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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第6章【11月・生きたい】
54/124

【3】

今日から本番です。まずはメイ視点。














 アイヴィー城では、引っ越しの準備が着々と進んでいる。それは問題ないのだが、リアン・オーダー上層部を悩ませているのは別の問題である。

「アーノルドさん、状況は?」

「何人か目星はつけているが……」

「本拠地を移動したところで、内通者がいては意味がないものね……」

 ヴィオラも悩まし気に言った。そう、基本的に城に常駐している三人の上層部を悩ませているのはこのことだ。城内の管理についてはアーノルドが任されているので、内通者に関してはアーノルドの管轄だ。


 夏、軍が攻めてきた。アイヴィー城の所在が割れていたからだ。いくら裏にいると思われるウィリアムが有能だと言っても、限界がある。誰かがアイヴィー城の情報を漏らしたのだ。


「城下にも内通者がいるのだろうね。城に入れるのは許可のあるものだけだが、街には比較的自由に出入りができるから」


 メイもため息をついた。戦線の維持と内通者探し。内憂外患とはこのことか。

「だが、街の住民を調べるとなると、膨大な時間と労力がかかるぞ」

「うん……まあ……」

「なんだ。お前にしては歯切れが悪いな」

 アーノルドが不審げにメイを見た。親ほどの年齢のアーノルドやヴィオラに、メイはあまり強く出られない。


「いや、本当は、ニーヴやルーにスパイ探しをさせたら、一発なのだけど……」


 ルーシャンのサイコメトリーは、どちらかと言うと心を読むより、物体の情報を読み取る方が得意であるが、ニーヴは完全に内通者探しに向いている。彼女の読心能力は本物だ。メイが言えば、ニーヴもルーシャンも従うだろう。メイは、内通者探しの切り札を持っているのだ。


「あの子たちにそんなことはさせたくない。仲間を疑うなんてこと」

「あなたもお姉ちゃんねぇ。いいと思うわよ、そういうの」


 ヴィオラは好意的に微笑んだが、アーノルドは容赦なく言った。

「だが、リアン・オーダーの参謀としてはどうだ?」

「今すぐ二人を連れて、全員と面談をすべきだ。その間に逃げた者がいるのなら、オーダーのメンバーの場合はリストを確認し、除籍する。町の住民の場合は、一時的に簡易の関所を設ける。勝手に入ってこられないように」

 きっぱりと答えたメイは、やはり参謀向きなのだろうな、と自分でも自覚が出てきた。夏にウィリアム(おそらく)と代理戦争をしたあたりから、自覚せざるを得なくなってきた。

「まあ、魔術でも代用できるはずだけど、先天性の二人よりは精度が落ちるだろうね」

 ほかにも精神干渉能力者はいるのだが、メイが知っている限り、ニーヴとルーシャンの能力が一番正確だ。ルーシャンのサイコメトリーはそれほど強いものではないが、そもそもサイコメトラーがそんなに存在しないのである。

「とにかく、それは私に任せておけ。あまり背負いすぎるな」

「うん……」

 うなずいたメイに、アーノルドとヴィオラが目を見合わせた。


「だいぶ柔らかくなってきたわね、メイ」

「何が?」


 何のことだ、と眉を顰めると、ヴィオラが「話し方とか」と微笑む。

「いいと思うわよ。その方がとっつきやすいでしょ」

「あまり崩れすぎても、威厳が……私は押し出しがよくないから」

 美貌とか、そういう問題ではなく、そもそも顔立ちが優しげだと言う話だ。ヴィオラが「そうね」と苦笑を浮かべる。アーノルドも微笑んだ。

「皆が信じているのはお前の能力だ。威厳がなかろうと、これまでの実績からお前についてくるさ。というわけで、戦線はどうだ」

「よろしくないな。何とか維持はしているけど、そもそもグールの数に対して人員が足りない。大元を叩いてしまいたいけど」

 それができないから困っている。グールは山から来る、と言われているが、実際の出現地点を見た者はいない。


「やはり問題は、本部の場所を知られていることだと思う。戦力は方々に散っているが、いつでもグールはこの城を襲える。ここが機能停止したら、ほどなくリアン・オーダーは壊滅状態だ」


 そうならないようにメイは采配を振るっているわけであるが、指示する側のメイも難しいし、実行する側も苦しい。何か月も家に帰れない、なんてざらなのだ。トラヴィスが娘が生まれるのに立ち会えたのはかなり幸運だった。


「まあ、そうよねぇ。医療班もかなり外に出しているから、人員が少ないのよね……」


 ルーシャンも何度か出張医療に出かけている。メイは相変わらず城を離れられない。


 その時、警報が響いた。ヴィオラがびくっと体を揺らしたが、メイとアーノルドは視線だけを動かす。シャーリーが駆け込んできたのだ。

「た、大変! 城内にグールが侵入したわ!」

「どこから? 全部で何体だ」

 落ち着き払ってメイが尋ねると、シャーリーは慌てふためきながら答えた。

「あ……えっと、裏門の方から、今のところ、三体だけど……」

「なるほど」

 メイは立ち上がって立てかけてあった刀を腰につるした。今日に限ってロングカーディガン姿だが、まあいい。まだ警報がけたたましく鳴り響いている。


『緊急放送です! グールが侵入しました! 非戦闘員は速やかに……』


 マニュアルに従って放送が流れている。廊下に出たシャーリーとヴィオラが不安げにメイを見上げた。どん、と音がして緊急用の隔壁が閉じていく。廊下を細かく分ける障壁だ。ただの扉なので壊すことは難しくはないが。

 メイは廊下にある通信用魔法陣に触れ、声を拡散した。


「全員、聞こえるか。うろたえるな。それは想定の範囲内だ。落ち着いて私の指示に従え」


 メイの声に反応したのかわからないが、放送でひび割れた音声が流れた。

『アナタガ、指揮官デスカ』

 思わず眉をひそめた。おそらくグールだ。知性がある。少々厄介かもしれない。それはおくびにも出さず、アーノルドを振り返る。

「アーノルドさん。このまま中央管制室を押さえてくれ。それから、街の方にも人をやって、内通者を探してくれ。緊急事態だ。ニーヴが協力してくれる」

「わかった。街にも戦闘員をやるか?」

「頼む。それと、周囲にいる討伐騎士たちをできるだけ呼び寄せてほしい」

「了解だ」

 アーノルドがうなずいて自分の管理者権限を使って隔壁を通っていく。メイはヴィオラに向き直った。

「ドクターは医療班を結成して、西塔に集めてくれ。街にもできれば、医者を派遣しておいてほしい」

「わ、わかったわ」

「シャーリー、聖性術師でなくていいから、魔術師を集めて西塔に連れてきてくれ。できるだけ多い方がいいな。あそこなら、引っ越し作業で今、物資は空になっているし、広さもある」

 戦場はこちらで選ぶ。

「作戦はプラン・シエラスリーで行こう」

「え、待って。わかったけど、私は障壁を越えていけないわ!」

 閉じた隔壁は、中央管制室か、十二人会議のメンバーが持つ腕輪でしか動かすことができない。アーノルドとヴィオラは問題なく、自分の権限で自分の役目を果たしに行ったが、シャーリーはそうはいかない。小型通信機を耳につけていたメイは自分の腕輪を外した。

「これで対応しろ。時間がない。できるだけ私とかち合わない進路を選んでくれ」

「え、メイは!?」

「ちょっと行ってくる」

 メイは参謀であるが、現状、本部の最高戦力は彼女である。グールに知性があると思われる以上、メイが前に出なければあっけなく壊滅する。


 シャーリーに腕輪を渡したので、メイは物理的に隔壁を破壊して進む。メイは聖性術師ではないが、魔術師だ。しかも、かなり攻撃力の高い。かなり無理やりな方法で突き進みながら、メイは通信機に向かって言った。


「各員、グールの所在を伝えろ!」


 透視能力者を連れてくるべきだったかもしれないが、急なことで周囲にはいなかった。メイにはそう言った感応系能力は皆無なので、彼女は城内に散らばる職員から情報を収集するしかない。

『こちら二A3、小型のグールと交戦中!』

『一E4、5区画にグールを視認! 腕が延びてます!!』

『二A6、小型のグールを確認。移動してきたものと思われます』

『七B1、頭上から攻撃! 圧迫した空気が!!』

 若干意味不明なものもいるが、シャーリーの情報通り、三体いるようだ。知性があると思われるグールはどれだ。


「二A7に誰がいる! 6と5から戦闘員は集結、3にいる者はグールを該当地点まで追い込め! 城は壊しても構わないが、味方は撃つなよ! 責任は私が取るから、気兼ねせずやれ!」

『了解!』


 該当地点にいる魔術師だか討伐騎士だかから声が上がった。隔壁が降りているので、彼らも壊していいのかわからなかったのだろう。メイの許可が下りたので、他も遠慮なくやるはずだ。


「二E3区画に魔術師はいるか! 床をぶち抜け! 真下にグールがいるはずだ! 各員、自分の生命維持を最優先しろよ! 七Bにいる各員、グールを外に出すな! 上から叩き落せ!」


 メイ自身は今、四階にいる。そして、下の階に向かうことに決めた。もし、知性があると思われるグールが上にいたら終わりだが、聞いた感じでは、腕が延びるグールというのがそれっぽい。

 二階にいた小型のグールが討伐された、と情報が入ってきた。では、あと二体。七階のグールは五階まで叩き落されたようで、上の方で轟音が聞こえた。それから、こちらも討伐完了の報告が入る。後は二階を疾走中のグールだけ。

「総員、プラン・シエラスリーにて対応! 二C2にいる者! 南の隔壁を壊してくれ!」

『姉さん! そこにセアラ様もいる!』

 ルーシャンの声だった。どうも、セアラが城を訪れていたらしい。メイは会議中で気づかなかったのだ。


「構わない! 壊すのを手伝ってもらえ!」


 セアラなら嬉々としてやってくれる。メイは一旦窓から外に出ると、二階の窓に飛び込んだ。後で直すのが大変だな、と思いつつ、破壊を命じた二C2の壁のあたりに出た。ちょうど、魔法をぶつけられて破壊されたところだった。

「姉さん!?」

 ぶち破った壁のこちら側に、ルーシャンがいた。ひとまず無視し、メイは勢いよく飛び込んで、その勢いのまま抜刀した刀で突きの姿勢を取る。その刀の切っ先は、グールの腹を貫いた。目標がそれたが、仕方がない。メイはグールを引き連れたまま、隣の使っていない西の塔の形をした倉庫に落ちていった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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