【3】
朝早くから活動していたので、昼過ぎにはかなり眠かった。忙しくないのも関係している。トラヴィスによると、そろそろ何人か作戦行動を終えて帰ってきそうならしいが。
『大丈夫?』
くあ、とあくびをしたルーシャンを見て、一緒にお茶をしていたニーヴがメモを差し出してきた。それを読んで、ルーシャンはうなずく。
「うん。朝早かったから、ちょっと眠いだけ」
そう言うと、ニーヴは『早番だった?』と首をかしげる。ルーシャンは首を左右に振った。
「ううん。ちょっとドクターに話を聞きに行ったんだ。姉さんのことで」
そう言うと、ニーヴはぴたりと動きを止めた。そわそわして、視線が動く。先日のことから、ルーシャンが聞きに行ったメイのこと、を察したのだろう。それからおもむろにメモに字を書きだす。
『ごめんなさい。私、メイに起きたこと、知っていたけど、黙っていました』
メモにはそう書かれていた。たぶん、そうなのではないかな、と思っていた。ルーシャンは目を細め、「うん」とうなずく。ニーヴも、孤児院の出身だと聞いている。そこで何かあって、メイに預けられたのだろうと察することはできるし、メイがニーヴと打ち解けるために、自分のことを話していても不思議ではない。
「そうかな、って思ってた。ニーヴは姉さんと一緒に暮らしてるから、聞かれても話しにくいだろ」
そう言うと、ニーヴはうつむいてしまった。その通りだったのだろう。ルーシャンは手を伸ばして、ニーヴの頬を撫でた。
「気にしてないよ。ニーヴが姉さんを大事に思ってくれてるってことでしょ」
ぱっと顔が上がり、ぎゅっと手をつかまれた。ニーヴはメイに助けられただろうが、メイもニーヴに助けられているはずだ。だから二人は、お互いを尊重する。
「これからも姉さんをよろしくね」
そう言うと、ニーヴはにっこり笑ってうなずいた。
「そこの二人、仲良くなってるね。付き合ってるの?」
そんな声をかけてきたのはトラヴィスだ。手にお茶と茶菓子の乗ったトレーを持っている。相席いいか、と聞かれたのでうなずいた。
「ありがとう」
「どういたしまして。あと、ニーヴとは何ともないよ。下心がないとは言わないけど」
何でもないようにルーシャンが言うと、ニーヴがカッと目を見開いて頬を赤らめた。トラヴィスが十歳以上年下の少年少女を見て苦笑する。
「弟の方が先にまとまりそうだね」
ということは、トラヴィスもジーンがメイを好きだと知っているのだろうな……そう言うと、トラヴィスは「ほとんどの人が気づいているよ」と言った。まあみんな言わないのだが、とも。
「ところで、そのお姉様のことなんだけど」
「あ、はい」
思わずかしこまる。トラヴィスは「急にかしこまらないでよ」と苦笑する。
「ヴィーに話を聞いたんでしょ」
「あー……うん」
一瞬誰のことかわからなかったが、ヴィーはヴィオラの愛称だ。年齢的に上の方であり、医者である彼女は、敬意を表してドクターと呼ばれることが多いのだ。同じように、ルーシャンのことをルーと呼ぶのも姉のメイだけなので、結構怪訝そうにされる。
「聞いたかもしれないけど、誘拐されたメイたちを助けに行ったの、私らなんだよね。私と、ジーンと、ギルバート様」
公爵本人が。いや、その時はまだ公爵でないのか。どちらにしても、行った人間は同じだ。
「私が到着したのは、メイが自分を襲い、セアラ様を襲おうとした男たちを斬り殺した後だった」
たち。ということは、メイは少なくとも二人、斬っている。相手の剣を奪って、二人とも油断していたのか、一太刀だったらしい。今よりも弱く、小柄だったメイだが、それくらいの力量はあった。
「もう少し早くついていれば、と思うよ。ごめん」
「……それは、トラヴィスのせいじゃないよ」
「姉弟そろって、同じこと言うなぁ」
トラヴィスは笑うように言ったが、すぐに笑みをひっこめた。
「あの時のメイは、自分が襲われたと言うことより、自分が人を斬ったことにおびえているように見えた。正直私は、十代半ばの少女に無体を働くような下種野郎は死んでしかるべきだと思うけど」
過激だ。過激である。さすがにルーシャンはそこまで思えない。たぶんメイも、同じなのではないだろうか。
「それからだよね。男が怖い。人に接するのが怖い。だから虚勢を張って自分を守ってる。その姿を見るのが苦しい。朗らかで穏やかだったあの子を覚えているから、余計に」
そう。そうだ。姉はよく笑う、おっとりした人だった。利発なのは変わらないが、あんな硬い口調で話し、表情の変わらない人ではなかった。離れていたルーシャンはそう言うものとして受け入れたけれど、目の前で助けられなかったトラヴィスが、後悔するのも無理はないと思う。
「実を言うと、今回セアラ様が強引に連れ出したのも心配だった。もう、娘に初めてのお使いをさせる気分」
「そっち?」
思わずツッコむ。トラヴィスはメイをなんだと思っているのだろう。
「ごめん。自分が不安だったから、誰かに聞いてほしかっただけなんだ……」
「あ、うん。それはいいんだけど」
こんな話、人になかなかできないだろう。ルーシャンがメイの弟でなければ聞くのをためらうレベルだ。しかし、姉も思い知るべきである。自分がこんなにも心配されて、大切に思われているということを。
「……うん。ありがとう、トラヴィス。姉さん嫌われてるわけじゃないんだなって、ちょっと元気出た」
「武器を持ってなければ穏やかな子だからね……むしろ慕われてるよ……うちの奥さんも私よりメイのことが好きなんだよなぁ」
その辺はルーシャンにはどうしようもないので苦笑した。くい、と袖を引かれる。そういえば、ニーヴが一緒だった。彼女がメモを差し出してくる。
『今更だけど、私は聞いてよかったの?』
ルーシャンの隣からトラヴィスものぞき込む。
「いいんじゃないの。ニーヴも姉さんの妹みたいなもんだよ」
「なんだかんだで面倒見いいよね、あの子。ニーヴ、ルーシャンと夫婦になれば、本当に妹になれるよ」
「!」
かっ、とニーヴが赤くなった。ルーシャンはあきれてトラヴィスを見たが、そうなってもいいな、と思わないでもない。
「若いなぁ」
というほど、トラヴィスも年を食っているわけではないが。ついでに言うなら、メイほどの年の子がいる年齢でもない。
「邪魔してごめんね。二人とも、節度を保って仲良くするんだよ」
「姉さんにも似たようなこと、言われたよ」
トラヴィスの発言の端々がメイと似ている。トラヴィスは「おや」と言って笑った。
「あの子も一応、常識はあるんだね」
この人は一体姉をなんだと思っているのだろう。
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