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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第1章【4月・再会】
3/124

【3】

本日3話目!
















 それからも近況報告で盛り上がったが、きっかり三十分後にシャーリーが呼びに来た。続いて壮年の男性も入ってくる。ルーシャンはこの人のことは知っていた。


「メイスフィールドさん」


 黒髪黒目の、かつてかなりハンサムだっただろうなぁと思われる、ダンディなおじ様だ。彼は笑って姉弟を見比べた。


「無事に会えたか。よかったな」

「アーノルドは知っていたのか」


 メイが心なしかむすりとして言う。アーノルド・メイスフィールドは「ははは」と上品に笑った。

「彼の面接を担当したからな。サプライズだ、サプライズ。驚いただろう?」

「死ぬほど驚いた」

 その割には表情筋が仕事をしていなかった気がするが、一応驚いたことには驚いたらしい。アーノルドが笑って「お前に死なれては困るな」と言った。

「世間話はこれくらいにして、仕事の話をしたいんだが、いいか?」

「構わない。ここでいいか?」

「ああ、もちろんだ。紅茶でも入れてくれ」

「冷めている」

 姉さんやっぱりちょっとずれてるな、と思いながらルーシャンは彼女の事務室を出た。見送りに出たシャーリーがルーシャンを見上げて言う。


「ルーシャン君、名前聞いたことあるなって思ったら、新しく入ってきたお医者さんだったのね。姉弟そろって頭がいいのねぇ」


 感心! とシャーリーが言うので、ルーシャンは苦笑した。

「いえ、本当に頭がいいのは姉の方です。姉さんの方は、僕の方が頭がいいって言ってますけど」

「いやいや、どっちも頭いいわよ。あなたの名前はメイに黙っていてくれって言われたのだけど、謎が解けたわ。あんなに驚いたメイ、久しぶりに見たわ!」

 楽し気にシャーリーが言った。ルーシャンはどう反応したものかわからず、あいまいに笑う。ルーシャンにはあまり驚いているように見えなかったのだ。

「っと、いつまでも喋ってるわけにはいかないんだった。ルーシャン君、道はわかる?」

「大丈夫です」

 半城塞のこの城は通路が入り組んでいるが、主だったところなら大体覚えているし、来るときに通った道が分かる。シャーリーはメイのもとに戻らなければならないのだろう。秘書のようなことをしていると言っていたし。

「そう。じゃ、たまにメイのこと見てあげてね。弟なら大丈夫でしょ!」

 シャーリーは手を振って朗らかに去って行った。まあ、言われなくても見に行くつもりではある。リッジウェイの両親が心配しているのは本当なのだ。

















 リアン・オーダーが正式に成立したのは、今から三百年ほど前だと言われている。それ以前から人を食う人ならざる者は存在していて、人間を脅かしていた。それを完全に滅却する方法を生み出したのが、現在リアン・オーダーを保護しているシズリー公爵家の人間だった。

 便宜上グールと呼ばれるそれは、基本的に不死である。姿は人の形に似ていて、知能がほぼないものから高度な知能を持つものまでさまざま存在すると言う。

 このグールを完全に消滅させるには、体のどこかにある『核』を破壊するしかない。おおむね、頭、首、胸元のどれかにあることが多いようだ。これは、通常攻撃では破壊することができない。

 通常の剣による物理攻撃、通常の魔法による魔法攻撃。どちらも、効くには効くが、決定打にはならない。魔法はただの魔法ではなく、その中でも聖性術と呼ばれる部類の魔術しか効かないので、人を選ぶ。そして、物理攻撃をするのなら、聖性術による呪いを込めた祈器ききを使用するしかない。これは魔術道具とは違い、祈器工匠しか作成できない。通常の人間が入手するのは困難だ。

 そのため、グールを本気で倒そうと思うのなら、リアン・オーダーに所属するのが一番早い。ルーシャンの姉がそうだった。祈器を手に入れるため、リアン・オーダーに所属した。この姉メイはちょっとした有名人だった。


 そもそも、メイが一人リアン・オーダーに所属し、弟二人がリッジウェイ家に預けられたのは、八年前の出来事に原因がある。メイとルーシャンが生まれ育ったウィンザー家は、男爵家だった。商家を営む家格は低いが金のある典型的な家で、かなり裕福だったと思う。それをねたんだ人間が内部から手引きし、グールにウィンザー一家を襲わせた。両親や使用人たちはみんな殺されたが、ルーシャンともう一人の弟は姉のメイにかくまわれていた。

 個体としては、それほど強くないグールだったと思う。しかし、対抗手段を持たない人間にはひとたまりもない。グールは通常の人間と違って頑健だ。傷ついてもほどなく再生するし、祈器でなければ核を破壊できない。

 弟を守ろうと、メイは魔術で対抗した。彼女は腕の良い魔術師であるが、聖性術師ではない。できるのは時間稼ぎだけだ。だが、この時、彼女は自分に才能があることを知っただろう。彼女の氷魔法が一時的にグールを凌駕した。

 窓ガラスをぶち破り、水刃の雨を降らせ、急速冷却魔法でグールの腕を引きちぎった。と、後から聞いた。結局、そのグールは駆けつけたリアン・オーダーの剣士が倒したそうだ。


 生き残りはほぼ姉弟しかいない、と言ってよかった。幼い末弟はもちろん、ルーシャンもどうすればいいかわからなかった。だって、まだ十一歳で、両親を亡くしたばかりだったのだ。だが、メイは姉としての責任感か、てきぱきと事務処理をこなした。

 このままでは家の利権は金に汚い親族にわたってしまう、と彼女はまず、財産をすべて売り払った。爵位も同様だ。その上で両親の友人だったリッジウェイ夫妻に弟二人を預けることにしたようだ。リッジウェイ夫妻には子供がいなかったので、いつも本当の子供のようにかわいがってもらっていた。

 そして、すべてを片付けたメイは助けてくれたリアン・オーダーの剣士について行った。彼女が自分から行くと言ったのか、彼女の才能を見て剣士が連れて行くと言ったのかは、もうわからない。


 末弟は、幼かったこともあって本当の両親をあまり覚えていないようだった。離れてからしばらくは、メイもたまにリッジウェイ家に顔を出していた。そのころはまだ、笑っていたように思う。手紙のやり取りだけになったのはいつからだろう。四・五年前からだ。そのころはまだメイもすらりとした陰気な女性ではなく、幼さを残した優し気な少女だったし、ルーシャンもひょろっとした医者ではなく、小柄な少年だった。


 そんな記憶だったから、二十歳の姉を見て驚いたのだ。女性にしてはかなり背が高いのは、ルーシャンもかなりの長身なのでまあいい。だが、もっと朗らかで穏やかな人だったはずなのだ。ルーシャンの知るメイは。会わない間に何があったのか気になるところであるが、あれこれと詮索するのはやめた。こそこそ調べても、姉にはばれてしまう。

 ひとまず、姉に会えたので良しとした。職務上、メイはこの城に常駐していることが多いらしいので、毎日でも会おうと思えば会えるのだ。もちろん、メイも戦闘員の一人なので戦いに行くこともあるだろうが。

 メイは、その才覚を買われたのだと思う。彼女には聖性術師としての才能はほとんどないから、祈器使いとしての腕を磨くしかなかった。だから、戦闘力がある。普段は外にいる討伐騎士たちに指示を送ったり、グールやほかの異形の情報を集めたりしている。その上で、対応方法をアーノルドたちと相談するのだ。


 そのあたりまで理解して、ルーシャンはふと思った。


「姉さんって、実はかなり偉いのでは?」











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今日中の投稿はこれで最後ですね。お付き合いいただき、ありがとうございました。

なお、グールなどの設定についてはおおざっぱです。一応、恋愛メインなもので…。


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