【4】
ルーシャンが姉の男性恐怖症の理由に納得しても、どれだけニーヴといい感じでも、城の治安は悪化するばかりである。そして、作戦参謀がいなくてもグールは出没するので任務はある。つまり、ルーシャンの仕事もある。
「はい、いいですよ」
怪我を治療し、包帯を巻き終えたルーシャンがそう言うと、治療を受けた青年はあからさまに舌打ちした。さすがのルーシャンの顔も引きつると言うものだ。リアン・オーダーは戦闘職が半数以上を占めるため、年齢層が低い。ということは、血の気の多い野郎が多いのだ。
「普段はなんだかんだで、メイが締め上げてたってことよね。アーノルドも頑張ってはいるけど、やっぱりメイとは違うのよね」
若い女性看護師相手に暴れた討伐騎士をしかりつけてきたヴィオラが、ぐったりとして言った。ルーシャンはそれに巻き込まれた男性看護師の怪我を治療している。
「姉さんが怖いってことですか?」
「まあ、それもあるかもしれないけど」
あるんだ。まあ、背は高いが華奢な体格に見えるメイは、あれでいて強いし、魔術師としても一流だ。襲っても返り討ちが関の山に思われる。
「何というか、今までの実績? 何と言われていようと、やっぱりメイは信用あるのよ。あ、この人について行けば勝てる。死なない、っていうね。同時に、逆らえば穏便に処分される、っていう」
「ああ、そういう……」
「規律のない戦闘組織は、ただの暴力集団だ、というのがあの子の主張だわね。その通りなんだなって、今になって思うわ……」
「いっそ法治にしたらいいんじゃないですか。規律を作って、その規律を中心にオーダーをまとめ上げる。違反をしたら、その規律にのっとって処分が下る」
そう言うと、ヴィオラは驚いたような顔になった。ルーシャンは身を引く。
「え、何ですか」
「それ、全く同じこと、あなたのお姉さんが言ったのよ。だから、規律はちゃんとあるし、それに基づいてアーノルドが処分を下しているんだけど、この状況なの」
「それは……まずいですね」
「でしょう?」
ヴィオラは笑っているが、それは本当に大丈夫なのか? 無法地帯になっていないか?
たぶん、みんな不安なのだ。メイがいれば、彼女が何とかしてくれると言う思いがある。だが、そのメイがいない、という事実が、みんなを不安にさせている。連動して、ルーシャンも不安になってくる。
そんなある日だ。城のエントランスで暴動がおこった。トラヴィスやシャーリーまで駆り出されて、ちょっとした戦闘だったと思う。
「あー、もう、これどうすんのよ!」
「シャーリー、後で修復魔法かけるからがれきだけどけておいてくれる?」
「はーい」
兄と妹の会話である。ルーシャンは怪我をした討伐騎士や巻き込まれた職員を治療していた。怪我をするなら、せめてもう少し建設的な理由で怪我をしてくれ。
常に人手不足のリアン・オーダーだ。無事な人間たちも駆り出されており、ニーヴも少し離れたところで、腹をかばいながら立ち去ろうとしていた男を引き留めようとしていた。
「やめろよ! 読心能力なんて気持ち悪いんだよ! 人の心を読むんじゃねぇ! 口もきけないくせに偉そうなんだよ! お前なんてマスター・メイに預けられてるだけの女のくせに!」
ルーシャンがその暴言に気づいて口を開くより前に、ニーヴに引き留められ、それを罵った青年をトラヴィスが殴った。
「そこまでだよ。世の中にはいっていいことと悪いことがあるからね」
トラヴィスが「大丈夫?」とニーヴに話しかける。ルーシャン側からは背中しか見えないので、いま彼女がどんな表情をしているかわからない。とりあえず、トラヴィスにぶん殴られた男を診る必要があるので近づいた。
「ああ、ルーシャン。こいつ診てやって」
「あ、うん」
うなずいたとき、ニーヴと目が合った。彼女は唇をかみしめていたが、ルーシャンと目が合うと泣きそうな表情になり、そして。
「ええっ!」
その場を駆けだして、正面の扉から外に飛び出していった。
「え、ちょ」
心情としてはニーヴを追いたいが、この男を放置するわけにもいかない……とりあえず治療を、と思っていると、トラヴィスが言った。
「ニーヴなら大丈夫だよ。ルーシャンもなかなか罪な男だね」
「え? そう?」
トラヴィスはルーシャンの肩を叩いて壊れた城の修復作業に入り始めた。置いて行かれた気分……。
「……お前だって、マスター・メイの弟じゃなけりゃ、こんなに良くしてもらえねぇんだからな」
「ご忠告どうも」
この間から患者から罵られることが多いルーシャンは、気にしてませんとばかりに受け流した。いや、気にしないわけではないが、気にしたら負けというか。そもそも、ルーシャンだって自分がリアン・オーダーでよくしてもらえるのは、姉の存在があるからだとちゃんと理解している。
この男は、ニーヴが引き留めるだけあり、結構重傷だった。見た目からはわからないが、内臓破裂を起こしていて、それに気づいてニーヴが引き留めたのだろう。それが気に食わなかったようだが。
男を治療して預けると、ルーシャンはニーヴを探しに外に出た。大体の治療が終わって、修復作業がメインになってきていたので問題ない。後で起こられるかもしれないが、今はニーヴを一人にする方がまずい気がした。
まだ昼間だ。彼女はどこへ行くだろう。ルーシャンだったら、一人になれるところに行く。まさか、姉のように水につかっていることはないと思うが、気の上くらいにはいるかもしれない。
そう思ったが、ルーシャンがニーヴを見つけたのは彼女が暮らしている家のリビングだった。預かっているカギで開錠して中に入ると、彼女はソファで丸くなっていた。
「ニーヴ」
塊が動く。起きてはいるようだった。もう一度呼びかけるが、顔をあげなかった。
「ニーヴ、あんな理不尽な言葉に、君が傷つく必要はないんだよ。もちろん、言われていい気はしないし、聞いていてもいい気はしない。だから、君は文句を言ってよかったんだ」
ソファの側にしゃがみこんで、顔のあたりを覗き込む。顔が半分覗いた。紅くなった目元が見える。ちょっと泣いたようだ。
小さな頭が左右に振られる。どうやら、ルーシャンの指摘したところは違ったらしい。では何だろう。
「えっと。じゃあ、何だろう」
本気で分からなくて尋ねると、ニーヴは乱暴な文字で文章を見せてくれた。
『私が読心能力者だと、言ってなかった』
「ああ……」
いわゆる心を読める読心能力者は、嫌がられる傾向にある。大枠としてテレパシーに分類されることもあるが、ただ思考のやり取りができる能力と、読心能力はまた別物だ。人は勝手に心を読まれることを嫌がるものだ。
「ねえ、ニーヴ。実は、僕も君に言ってないことがある」
「?」
反応はなかったが、先を促されているととらえて、ルーシャンは言った。
「僕も、サイコメトリーがあるんだ」
ニーヴの顔が完全に表れた。驚いた表情になる彼女に、ルーシャンはにっこりと笑いかけた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
いないところでいろいろ話されているメイ。