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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第6章【11月・生きたい】
56/124

【5】














 会議室と言っても、空き部屋に急遽机といすを突っ込んだだけの部屋だった。アーノルドとヴィオラがすでに待機しているのを見て、ルーシャンはメイを座らせた後、言った。

「えっと、じゃあ、僕は」

「待て。今出たら質問攻めになる」

「そうね。私は治療をしながら会議をするなんて器用なことはできないから、ルーシャンはメイを見ていて」

「……」

 お前のように複数処理はできない、と遠回しに言われたことに気づいたのだろう。メイは何とも言えない表情になった。確かにメイに点滴を刺してしまったので、見ている人がいた方がいいだろう。

「アーノルド、内通者は見つかったか」

「あ、ああ。城の中に三人。一応拘束して部屋に監禁してあるが」

「ひとまずの対処としては上出来だね。街は?」

「そちらはまだだ。ニーヴを派遣するか?」

 内通者がいることにも驚きだが、ニーヴが手伝っていたことにも驚く。ルーシャンがやってもよかったのに、と思ったが、内通者狩りなら確かにニーヴの方が役立つ。彼女は読心術の使い手だ。

「いや。ニーヴにはこちらの応戦部隊に入ってもらわないと、戦力が足りない」

「ほとんど外に出ているものね……医療班は編成したわ。ルーシャンは第一班だからね。戦場の一番近く」

「わかりました」

 ルーシャンはすぐに応じたが、メイが不満そうだ。だが、何も言わなかった。若くて体力のある魔法外科医の彼が戦場の一番近くに配置されることは、不自然なことではない。


 ノックがあって、シャーリーとセアラが入ってきた。メイが振り返った拍子に点滴が揺れた。

「姉さん!」

「ああ、ごめん。シャーリー、どうだった?」

「駄目ね。拘束を貫通するほどの聖性術師が出払っているわ」

 シャーリーが答えてメイの隣に座った。さらにその隣にセアラ。メイの逆隣はルーシャンがいるのだ。


「どういうことだ?」


 アーノルドが尋ねる。シャーリーが肩をすくめた。


「グールを拘束した状態でとどめを刺せないかと思ったんだけど、できなかったわ。魔法も銃弾も矢も貫通しない。ダメージを与えるには拘束魔法を緩めるしかないけれど、そんなことをしたら、そもそもグールが拘束を振り払ってしまうわ」

「では、我々はやはり、正面から戦って勝つしかないと言うことだね」


 何でもないようにメイは言うが、それはかなり難しいのでは。だが、拘束したままだと拘束に使った氷を突き抜けて攻撃できない。かといって攻撃が通用するまで拘束を緩めると、あちらが振り切ってこちらを襲ってくると言うわけだ。


「正面から戦うと、勝てない?」


 セアラが心配そうに尋ねた。現状最高戦力であるメイは「難しいな」と目を伏せる。

「私単独だと、勝率一割を切るだろう」

「お前でか!?」

「私に核を三つ以上同時に破壊するほどの力はない。不意を突いて、二つは破壊できたが、それ以上は難しい。あちらももう、私相手に油断しないだろうし」

 アーノルドとヴィオラが顔を見合わせた。現在、戦闘面では彼女だけが頼りなのだ。

「……アーノルドさん、蒼以上のもので、誰がどれくらいの時間でたどり着く」

「……最初にたどり着くのはグレアムだ。その次にジュリアン、ジーンあたりか。サディアスとアリソンが同刻ほどで到着すると思うが……」

「ナンシーとナイジェルは?」

「二人は国の反対側だ」

「そうだったか」

 さすがのメイも、すべての騎士の位置を把握しているわけではないようだ。指示を出しているのは彼女だが、基本的に、彼女の記憶力は常人の域を出ない。

「……シャーリー、拘束はどれくらいの時間持つ?」

「こればっかりはわからないけど、三時間を超えることはないと思うわ」


 今、午前十一時だ。では、午後二時には拘束が溶けてしまうのか。


「グレアムたちの到着予定時刻は?」

「グレアムはあと一時間ほどだ。ジュリアンとジーンは二時間以上はかかるだろうな」

「そうか……」

 メイが考え込むように目を閉じる。しばらくしてゆっくりと口を開いた。

「……ジュリアン達の到着を待っている時間はない。できれば、こちらの都合で戦闘を進めたい。そうでなくとも、私たちは不利だ」

「ってことは、グレアムの到着を待って、メイと二人で戦うってこと? じゃあ、指揮はどうするのよ」

 シャーリーがツッコミを入れた。すっかり彼女もメイに感化されているような気がする。というか、メイ自身が王都から帰ってきて以来、用兵に興味を持っている節がある。まあ、この状況では兵を動かすも何もないけど。

「グレアムが到着次第、作戦を詰めるが、状況に変化がなければ、午後一時半にはこちらから攻撃を開始する。……私が最前線に出る以上、誰かに指揮を任せる必要があるが……」

「え、姉さん、現場から指揮とれないの」

 思わず口をはさんでしまったルーシャンである。視線が彼に集まった。


「戦いながら指揮をとれない、ということだね。おそらく、指揮能力ではなく戦闘能力の問題だと思う。指揮を取ろうとすると、戦闘がおろそかになるんだな。つまり、私は現場指揮官に向いていないと言うことだ」

「ああ……うん」


 メイは強い。カリスマ性もあると思う。だが本来、最前線に出て戦う戦士ではないのだ。通常なら、メイが両方を担っても問題ないのだろう。だが、今回は相手が悪いということか。


「メイが指揮官として下がるのは駄目なの?」


 セアラが念のため、というように確認すると、メイは首を左右に振った。

「九割九分負けるが、それでいいなら下がろう」

「それはダメね……私がする! って言えればいいんだけど」

 セアラが唇を尖らせた。ここで一度昼休憩をとることにした。ルーシャンは会議室を出るに出られず、結局姉の横で食事をとった。メイはあまり食べると吐く、と言ってあまり食べなかった。


 食事中にギルバートがグレアムと連れ合ってやってきた。そこで出会ったらしい。ギルバートがメイを眺めて言う。

「おう、そろってるな。というか、メイ、大丈夫か?」

「頭は大丈夫だ。問題ない」

「お前の頭は一周回っていつもおかしいだろ。怪我の方だよ」

「いつもと変りないと言うことだ。体は痛い」

「え、鎮静剤打つ?」

 さすがにそろそろ効果が切れてきているのだろうか。ルーシャンが尋ねるとメイは首を左右に振った。


「いい。頭が働かなくなったら困る」


 一応、メイも自分が頭脳労働者である自覚はあるらしかった。

「だが、いいところに来た。ギルバート様、作戦会議が終わったらセアラを連れて屋敷の方へ戻ってくれ。作戦終了後も城が建物の状態を維持ている保証ができない」

「つまり危険ってことだな。承知の上だし、まず、お前の作戦の内容を聞いてから考えることにする」

「……いろいろ言いたいことはあるが、時間がない。グレアム、とりあえず、現状戦力として、まともにあのグールと白兵戦ができるのは私とお前だけだ。グールは見てきたか?」

「あ、ああ……氷漬けのやつな。お前か?」

「きっかけは私の魔法だが、維持は魔術師たちが担っている」

 あ、そうなんだ。一応、先ほど『プラン・シエラスリー』について確認したが、そこまで読みこんでいなかった。まあ、メイとシャーリーが急遽決めただけなのかもしれないけど。あの一瞬で考え付いたとしたら、ギルバートではないが、この姉は頭がおかしいと思う。一回IQ計りたい。

「お前が単独撃破できなかったんだろ。相当やばい?」

「相当やばいな。正直、私とお前で勝てるとは思えん。核が三つ以上あるぞ。二つ壊したが、崩壊しなかったからな」

「うわぁ。全滅する未来しか見えねぇ」

「安心しろ、全滅はしない。私がいる限りはね。まあ、私とお前は死ぬかもしれないが」

「じゃあ、お前がいなくなったら全滅するんじゃねぇの」

 グレアムに突っ込まれて、メイは何度か瞬きをした。

「それもそうだな」

 これ、大丈夫なのだろうか。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


メイは複数のことを同時に処理できるタイプ。でも、指揮を執りながら戦うとそれぞれの実力が半減するタイプ。急に、並列回路から直列回路の電圧になる感じ。


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