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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第6章【11月・生きたい】
52/124

【1】

しばらくこちらを連載します。1章分、本部が襲撃を受ける話です。ロマンですよね、本部襲撃。

そして、いきなり後味の悪い話なのでお気を付けください。最初の2話分は読まなくても大丈夫だと思います。

















 多分、リアン・オーダーの本部アイヴィー城でその男を見かけたのは初めてだった。遠征の帰り、治療に来た三十手前ほどのその男性に、ルーシャンは微笑んだ。


「こんにちは。その説はどうもお世話になりました」


 丁寧に礼を言うと、びくっとされた。背が高いわけではないががっちりした体格で、ルーシャンよりも大柄に見えた。腰には銃をつっている。


「俺、兄さんみたいな男前に知り合いがいた覚えないんだけど」


 そう言われて、まあ八年も前のことだし、とルーシャンは納得する。あの時十歳ちょっとだったルーシャンも、もう二十歳前だ。


「八年前に助けてもらったんですけど。ルーシャン・リッジウェイです。当時は、ウィンザーだったけど」

「お前、メイの弟? 上の弟の方か」

「うん。姉さんがお世話になってます」

 八年前、グールに襲われたウィンザー姉弟を助けてくれたその討伐騎士イアンは、まじまじとルーシャンを見て言った。

「大きくなったなぁ。メイとはあんまり似てないな」

「よく言われる」

「でも、姉弟そろって頭いいんだな……」

「それもよく言われる」

 イアンのつぶやきに相槌を打ち、治療をする。当時は剣士だった彼も、今は銃を使っているらしい。どうやら、剣術に限界を感じたらしい。


「今となってはメイの方が圧倒的に強いな」


 身長は同じくらいかもしれないが、メイとイアンでは体格が二回りほど違う。ルーシャンも人のことを言えないが、メイはあの長身に比べて体格が華奢なのだ。それでも、イアンはメイに勝てないらしい。


「イアンさんが姉さんをリアン・オーダーに紹介してくれたんだよね」


 つまり、メイが様々な手続きをする手伝いもしてくれたはずなのだ。十二歳のメイは、その才能を遺憾なく発揮して爵位を売り払ったり事業を清算したりしたが、法的手続きには大人の助けが必要だったはずだ。だってどんなに頭がよかろうと十二歳の女の子である。


「リアン・オーダーってか、公爵につなぎを取っただけだな。遠縁だっていうし。というか、あの時お前たちを助けたのは俺じゃない。十二歳だったお前の姉ちゃんなんだよ。俺は間に合わなかったから、せめてそれくらいはなぁ」


 とどめを刺したのはイアンだが、弟を守るために必死に戦ったのはメイだと。苦笑気味に言う彼に、ルーシャンは首を傾げた。


「姉さんをリアン・オーダーに連れてきたこと、後悔してます?」


 メイが望んだことだとは思うが、何しろ十二歳の華奢な女の子だ。いろんな方向にめきめきと才能を伸ばしているが、今だって二十歳ばかりの若い女性である。


「いや、後悔はしてないけど、やべえ奴拾ってきちまった感はある」

「やべえ奴」


 その言いように、ルーシャンは笑った。ここには、メイを怖がっていたり、疎んじているようなものも多いが、好意的な人間が圧倒的に多いのだ。


 その、やべえ奴と言われたメイは最近忙しい。どうも、引っ越しの準備をしているらしい。いや、メイとニーヴが今住んでいる家を引っ越すのではなく、アイヴィー城を放棄して別の拠点に移動する、ということだ。

 曰く、リアン・オーダー本部は厳重に隠されている。ルーシャンは割と迷わずにたどり着けたが、それはあらかじめ場所を聞いていたからだ。そして、許可があったから、難なく入ることができた。普段は人除けの魔法がかけられている、とのことだ。詳しい隠し方は不明であるが、その隠し方を完全に理解できているのは、メイと十二人会議のメンバーのナイジェルという聖性術師の二人だけだと言う。

 九月の十二人会議で移転先について話し合われたそうだが、メイとナイジェルは気が合わないようで、陰険な言い合いになっていたらしい。真面目でおおらかなところのあるメイと、真面目で気難しいナイジェルでは気が合わないらしかった。だが、移転するのならその移転先も隠さなければならないわけで、ということは、隠し方を理解している二人の協力は必須である。


 明け方。メイの家に泊まっていたルーシャンは、姉の帰宅に気が付いた。起きて出迎えるとメイは疲れた顔をしていた。

「起こしたか。ごめん」

「ううん。大丈夫。会議が長引いたの?」

「いや、おおよその概要はすでに決まっているんだ」

「決まっても手配とかは大変だよね」

 そこまでは恐らく、メイの管轄ではないが、監督はしなければならないだろう。軌道に乗ってくれば自動的に進むので、それまでの辛抱だ。それに、精神的にはなんとなく落ち着いている気がする。目の下にクマができているし、ただでさえ華奢な体がさらに細くなった気がするけど。

「何か食べる?」

 昨日、ニーヴと作った夕食の残りがあるはずだ。メイが帰ってくるかも、と思って多めに作っておいたのだ。だが、メイは首を左右に振る。

「いや、いい。今は眠い。今食べたら胃が荒れる気がする」

「ああ、うん。そうだね……」

 胃に優しいスープやミルク粥でも作っておくべきだろうか。血を吐いた前科があるため、ルーシャンも無理には勧めなかった。


 メイはそのまま眠ったが、明け方であるため、ルーシャンは二度寝するには微妙な時間だ、と思い、そのまま起きていた。今日はニーヴと少し出かける予定である。遠くまではいけないが、デートだ。

 物音がしてキッチンから振り返ると、ニーヴが起きてきていた。ペコっと頭を下げられる。ルーシャンは微笑んで「おはよう」と返した。

「明け方に姉さんが帰ってきたよ。寝てるけど」

 こくん、とニーヴがうなずいた。わざわざ押しかけるようなことはしないだろう。ニーヴはメイのことが大好きだが、分別のある女性でもあるのだ。


 早起きしたルーシャンが作った朝食をとり、メイ用にスープを置いておく。パンをふやかして食べればいいだろう。姉を慕っている割には、ざっくりした対応のルーシャンである。まあ、メイからの弟の扱いだって似たようなものだ。

「よし、ニーヴ。支度して出かけよう」

 満面の笑みでうなずいた。今日もニーヴが可愛い。


 一応デートであるので、ニーヴの服装もかわいらしかった。ふんわりとしたスカートに、嫌味にならない程度にフリルの付いたブラウス。その上に上着を羽織らなければ、さすがに少し冷える時期だ。そのボレロもなんとなくかわいらしいデザインだ。姉の趣味だ。メイは優し気な顔立ちをしているが、中性的にも見える上に背も高い。そのため、ふんわりしたかわいらしい格好があまり似合わないと自覚がある。だから、ニーヴに着せて楽しんでいる節がある。

 ともあれ、よく似合っている間は口を挟まないことにしている。ニーヴもうれしそうだし。

「あら。今日は二人でデート?」

「うん。後で寄りますね」

 八百屋に手を振りながら、ルーシャンは朗らかに言った。最初はメイの弟さんで通っていた彼も、さすがに名前を憶えられた。


「お前たちは順調そうだなぁ。姐さんと旦那は?」


 妙に固有名詞を外されているが、メイとジーンのことだ。メイ、ついに姐さんと呼ばれるまでになっている。

「そっちはまだ」

「じれったいなぁ」

 ほら、街の住民にもばれてるぞ。ルーシャン的にはもう一押しだと思うのだが。

「煮え切らないよねぇ」

 こくこくとニーヴもうなずいている。しかし、ニーヴもニーヴで、メイとジーンが恋人になったら、ジーンに嫉妬していそうである。

「助けてくれ!」

 突然、目の前に男性が飛び出してきて、ルーシャンは「うわっ」と声を上げた。男性はルーシャンに縋りついた。

「助けてくれ。妻が、妻が……!」

 ルーシャンはニーヴと顔を見合わせた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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