【9】
そういえば、城内に姿がなかった気がする、と今更ながらに思った。腹に穴が開いており、メイはこれを止血していたらしい。その上からルーシャンが治癒術をかける。
「え、ここのグール、二人で殲滅したの?」
「数は多いが、強くはなかったから。シーウェル公爵の私軍の方は、ギルバート様に任せてしまったが」
「ああ、制圧はされてたから大丈夫じゃない?」
何とも適当である。とりあえず応急処置として治療が終了し、ジーンがやっと身を起こした。立つのを手伝いながら、ルーシャンは尋ねた。
「というか、ジーンも怪我するんだね」
「何言ってんだてめぇ。俺だって人間だぞ」
「そうなんだけど」
何といえばいいのだろう。言葉に困っていると、メイが口をはさんできた。
「私などをかばうからだ」
「うるせぇな。俺の勝手だろ」
く、空気が悪い。ジーンを支えているルーシャンは顔を引きつらせる。メイも、そんなことを言う必要、ある?
「……まあ、助かった。ありがとう。私が食らえば、胴体真っ二つだった」
「ん。俺がそうしたかったんだよ。気にすんな」
「そうしよう」
あれ、どうした? これ、自分はここにいていい雰囲気? ルーシャンが戸惑っていると、自分の刀とジーンの剣を拾い上げたメイが言った。
「ルー、来てくれて助かった。私一人ではジーンを運べなくて」
「あ、うん。まさか姉さんがいると思わなかったけど」
行ってこい、と言われただけだし。もしかしたら、言った人物はそこにメイがいると知っていたのかもしれない。
城からさほど離れていなかったので、ほどなく到着した。ギルバートが王立軍の偉そうな人と話をしている。と、王立陸軍の軍人がこちらに気づいた。
「レディ・メアリ」
「お待たせしました」
メイが軽く頭を下げてから、ルーシャンを見た。
「ジーンの治療を頼む。ジーンは後から会議だ」
「わかった」
「ああ」
二人してうなずいたのを確認し、メイはギルバートたちに駆け寄っていく。軍服の男性がこちらをちらっと見た。
「王立軍の指揮官?」
「ああ……俺の親父」
「えっ」
気まずげにジーンが言うので、思わずその軍人を眺めてしまった。言われてみれば、ちょっとジーンと似ている気がする。
「へえ。軍人の息子なんだ」
なんとなくしっくりくる。強面だし言葉遣いも粗野だが、下品なわけではない。ちゃんとした教育を受けたことがあるのだろうな、と思っていた。
「お前だって貴族の息子だろ。育ちがいいよな」
「正確には元貴族だけどね」
姉が爵位を売り払ったもので。ふとそれを思い出したか、ジーンは治療を受けているときに口を開いた。
「ってことは、メイが爵位を売り払わなければ、お前は男爵だったかもしれねぇんだな」
「ああ……うん」
この国は女性も王位や爵位を継承できるが、基本的には男子優先だ。メイは優秀であるが、爵位を継ぐならルーシャンだろう。
「グールに襲われなければね。姉さんがあの時、爵位を売り払ってなければ、今頃親族にウィンザー男爵家は乗っ取られてただろうし」
あの頃は、勝手に決めて、相談してほしかった、と思わないでもなかったが、今ではそれでよかったのだと思える。おかげで、ルーシャンも好きなことができるわけだし。
「惜しいと思わねぇの、爵位」
「や、別にそんなに。もともとうちって、男爵家というより、商家だったし」
「お前ら姉弟って欲がねぇのな……」
ジーンは少しあきれたようにそう言った。治療が終わった後、ジーンは会議に向かって行った。ルーシャンも、一応様子を見てこようとみんなが集まっているエントランスに向かった。そこでは、ニーヴがメイに抱き着いて号泣していた。メイは気にせずニーヴを引きずり歩いている。
「あれ、いいのか? お前の彼女じゃねぇの」
「ニーヴのこと? 可愛いからいいんじゃない? あと、彼女じゃないよ」
「マジか!」
「ジーン……あんまり言いたくないけど、そのセリフ、自分にもブーメランだよ」
多分みんな、いつジーンとメイが付き合うかと見守っていると思う。これに関しては、ジーンがメイを口説き落とせるかにかかっていると思うのだ。
「一緒に王都に行って、何かなかったの?」
明らかにシズリー公爵夫妻もそれを期待していたと思うのだが。ジーンは顔を引きつらせて。
「……ねぇよ」
と答えた。面白いくらいわかりやすい。これは何かあったな。メイはよほどのことがないと口を割らないので、つつくならジーンだ。……それが分かっているから、みんなジーンをつつくんだろうな。メイは打っても響かない。
「おい、ルー。ニーヴを引き取ってくれ。ジーンも会議だ」
メイからの要望だ。メイの引っ付き虫と化しているニーヴを引き取って頭をなでる。ジーンはメイと並んで会議に向かって行った。メイの「大丈夫か?」という声が聞こえる。
どうやら、先の戦闘で多数の捕虜を得たらしく、かつ、その数からみても、制圧したのは私軍の半数だろうとのことだった。つまり、まだ軍が半数隠れている……と。
「それについては問題ない」
バッサリとメイは言い切ったそうだ。何となれば、私軍は敗走。南西に抜けようとしている、という情報を流し、合流せよ、という命令を残りの軍に伝えている。確かに軍は南西に向かって動いているが、それは王立軍のことだ。今頃激突しているはずらしい。えぐい。何となれば、私軍の指揮官を捕虜としてとらえているので、できる所業ではあるが。
まあこれで、メイは本当に参謀としての才能があることを証明してしまったわけであるが。そんなメイに言わせると、私軍の指揮官は中途半端に頭がいいらしい。
「というわけで、お前の隊は拘束させてもらった。逃げた者もいるが、果たして戻ってくるかな?」
無表情に淡々とメイの説明を受けているのが、私軍の指揮官である。ロジャー・ギボンと名乗った。年齢は二十代半ばほどだろうか。
「お前たちは王立軍に引き渡す。お前たちをさばくのは、私の仕事ではないからな。うちの公爵の恩情に期待するんだな」
メイが一方的に話しているだけで、ロジャーはむっつりと黙り込んでいる。捕虜にされた時点からこの調子なのだそうだ。それを聞いたメイは、鼻で笑った。
「プライドが高いのだろうよ。ま、こんな小娘に負けたとあれば、すねたくなる気持ちもわからんではないな」
話しているのはメイだが、ギルバートとジーンとその父も同行している。ルーシャンは怪我をしている捕虜の治療の具合を診ていた。それが終わってから、一時的に捕虜を集めているホールを出る。その時だ。
「待て、この、女ぁ!」
拘束をどうやって抜けたのか、ロジャーが立ち上がってメイに手を伸ばした。彼女は最後尾にいたルーシャンをかばうように押しやった。刀を抜く前に束ねた髪をつかまれる。というより、抜くのをためらったように見えた。
「姉さん!」
「メイ!」
叫んだのはルーシャンとギルバートだったが、動いたのはジーンだった。正面にいるメイを避けるように、彼女をつかんでいるロジャーの腕を剣で斬った。メイを奪い返すと、そのままロジャーを切り捨てた。捕虜たちがざわめく。
「大丈夫か?」
「お前……」
こともなげに尋ねるジーンに、メイは少し複雑そうに見えた。そして。
「げほっ」
咳き込んだかと思うと、血を吐いた。
「うわぁ! 姉さん!!」
「メイ!?」
「大丈夫か!?」
ジーンが抱えなおすメイを診て、ルーシャンは急性胃炎と診断を下した。
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