足のように使うことはできないからね。どうしても、補助になってしまうわ」
「構わない。ないよりはましだろう」
久々にメイの体の右側に魔法刺青が浮かんでいる。どうやら、魔術式をはしょるための対策のようだが、メイ自身ではなくシャーリーが刻んでいたらしい。これを頼まれたシャーリーの心情や如何に。
実は、ルーシャンはメイの討伐騎士用の制服姿を初めて見た。機能的なデザインだが、背の高いメイには似合っている。そういえば、国軍の軍服も似合っていた。確かに美人、と言える顔立ちではないかもしれないが、顔立ちに癖がないので大概のものが似合う。その姉は優し気な顔立ちをゆがませながらベルトに刀を吊り下げていた。
「……姉さん、かっこいいね」
「ありがとう、と言っておけばいいんだろうか」
平常と変わらない様子でメイはそう言った。ルーシャンは思わず、小さいころのようにメイの服の袖をつかんだ。そのしぐさを見たメイが顔をほころばせた。
「何か言いたいことがあるとき、お前はよくそうしていたね。どうした?」
「……死んでほしくない」
「そうだね」
メイはそれだけしか言わなかった。死なないよ、とは言えないのだ。わかっている。だが、自分が死ぬことを前提としているのが嫌だった。
「ルー、ルーシャン」
改まって名を呼ばれて、伏せていた眼を上げる。メイはいつも通りの真顔で言った。
「今度は、隠れていろなんて言わない。ギルバート様を助けてやって」
「……姉さんを助けたいよ」
「間接的に私を助けてくれることになる」
それはそうかもしれないが。子供っぽくむくれたルーシャンは、子供っぽいついでにもう一つ言った。
「姉さん、ぎゅってしていい?」
姉が男性恐怖症で、弟にすら過剰に触られるのを嫌がるのはわかっている。すがるように言うと、メイは困った表情になった後、ルーシャンを抱きしめた。
「お前は変なところで甘えただね」
「姉さんが甘やかすから悪い」
「はいはい」
背中をポンポン叩かれる。この感じ、まさしくメイだ。ルーシャンもメイを抱きしめるが、こんなに小さい人だったのか。覚えているメイは、ルーシャンより背が高かったのに。いや、今も平均より高いが。
「では、行ってくる」
「……うん」
不安そうな顔のルーシャンの髪をくしゃくしゃと撫でて、メイは一つ微笑むと、会議室を出た。
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