【1】
ジーンとブルーノを送り出した後も、メイたちにはやることがあった。その日も、メイとギルバートは宮殿にいた。借りていく部隊との打ち合わせのためだ。
部隊を率いるのはジーンの父のオスカーで、彼は二十歳の娘であるメイにもそれなりの敬意を持って接してくれた。その下の小隊長らも、言いたいことなどはあろうが、一応見かけ上はメイに敬意を払っている。問題は、その下の軍人たちだった。
「おい、お前!」
明らかに呼び止められたが、無視していると肩を引っ張られた。不覚にもびくっとした。ここは外の訓練場で、宮殿に戻るべく先を歩いているギルバートたちはこちらに気づいていないようだった。
「何か用でしょうか」
肩を掴んできたのは、メイと変わらないほどの年に見える青年だった。その手を振り払おうとすると、手首を掴まれた。かろうじて無表情を維持した。
「俺たちはあんたの指示に従うつもりなんかねぇぞ」
「ご自由に。あなた方の指揮官はカートライト将軍でしょう。私があなたたちに指示を出すわけではない」
落ち着いて事実を指摘すると、カッと青年の顔が赤くなった。
「生意気いうんじゃねぇよ! 女のくせに!」
「やめなさい」
殴られそうになっても目を閉じなかったメイは、強い口調で青年軍人を咎めるオスカーに目を向けた。
「彼女から手を放せ、軍曹」
はっとして青年はメイから手を放した。彼以外にも人が集まっていたのだが、軍曹の彼を見捨てて訓練に戻っていた。
「軍曹。彼女はお客人だ。シズリー公爵のいとこ殿でもある。言動に気をつけなさい。そもそも、君の態度は女性に対して取っていいものではない」
「……申し訳ありません」
「私ではなく、レディ・メアリに謝りなさい」
「申し訳ありませんでした」
憮然と、納得のいかない顔で謝られた。メイは握られた手首をさすりながら、「気にしませんが、もうしないでください」と言った。オスカーが軍曹を訓練に戻らせる。
「部下が大変失礼をしました、レディ・メアリ。絡まれたら、遠慮なく投げ飛ばしてもらってかまいませんよ」
どうやら、王の騎士たちなので遠慮したと思われているようだ。実際は恐怖にすくんだだけだが、訂正するほどのことではないのでうなずいた。
「では、次からはそうさせていただきます」
さらりと言うと、オスカーは笑った。
「面白い方ですね、レディ・メアリは」
「自他ともに認める変人ですから」
「そうおっしゃる方は、大概言うほど変わっていないものです」
私の妻もそうでした、と言われ、オスカーを見上げた。メイは、彼の妻にも会っている。正確には、姿を見ただけだが。
「おい、大丈夫か」
メイがついてこないので、心配したギルバートが戻ってきていた。エドワードとウィリアムが一緒で、エドワードの方が「過保護すぎないか?」とツッコミを入れていた。ギルバートはムッと言い返す。
「可愛い妹分だぞ。お前の妾にはやらん」
「いや、結構好みではあるけど、変人はちょっと」
もともと妾になるつもりはないが、その断り方はさすがに傷つくぞ。ウィリアムがエドワードに「女性に対して失礼だよ」とツッコミを入れている。
「私はもう少し君と話をしてみたかったな。作戦会議も聞いていたけど、君は本当に頭がいいね」
ウィリアムに微笑まれて、少し引くメイである。思わずギルバートの後ろに隠れたが、残念ながら二人は同じくらいの身長だった。
「あー、また今度連れてくるよ」
「もう来ない」
「おい」
穏便に話を済ませようとしたギルバートだが、うっかりメイの本音が漏れたためにツッコミを入れる羽目になった。エドワードは「面白いなぁ」と笑い、ウィリアムは苦笑している。
「そうだね……もしかしたら、まみえる場所は王都ではないかもしれない」
新緑の瞳がまっすぐにメイに向けられた。男に絡まれてひるむメイだが、王子にまっすぐ見つめられても引かなかった。エドワードは「何か通じ合うものでもあるのか」と首をかしげている。まあ、ある意味通じ合っているかもしれない。
「ウィルの妾にもやらん」
「いや、それはわかっているよ、ギル。私も妾に欲しいなんて言わないよ。むしろ、部下に欲しいかな」
「それもやらん」
ギルバートがきっぱりと言った。ウィリアムは笑って「過保護」と言う。過保護というか、メイがいなくなったらリアン・オーダーの指揮を執る人がいなくなるから困るのだろう。
「お二人とも、そろそろ」
オスカーに促される。確かに、こんなところで油を売っている場合ではなかった。
「あ、そうだ。アストレア」
「……ああ、はい」
エドワードに呼ばれたのが自分だと思わなくて、ちょっと返事が遅れた。せめてメアリで呼んでほしいが、母親と同じ名前だからか?
「これ、母上から。ほんとに気に入られてるんだな……」
エドワードが差し出したものを、ギルバートが受け取った。小さな箱で、空けると中には銀細工のブローチが入っていた。
「セアラが同じやつを持ってたな」
「母上が気に入った女性にあげてるんだよ。今日は公務で不在だから、預けていったんだ」
メイの手元を覗き込んだギルバートに、ウィリアムがそう説明した。そうなのか。もらっていいものなのか? 返す方が失礼だろうか。
「もらっておけよ。後でお礼状書くの手伝ってやるから、早急に戻るぞ!」
「了解」
今持って行くのは怖いので、セアラに預けていこうと思った。
王都のシズリー公爵邸に戻ると、ナンシーが来ていた。
「メイ! お久しぶりですわねぇ」
変わらず間延びした声でナンシーがにこにこと話しかけてくる。ブルネットを束ね、蠱惑的な琥珀色の瞳をした美女だ。メイより顔半分ほど背が低いが、これはメイの背が高すぎるために小さく見えているだけだ。比べる対象がおかしいのである。
「ナンシー、来てくれたか。ありがとう」
「当然よぉ。オーダーであなたの指示に従わないバカはいないわぁ」
「それもどうかと思うんだけど」
メイは恐怖政治を敷いているつもりはないので。
ナンシーは、メイやジーンの代わりに用意したセアラの護衛だ。間延びした口調とどこか妖艶な雰囲気からわかりづらいが、これでも常識的だし、しかも強い。紅の腕輪を持つ女性はナンシーだけだ。
「立派に勤めて見せますよぉ。任せてくださいな!」
「逆に不安なんだけど」
ギルバートがツッコむ。メイもテンションの高いナンシーを見て、「大丈夫だよ、たぶん」などと言う。確証はない……。
「お前とこいつを足して割ったらちょうどいいくらいのテンションにならないか?」
ナンシーのハイテンションについていけていない様子のギルバートである。メイとしても、ナンシーは元気だな、と思うが、メイ自身がローテンションすぎるとは思っていないので。
「ならない。というか、そこまで私はテンションが低いか?」
「というか、暗い」
殴ってもいいだろうか。公爵で主だけど。
ナンシーに簡単に注意事項を説明して、メイは出立の準備を整えた。王妃からもらったブローチとジーンからもらったスノーグローブは置いて行くことにする。後から、セアラに持ってきてもらうように頼んでいた。スノーグローブを軽くゆすると、中で液体が揺れる。小さな花弁が舞う。メイはじっとそれを眺めた。視線をスノーグローブと同じにして、横から眺めた。
「大丈夫よ、ちゃんと持って行くから」
いつの間にかセアラがにまにまと笑いながら背後に立っていた。メイはテーブルに伏せていた顔を上げる。
「いつ入ってきた」
「今。こう、可愛いことしてるなって、ピーンと来てね」
それで勝手に入ってくるのは、さすがに公爵夫人としてどうかと思う。セアラはにまにましたままメイに近寄り、顔を覗き込んできた。
「大丈夫よ。私たちも、オーダーも。任せっきりになっちゃうけど、お願いね」
「了解した」
セアラはちょっと寂し気な顔をした後、うん、とうなずいた。
「ギルのこともよろしくね」
「善処はする」
「メイ……そういうところよ……」
どういうところだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
みんな、ギルバートとメイは、いとこ同士だと、思っている。
またいとこです。




