【4】
ちょうど荷物を運んでいる途中で、先導している看護師の女性が「今更?」と苦笑した。
「偉いわよぉ、メイさん。何しろ九人しかいない、十二人会議のメンバーの一人だもの」
「十二……なのに九人なんですか」
「死んだりして、よく空席があるもの。私がいる間に十二人そろったことはないわ」
と言った彼女は、三年ほどここにいるらしい。給料いいのよね、と彼女はあっけらかんと言ってのけた。
「私が来た時にはもう、メンバーの一人だったわ。というか、ルーシャンはこの仕組み、知ってる?」
「シズリー公爵家が保護してるってのは聞いたことありますけど」
要するに資金源だ。金がなければ戦うこともできない。かつてのウィンザー家に負けず劣らずの大資産家だ。爵位は断然にシズリー公爵の方が高いけど。
「名義上の指揮官ね。事実上の意思決定機関が十二人会議よ。会議メンバーを選ぶのはシズリー公爵だけど、ある程度の実績がなければ選ばれないわ。アーノルドさんとドクターもメンバーの一人よ。この二人と、メイさん。この三人が基本的に常駐しているメンバーね」
「へえ……」
彼女は親切にあれこれと教えてくれる。新人のうちに、できるだけ聞いておこうと思うルーシャンだ。
「確か、一定の基準を満たしている必要があったと思うけど、覚えてないわ。メイさんの場合は、参謀だからというのもあるわね。作戦を立てる人間だから、ある程度の立場が必要だったって聞いたことある」
「そうなんだ……」
確かに、作戦を立てる側ならある程度立場がいるだろう。メイがまだ若いからだ。これが四・五十歳くらいなら貫禄もあって必要なかったことかもしれないが。現実は二十歳の小娘であるので。
「頭がいい人の弟も頭がいいのねぇ。すごいわ」
「ここに来てからよく言われますけど、そんなに頭がいいわけではないんですけど……」
頭がいいのと、勉強ができるのとは別だ。少なくとも、姉のメイは区別しているようだった。
外回廊に出た。昔、建物の中で道に迷ったら一旦外に出ろって姉さんが言ってたな、と思い出して外を眺めながら歩いていると、きらりと、池の水が反射して見えた。貯水槽代わりの池だ。何が引っかかったのか、と外に降りてみる。
「ルーシャン? あっ」
看護師の女性が声をあげるのにかぶせるように、ルーシャンも声、というか悲鳴を上げた。
「うわあああああっ!」
ぱちっと池の水に浮いていた人物が目を開き、出し抜けに言った。
「ルー、うるさい」
「姉さん!? 何してんの!?」
姉が服を着たまま水に浮かんでいた。いや、服を着てなくても困るけど。
「またですか、メイさん。外でやるなって言われませんでした?」
「敷地内だ」
看護師の女性は慣れた様子で池からメイを引っ張り出す。長い髪の水気を絞っているメイに、ひとまずルーシャンの白衣を羽織らせたが、いや、そうではない。
「何やってんの!?」
「考え事をしていた」
しれっと言うメイ。表情が変わらない。何を考えているかわからない。メイ自身が黙り込んでしまったので本当にわからない。
「あ、ちょっとメイ! 何してるのよ!」
ずぶぬれじゃない! と駆け寄ってきたシャーリーが頭からタオルをかぶせる。
「二人とも、ごめんなさいね。ちょっと目を離した隙に」
「まあ敷地内だし、いいんじゃない?」
看護師はおおらかに笑った。事態についていけないルーシャン。その間に、メイはシャーリーに連れていかれた。
「昔は、メイさんももっと普通の人だったのかしら」
医療区画に向かいながら、看護師に尋ねられてルーシャンはともに育った子供のころを思い出す。
「そうですね……女の子にしては変わっていたと思いますけど」
本を読んでいると思ったら屋根に上っていたり、気づいたら厨房で料理人に混じってお菓子を作っていたりしたが、ちょっと変わっている子の域を出なかった気がする。
「そうなんだ、へえ~。私が来たときはもうあんな感じだったから、なんだか不思議。私も初めて見たときは悲鳴を上げたなぁ」
「なんかうちの姉がすみません……」
なんとなく謝ると、看護師の女性は「いいえ」と笑う。
「刺激的で毎日が楽しいですよね」
強い。
医療区画に戻ると、今日の診察を終えたらしいヴィオラがルーシャンを見て「あら」と声を上げた。
「お帰りなさい。白衣はどうしたの?」
一目で医療従事者とわかるように、医療関係者は白衣を着るようにしている。そういえば、姉に着せてしまったので、彼は今ただのシャツにパンツ、ベスト姿だった。
「姉さんがずぶぬれだったので、貸してしまいました」
そして、そのまま忘れていた。たぶん、ヴィオラに言われなければ今日は一日このまま過ごしていた。
「あら、弟なら大丈夫なのね」
意味深なヴィオラの言葉に首をかしげるが、彼女は笑ってすぐに違うことを言った。
「また水に入ってたの? 新人が驚くからしばらくやめてって言ったんだけどなぁ」
「いつもやってるんですか?」
「なんか、水の中だと考えがまとまるんですって。街中でやって、通報されたこともあるわよ。水死体に間違われて」
「水死体……」
いや、あれは驚く。一応今のは敷地内ではあったが、街でもやったのか。この城の近くには、城勤めの人が暮らす街がある。ルーシャンはこの城の中に部屋を借りているが、メイは街で暮らしているらしかった。
「ま、あの子の奇行の中では一番ひどいやつだから、他のを見てももうそんなに驚かないわよ」
ほかにもあるのか。というか。
「止めなくていいんですか?」
多分、メイなので言えばやめると思うのだが。ヴィオラはルーシャンにカルテを手渡しながら、「止めたことあるわよ」と言った。
「でも、そうしたら今度は自分を刺そうとしたのよね。どっちがましだと思う?」
「それは……判断が難しいですね……」
おそらく、メイは精神的に不安定なのだろうと思うが、そこをルーシャンが指摘していいものか迷う。ヴィオラも気づいているだろうし。会わない間に、何があったのだろう。尤も、ルーシャンも両親が殺されたときのことを夢に見て飛び起きる、ということが今もある。
「でしょう? だからよほどひどいもの以外は止めないことにしたの。とりあえず声をかければ気づくから、通報される前に回収してきてね」
「わかりました……」
「実際問題、あの子が不調になると困るのよねぇ」
などと言いながらヴィオラが引っ込んでいく。ルーシャンはカルテに目を通しつつ、ここに来る判断をしたのは、ちょっと早まったのかもしれない、と思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
十二人会議。モデルはジェダ〇評議会とか、護〇十三隊とか。欠員がある上に、ほとんど絡んできませんが。