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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第5章【9月・夏の夢(決戦)】
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【9】












 トラヴィスに引きずられて連れてこられたのは、メイの家だった。女性陣はここで女子会をしていたらしい。キャリーはその参加者だ。まあ、家に一人にするよりはいいだろう。実際、おかげでメイが迅速に対応してくれたようだし。

 本人に自覚があるかわからないが、メイは追い詰められるほど本領を発揮するタイプだ。ルーシャンにもやはりその傾向があるので、姉弟だなぁと思う。ちなみに、指示が的確過ぎてすごい。この果断さを、自分の危機にも発揮してほしい。ルーシャンは、置いてきたジーンを思い出した。本当によく見ている。起きたときに覚えているかは謎だが。


「いったぁあい!」


 大きな陣痛の波が来たようで、キャリーが叫んだ。叫ぶ元気があるのならまだ大丈夫だ。たぶん。


「キャリー、大丈夫だよ。息を吐いて。深呼吸してみよう」


 腰をさするのにキャリーを支えているメイの腕をつかみ、キャリーが深呼吸を試みている。メイの腕に爪が刺さっているが、メイは声一つ上げない。自分が取り乱してはいけないとわかっているのだ。

 外、というかたぶんリビングだが、心配するトラヴィスの声が聞こえる。彼も落ち着いた男だから、ここまで取り乱すのは珍しい。ニーヴは気になるようでちらちらドアを見ているが、メイとルーシャンの姉弟はまるっと無視していた。


 やがてナンシーが年かさの女性看護師を連れてきたので、ニーヴを下がらせる。メイはキャリーにしがみつかれているので現場に残る。ニーヴに寝ていていい、と言っていたが、この状況では寝られないだろう。

 キャリーの様子から難産を覚悟したが、幸い、昼前に子供は生まれた。まあ、陣痛が始まってから十二時間以上経過しているが。ナンシーとシャーリーは一度城に上がって、事情を説明してから戻ってきたそうだ。トラヴィスは戦力外通告を受けて休みになったらしい。そうこうしているうちに産婆も到着したので、産湯などを任せる。ルーシャンは母親と子供をそれぞれ診察したが、大丈夫そうだ。


「よかった、キャリー、ありがとう……」


 生まれたての我が子を抱き上げて、トラヴィスが言った。圧倒的に語彙力が低下している。まだ小さすぎてわかりづらいが、キャリー似の女の子である。キャリーは客間に出したマットレスで眠っていた。産婆と駆けつけていた看護師に任せて、ルーシャンとメイは一度その部屋を出た。


「姉さん助かったよ。トラヴィスに連れてこられた時はどうなるかと思ったけど」


 ルーシャンは苦笑気味に言った。落ち着き払っているメイを見て、ルーシャンも落ち着いてきたのだ。メイは肩をすくめた。

「私は正直、お前が駆けつけてくれてほっとした」

「そう?」

 キャリーとしては、同世代の男の医師に見られると言う気恥ずかしさもあっただろうに、彼女もよく頑張った。トラヴィスはもう少し頑張れ。

「姉さんも腕掴まれてたでしょ。見せて」

 ずっとキャリーに二の腕を掴まれていた。爪も立てられていたが、服を着ていたので血は出ていないようだ。だが、痣になっている。キャリーのような普通の女性に握られても痣になるんだな……。

 治癒術をかけて痕を治す。幸い、骨に異常はないようだ。

「姉さんが声もあげないからびっくりしたよ」

「いや、騒いだらまずいかなと思って」

「あ、それ正しい。みんな、姉さんが深謀遠慮の人だっていうけど、僕は果断の人だと思うんだよね」

 果断というか、臨機応変? ルーシャンが首をかしげると、メイは「どうだろうね」と肩をすくめた。

「二人とも、おなかすいてないかしらぁ? メイ、キッチン借りたわぁ」

「すいたー」

「別にかまわん」

 いったん城に行って戻ってきたナンシーが言った。シャーリーもいたはずだが、メイが対応を迫られた件について、言伝を預かって城に向かっている。メイはもう、今日は城に上がる気力はないらしい。


 ナンシーはニーヴと軽食を出してくれた。トーストしたパンにジャムを縫って食べる。原型が分からないほど煮込まれた野菜スープはとろりとしていた。

「無事に生まれてよかったわねぇ」

「っていうか、シャーリーも見たかっただろうに」

 哀れ。ルーシャンは隣で黙々とパンを食べる姉を見た。シャーリーをお使いに出したのは彼女だ。

「すぐに戻ってくる。……たぶん」

 それに、いたところですぐにキャリーや赤ん坊には会えないのだ。

 ルーシャンとメイの小腹が満たされたころ、シャーリーが戻ってきた。ちょっと疲れた顔をしている。

「生まれたって?」

「そうよぉ。おめでとぉ」

「ありがと。いや、私が産んだわけじゃないけど」

 ナンシーに祝われて、普通に返事をしたシャーリーが自分でツッコミを入れる。それから、メイの方に向き直る。

「指示、伝えてきたわよ。アーノルドさんがこっちは任せてくれって」

「そうか。ありがとう」

 もはや家から出る気のないメイはうなずいて礼を言った。あ、とシャーリーが付け足す。

「でも、公爵様が帰りがけに、ジーンが二日酔いだから様子見て来いって。あんたたち、どれだけ飲ませたの?」

「ちょっとね。口を割らせたくて。姉さんは読めないんだもん」

 ほら、今もスンって顔してる。これをかろうじてとはいえ読み取れるジーンには、メイ・マスターの称号を与えるべきである。


 しばらくして、キャリーとトラヴィスの子供を見に行った。トラヴィスも落ち着いていて、家主のメイと強制的に連れてきたルーシャンに頭を下げた。

「ごめん。ありがとう。おかげで無事に生まれたよ……」

「私は場所を提供しただけだ」

「僕も結局、大したことしてないしね。頑張ったのはキャリーだよ」

「その通りだ」

 メイとルーシャンが口々に言う。無表情と笑顔だったが、トラヴィスは苦笑した。

「ジーンが君たちが似てるって言ったの、今ならなんとなくわかるな。似てるよ」

 思わず、ルーシャンはメイと目を見合わせた。まあ、性格なら多少似たところがあるかもしれない。

「私からもお礼を言わせて。ありがとう。せっかくだし、抱っこしてあげて」

 メイが生まれたての赤ん坊を受け取る。危なかったら手を出そうと思ったのだが、少なくともトラヴィスよりは手慣れているように見えた。

「可愛いな。名前は決めたの?」

 メイがすやすや眠っている赤ん坊を覗き込みながら言った。トラヴィスが何か言う前に、キャリーがきりっとした顔で言った。


「メアリ」

「お前、この界隈にどれだけメアリさんがいらっしゃると思ってるんだ」


 とおっしゃる彼女もメアリさんだ。メイはメアリの短縮形である。署名もすべてメイだが、本名はメアリさんだ。どうも、この街には女の子にメアリさんとつける親御さんが多いらしい。

「姉さん、慕われてるね」

「メアリなんてよくある名前だろう」

 エリザベスと同じくらいありふれた名前ではある。トラヴィスが苦笑して、「相談して決めようね」とキャリーをたしなめた。

「あ、そうだわ。私、考えたんだけど」

「お産中に? 余裕だね……」

 ルーシャンは苦笑しながらキャリーに相槌を打った。

「いや、痛すぎてピーンと来たのだけど」

 訂正を入れつつ、キャリーはメイに言った。


「メイの不安は、もう一人メイの業務を遂行できる人間を連れてくれば、ある程度解消できるのではないの?」

「……まあ、そうなんだが」

「え、何の話?」


 興味津々でルーシャンは尋ねた。何度も言うが、彼は姉にジーンを推している。たぶん、キャリーたちもそうだ。

「私には失う覚悟が足りないと言う話だ」

「君たち、女子会で何の話してたの」

 トラヴィスが自分の嫁と同僚を見比べて言った。













 キャリーはもう少し休ませて、家に帰すことにした。ナンシーとシャーリーも無事に赤ん坊と面会中である。看護師と産婆は大丈夫そうだね、と帰って行った。


「思うんだけど、姉さん」


 先ほどのキャリーと同じようなことを言いながら、メイに話しかける。彼女はルーシャンに目を向けた。ついでにニーヴも見つめてくる。


「姉さんに必要なのは、救う覚悟じゃないかな」


 ルーシャンが言うと、メイは目をしばたたかせた。

「さっきの話?」

「さっきの話」

 大真面目にうなずくと、とりあえずメイは聞く態勢に入った。ルーシャンは口を開く。

「姉さんはたぶん、自分の作戦で人が死ぬことを気にしてるんだよね。その覚悟がないって言ってるんだ」

「……まあ、そうだな」

「僕も医者だから、どんなに手を尽くしても助けられなかった命もあるよ。やっぱりそれは悔しいし悲しいから、姉さんの気持ちもわかる。でも、僕らには失う覚悟より救う覚悟が必要なんだと思う。なんで助けたんだ、って罵られようが、相手を助ける覚悟って言えばいいのかな」

 残念ながら、助けたことを非難されることもある。どうしてそのまま死ぬに任せてくれなかったんだ、と泣かれたこともある。それでも、ルーシャンの仕事は人を治療することだから、助けるのだ。


「姉さんも同じじゃない? 姉さんは死んで来いって言ってるわけじゃなくて、助けるために行って来いって言ってるんじゃないの? ……違う?」


 あまりにも姉の表情が変わらないので不安になってきた。ルーシャンがメイをうかがうと、ソファに座っていたメイが手招きするので、隣に座った。わしゃわしゃと犬にでもするように頭を撫でられた。

「わわっ!」

「お前はいい子だね。それに、私よりもしっかり者で視野が広い」

「あー、うん。ありがと……」

 髪を整えなおしながら、ルーシャンははにかむ。メイは少し目を細めた。視野狭窄に陥っていると言うか、人を責められないばかりに自分を責めていただけだと思う。こういうのはどっちが悪い、とかはないのでは、とルーシャンは思う。

「キャリーじゃないけど、姉さんの仕事を手伝える人間を捕まえてきた方がいいと思うなぁ」

 ルーシャンが言うと、甘えてきたニーヴを甘やかしながらメイは言った。

「それができれば、今頃私もここまで追い詰められてはいない」

「だよねぇ」

 とりあえず、姉には場所を代わってほしい。姉のことは好きだが、一応、ルーシャンがニーヴの恋人なので。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


出産に関してはなんとなくなので、さらっと流していただけると…。

今回でこの章は終了です。全体の話としては、半分くらいまで来ました。思ったより長かった…。あと3章くらいある予定ですが、しばらく間をおいて投稿しようと思います。投稿お休み中、別のやつを投稿しますので、よろしければそちらも暇つぶしなどに。


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