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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第6章【11月・生きたい】
55/124

【4】












 警報が鳴ったとき、ルーシャンはたまたまセアラとともにいた。ルーシャンがここに来てから、警報が鳴るのは初めてだった。


「え、警報? 警報!」


 はっとして声を上げる。セアラも「あらら」と眉をひそめた。


「今、どれくらい戦力があるのかしら」

「ほとんど出払っていると思いますが……」


 作戦行動を担当しているメイが言っていたのだから、間違いないと思う。どうやら、城の中にグールが攻め込んできたらしい。周囲の混乱した職員たちが慌てふためいている。その中で、ルーシャンとセアラは冷静な方だった。落ち着くように言うが、駄目だった……。


『全員、聞こえるか。うろたえるな。それは想定の範囲内だ。落ち着いて私の指示に従え』


 城内に声が流れ、ルーシャンはハッとし、興奮が落ち着いていくのが分かった。気づかなかったが、ルーシャンも動揺していたらしい。

 城内の動揺を、メイは言葉だけで静めて見せた。すぐにてきぱきと指示が飛び始め、感心していたのだが、不意にセアラが言った。

「ねえ。グールが近づいてくるんじゃないかしら」

「え……っと、そうですね」

 頭の中で城内の見取り図を思い出す。外科手術を行うルーシャンは、平面から立体を想像することはできるが、こういうのはメイの方が得意だ。彼女は二次元の地図が三次元に見えていると思う。いや、それはともかく。


 どうも、メイの指示を聞いていると、こちらの方にグールを追い立てたいようだった。何がしたいのかまではさすがにわからなかったが、通信機から流れてくる指示を聞いていると、どうもそんな感じがした。

『総員、プラン・シエラスリーにて対応! 二C2にいる者! 南の隔壁を壊してくれ!』

 プラン・シエラスリーとは! という前にルーシャンは通信機の回線を開いて言った。

「姉さん! そこにセアラ様もいる!」

 メイが指示した場所は、まさにここだった。セアラが驚いて自分を指さしている。だが、メイからの返答は容赦なかった。

『構わない! 壊すのを手伝ってもらえ!』

「さすがメイ!」

 なんだかうれしそうにセアラが手を叩いた。そのままほかの魔術師と指定の壁を壊し始める。どう考えても、その壁の向こうにグールがいると思うのだが。


 思うのだが!


 ガラスが割れる音が遠くでした。そして、ルーシャンの前を風が通り抜けた。メイだった。

「姉さん!?」

 勢いよく飛び込んできたメイは、ルーシャンの予想通り壁のすぐ向こうにいたグールに刀を突き立て、その勢いのまま今は使われていない塔にグールを押し込んだ。床が下がっている塔なので、たぶん、メイは二階分くらい落ちている。

「姉さん!」

「メイ!」

 ルーシャンとセアラがそろってメイが落ちていった、城とつながっている塔を覗き込む。壁が無残に破壊されているものの、形は保っている。メイはそこまでわかって壁を破壊させたのだろう。基礎となる部分を壊さなければ、城はそう簡単に倒壊しない。姉の知識の幅が広すぎて怖い。


 塔の床は水浸しだった。中心は吹き抜けだが、階層に別れていてベランダがいくつも段になっているようにも見える。数えたら、七階まである。六階部分に、魔術師が待機していた。

 床に着地したメイはそのまま地を蹴ってグールに連撃を加えた。連撃だとわかったのは、その攻撃でグールの核がふたつ、破壊されたからだ。歓声が上がる。だが、メイが吹き飛ばされて悲鳴が上がる。ルーシャンも悲鳴を上げた。


 しかし、メイもさるもの。空中で姿勢を立て直し、接近してきたグールに刀を叩きこんだ。だが、こちらが本命だったわけではないようで、そのまま魔術でグールを叩きつけた。グールの核を壊せるのは、祈器か聖性術だけだが、通常の攻撃が全く効かないわけではない。事実、討伐騎士になる前のメイが、己の魔術だけでグールを追い詰めている。

 何とか受け身を取ったメイだが、肩を床に打ったように見えた。素早く立ち上がって刀を構える。


「おジョウサン、弱イですネェ」


 片言だった。話すグールは何度か見たが、知性があるように見えるのは初めてだ。メイは、初めからわかっていたのだろうか。思い返せば、このグールだけを追い詰めようとしていた。

「余計なお世話だ。私自身が強い必要はないからね」

「オマエガ、指揮官ナノデショ」

 人型のグールだが、なんとなく女性的な印象を受けた。グールに性別があるか知らないけど。

 グールがメイに向かって腕を伸ばした。腕というか、触手か。メイは軽やかな動きでそれを斬り捨て、距離を詰めるが、間近から掌底突きを食らいそうになって飛びのいた。メイが魔法で氷の弾丸を連射する。ある程度の衝撃にはなるだろうが、グールを倒すことはできない。

「ムダダ!」

「やれ!」

 あざけるようなグールの言葉と、メイの指示が被った。魔術師たちが一斉に魔術式をくみ上げる。急速に足元の水が凍っていく。すぐに氷がグールの足を捉えた。

「コノ、小娘!」

 グールが呻くが、もうのどのあたりまで凍り付いている。メイは目を細めてそれを見上げている。


「戦い方は一つではないと言うことだ。では、目覚めるまで、ごきげんよう」


 メイが台詞を言い終える頃には、グールは完全に凍らされていた。ふう、と息を吐いたメイを見て、ルーシャンは階段を駆け下りる。歓声が耳をつんざく。様子を見ていた魔術師や、その他職員たちだ。だが、メイがぱん、と手を叩くとすぐに静かになる。

「魔術師たちは、このままグールの拘束を頼む。これから対策会議を行うから、シャーリーはそちらに来てくれ」

「了解!」

 かなり上の方からシャーリーの声。魔術師たちを指揮していたのは、彼女のようだ。

「今のうちに、負傷者は治療を。動けるものは、次の作戦のために準備を整えてくれ。アーノルドとドクターはどこだ」

 てきぱきと指示を出しながら、メイは塔の出入り口に向かっている。ルーシャンが駆け下りてきたあたりだ。


「では、できるだけ拘束を持たせてくれ。無理はするな。異常があればすぐに知らせろ」


 それだけ指示して、メイは塔を出る。回廊で城とつながっているので、少し階段を上がってそちらに出たのだが。


「姉さん!」


 メイの手から刀が滑り落ちた。手が震えている。ずっと手に持っていたのは、納刀できなかったからだ。壁に寄りかかってずるずると座り込む。

「姉さん! しっかり!!」

 手を伸ばすと、がっとその手を掴まれた。

「騒ぐな。私が倒れたのが分かると、士気が落ちる……」

 だから彼女は、見えない位置に入るまで耐えたのだ。まだグールを倒したわけではない。みんなには戦ってもらわなければならないし、ここでメイが指揮をとれなくなるのも困る。

「わかった。騒がないから、治療だけさせて。肩と背中、打ったでしょ」

 魔法で強化しているとはいえ、メイは肉体的には脆弱だ。よく切れるガラスの剣だが、自分が打たれることに弱いのだ。右腕が痙攣しているのは、刀で切りつけたときに反動をもろに受けたからだろう。メイは筋力も強い方ではない。鍛え始めたばかりのルーシャンに力比べで負けるくらいだ。

 上背はあるものの、どうにも前に出て戦うのが向いていないメイである。その頭脳のことを考えても、後方で指揮を執っていた方が断然いい。向いていないだろうに、メイはリアン・オーダーで上から数えた方が早いくらいの戦闘力の持ち主でもあるのだ。それだけ努力して手に入れた力だ。最前線で力を振るうためだろう。前に出たい気持ちもわかるが、メイは絶対に采配を振るった方がグールを多く倒せる気がする。


 途中で看護師が医療用のカバンを持ってきてくれたので、治癒術をかけた上に鎮痛剤を打つ。あまり多用したくないし、本人が気を失うのは困ると言うので、紛らわす程度だ。まだ痛いだろう。メイはルーシャンに支えられて立ち上がった。

「アーノルドとドクターはこちらについたか?」

「あ、はい」

 会議室を用意しました、と頬に擦り傷ができている討伐騎士の青年が言った。メイはうなずくと、その会議室に向かう、と言った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


前回の話のルーシャン視点でした。


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