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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第1章【4月・再会】
4/124

【4】













 ちょうど荷物を運んでいる途中で、先導している看護師の女性が「今更?」と苦笑した。

「偉いわよぉ、メイさん。何しろ九人しかいない、十二人会議トゥエルブ・カウンシルのメンバーの一人だもの」

「十二……なのに九人なんですか」

「死んだりして、よく空席があるもの。私がいる間に十二人そろったことはないわ」

 と言った彼女は、三年ほどここにいるらしい。給料いいのよね、と彼女はあっけらかんと言ってのけた。

「私が来た時にはもう、メンバーの一人だったわ。というか、ルーシャンはこの仕組み、知ってる?」

「シズリー公爵家が保護してるってのは聞いたことありますけど」

 要するに資金源だ。金がなければ戦うこともできない。かつてのウィンザー家に負けず劣らずの大資産家だ。爵位は断然にシズリー公爵の方が高いけど。


「名義上の指揮官ね。事実上の意思決定機関が十二人会議よ。会議メンバーを選ぶのはシズリー公爵だけど、ある程度の実績がなければ選ばれないわ。アーノルドさんとドクターもメンバーの一人よ。この二人と、メイさん。この三人が基本的に常駐しているメンバーね」

「へえ……」


 彼女は親切にあれこれと教えてくれる。新人のうちに、できるだけ聞いておこうと思うルーシャンだ。

「確か、一定の基準を満たしている必要があったと思うけど、覚えてないわ。メイさんの場合は、参謀だからというのもあるわね。作戦を立てる人間だから、ある程度の立場が必要だったって聞いたことある」

「そうなんだ……」

 確かに、作戦を立てる側ならある程度立場がいるだろう。メイがまだ若いからだ。これが四・五十歳くらいなら貫禄もあって必要なかったことかもしれないが。現実は二十歳の小娘であるので。

「頭がいい人の弟も頭がいいのねぇ。すごいわ」

「ここに来てからよく言われますけど、そんなに頭がいいわけではないんですけど……」

 頭がいいのと、勉強ができるのとは別だ。少なくとも、姉のメイは区別しているようだった。


 外回廊に出た。昔、建物の中で道に迷ったら一旦外に出ろって姉さんが言ってたな、と思い出して外を眺めながら歩いていると、きらりと、池の水が反射して見えた。貯水槽代わりの池だ。何が引っかかったのか、と外に降りてみる。


「ルーシャン? あっ」


 看護師の女性が声をあげるのにかぶせるように、ルーシャンも声、というか悲鳴を上げた。


「うわあああああっ!」


 ぱちっと池の水に浮いていた人物が目を開き、出し抜けに言った。


「ルー、うるさい」

「姉さん!? 何してんの!?」


 姉が服を着たまま水に浮かんでいた。いや、服を着てなくても困るけど。

「またですか、メイさん。外でやるなって言われませんでした?」

「敷地内だ」

 看護師の女性は慣れた様子で池からメイを引っ張り出す。長い髪の水気を絞っているメイに、ひとまずルーシャンの白衣を羽織らせたが、いや、そうではない。

「何やってんの!?」

「考え事をしていた」

 しれっと言うメイ。表情が変わらない。何を考えているかわからない。メイ自身が黙り込んでしまったので本当にわからない。


「あ、ちょっとメイ! 何してるのよ!」


 ずぶぬれじゃない! と駆け寄ってきたシャーリーが頭からタオルをかぶせる。

「二人とも、ごめんなさいね。ちょっと目を離した隙に」

「まあ敷地内だし、いいんじゃない?」

 看護師はおおらかに笑った。事態についていけないルーシャン。その間に、メイはシャーリーに連れていかれた。

「昔は、メイさんももっと普通の人だったのかしら」

 医療区画に向かいながら、看護師に尋ねられてルーシャンはともに育った子供のころを思い出す。

「そうですね……女の子にしては変わっていたと思いますけど」

 本を読んでいると思ったら屋根に上っていたり、気づいたら厨房で料理人に混じってお菓子を作っていたりしたが、ちょっと変わっている子の域を出なかった気がする。

「そうなんだ、へえ~。私が来たときはもうあんな感じだったから、なんだか不思議。私も初めて見たときは悲鳴を上げたなぁ」

「なんかうちの姉がすみません……」

 なんとなく謝ると、看護師の女性は「いいえ」と笑う。


「刺激的で毎日が楽しいですよね」


 強い。


 医療区画に戻ると、今日の診察を終えたらしいヴィオラがルーシャンを見て「あら」と声を上げた。

「お帰りなさい。白衣はどうしたの?」

 一目で医療従事者とわかるように、医療関係者は白衣を着るようにしている。そういえば、姉に着せてしまったので、彼は今ただのシャツにパンツ、ベスト姿だった。

「姉さんがずぶぬれだったので、貸してしまいました」

 そして、そのまま忘れていた。たぶん、ヴィオラに言われなければ今日は一日このまま過ごしていた。

「あら、弟なら大丈夫なのね」

 意味深なヴィオラの言葉に首をかしげるが、彼女は笑ってすぐに違うことを言った。

「また水に入ってたの? 新人が驚くからしばらくやめてって言ったんだけどなぁ」

「いつもやってるんですか?」

「なんか、水の中だと考えがまとまるんですって。街中でやって、通報されたこともあるわよ。水死体に間違われて」

「水死体……」

 いや、あれは驚く。一応今のは敷地内ではあったが、街でもやったのか。この城の近くには、城勤めの人が暮らす街がある。ルーシャンはこの城の中に部屋を借りているが、メイは街で暮らしているらしかった。


「ま、あの子の奇行の中では一番ひどいやつだから、他のを見てももうそんなに驚かないわよ」


 ほかにもあるのか。というか。


「止めなくていいんですか?」

 多分、メイなので言えばやめると思うのだが。ヴィオラはルーシャンにカルテを手渡しながら、「止めたことあるわよ」と言った。

「でも、そうしたら今度は自分を刺そうとしたのよね。どっちがましだと思う?」

「それは……判断が難しいですね……」

 おそらく、メイは精神的に不安定なのだろうと思うが、そこをルーシャンが指摘していいものか迷う。ヴィオラも気づいているだろうし。会わない間に、何があったのだろう。尤も、ルーシャンも両親が殺されたときのことを夢に見て飛び起きる、ということが今もある。

「でしょう? だからよほどひどいもの以外は止めないことにしたの。とりあえず声をかければ気づくから、通報される前に回収してきてね」

「わかりました……」

「実際問題、あの子が不調になると困るのよねぇ」

 などと言いながらヴィオラが引っ込んでいく。ルーシャンはカルテに目を通しつつ、ここに来る判断をしたのは、ちょっと早まったのかもしれない、と思った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


十二人会議トゥエルブ・カウンシル。モデルはジェダ〇評議会とか、護〇十三隊とか。欠員がある上に、ほとんど絡んできませんが。


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