【2】
メイのいないところで、メイのみに起こった話。
だいぶぼかしていますが、暴力を受けた表現があるので、駄目な方はご注意を。
読み飛ばしても大丈夫、とは思うのですが…。
突然であるが、リアン・オーダーの医療部にも一応夜勤のようなものはある。夜中の急患に対応することがままある。医者の人数が足りないために、その順番は『十二人会議』のメンバーだろうとちゃんと回ってくる。ルーシャンは、ヴィオラの夜勤の翌朝、早朝に彼女に会いに行った。
「早くから関心ねぇ。あなたのお姉様もこれくらいしゃっきり起きてくれるといいんだけど」
朝に弱いメイは、なかなか起きてこない。だが、用事があれば突然目を覚ましててきぱき準備して出かけていく。そんな姉である。
「その姉のことで、聞きたいことがあるんですけど」
あら、と夜明け前から紅茶を飲んでいたヴィオラが目をしばたたかせる。彼女はティーカップをソーサーごと持つと、立ち上がった。
「悪いけど、ここをしばらくよろしくね。ルーシャンはいらっしゃい。中で話をしましょ」
と、ヴィオラが連れて行ったのは診察室である。聞かれたくない話なのだな、と思う。内容に察しはつくので、ヴィオラが配慮してくれているのがわかる。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ヴィオラがルーシャンにも紅茶を淹れてくれる。メイとニーヴがいれるものとは味がなんとなく違う。淹れ方によって、味が変わってくるものだ。
「メイが男性を怖がっていることに気づいた?」
「なんとなく察しはついていました。最初は弟の僕にもちょっとよそよそしかったですし」
それだけなら、久々にあった弟が大きくなっていて、接し方が分からなかった、ということですむ。しかし、そうではなかった。
明らかに男に触られるのを避けていると気づいたのはいつだろう。とにかく、気が付いた。逆に、男性たちもメイに触れようとしない。
「そうね。ルーシャンとは、比較的よく接していた方だと思うけど」
ヴィオラはそう言って、笑う。それはそうかもしれない。ルーシャンが肩を組んでも怒ったりパニックになったりしなかった。
「……姉さんに、何があったんですか」
そう尋ねると、ヴィオラは困ったように眉をひそめた。
「実は、私も詳しくは知らないの。メイもセアラ様も、口をつぐんでいるから」
「え、公爵夫人も関係があるんですか」
友人であるのは知っていたが、そこも関係があるのか。ヴィオラは紅茶を一口飲んで顔をしかめた。冷めていたのだろう。
「もともと、まだセアラ様がギルバート様の婚約者だったころ、ギルバート様が年の近い頭のいい娘ってことで、メイを紹介したのよ。五年位前かしら。すぐに仲良くなったわ」
さっぱりしたところのあるセアラと、おっとりおおらかなメイは気が合ったそうだ。メイが元貴族で、ふるまいに品があったのもよかったのかもしれない。
「まだシズリー公爵も先代の時代でね。ギルバート様は、今と同じように王都にメイを連れて行ったの。セアラ様の相手をさせるためね。教養があるから、王都に出しても恥ずかしくないわ」
「そうですね……」
多少口は悪くなっているが、子供のころに習った立ち振る舞いとはそう簡単に抜けないものだ。口調の割にはメイは品の良い立ち振る舞いをする。
「王都で、メイはセアラ様と出かけて、誘拐されたの。メイはギルバート様の妹と間違われたのだろうって話だったわ」
ギルバートには妹がいたのか。メイと変わらないくらいの年だろうから、もう嫁いでいるのだろう。
「リアン・オーダーをよく思わないものが、二人を誘拐したのね。そこでメイが男に乱暴を働かれたのは事実だわ。私も呼び寄せられて、あの子を診たの。殴られてあざだらけで、血も出ていて。泣くこともできずにおびえていたわ」
ルーシャンが泣きそうになった。五年前なら、メイは十五歳くらいだ。今より背が低く、小柄だっただろう。華奢な少女を相手によくもそんな真似ができたものである。メイが男を怖がるのも、仕方がないように思われた。
「怪我を治療しても、私にはどうしようもなくて。しばらくあの子の師匠の下に預けられていたわ。年がだいぶ離れていれば怖くないみたいだったから。半年くらいして、メイの前に参謀を担当していた人が戦死したの。それで、あの子は呼び戻された。その時には、今の状態だったわ。もともと奇行はあったけど、今ほどひどくはなかったのよね」
「そう、なんですか……」
もう遅いが、聞いてしまってよかったのだろうか、と思う。ヴィオラがそんなことを言わんばかりの顔のルーシャンを見て、「あなたが言わなければわからないわ」と言った。それもそうか。
「……姉さんが人を殺したと言うのは、そのことに関係がありますか」
「ああ。どこかの馬鹿が言いふらしていたそうね。トラヴィスが締めたらしいけど。ええ、あるわね。セアラ様を守ろうとして、メイが斬り殺したらしいわ。その後すぐに救出されたらしいけど……これを聞いて、あなた、お姉様を軽蔑する?」
ルーシャンもヴィオラも、人の命を助ける医者だ。メイの行いは褒められたことではないのかもしれない。でも。
「……姉さんらしいな、と思います」
彼女が怒るときは、いつも人のためだ。この時はセアラのため。無手でグールと戦ったときは、弟たちのため。
「いい弟ね、あなた。それに対して、メイは姉としてちょっと失格よね」
「そっけなくはありますね。安全は保障してくれましたけど」
好きなことをしろ、私が安全を保障するから、というのがメイの方針だ。放任主義にもほどがあるだろう。その癖、弟のために必死になるのだから弟としてはいただけない。
「私は事件が起こった後のことしか知らないわ。あの時、メイとセアラ様を助け出したのは、トラヴィスとジーンだったはずよ。二人に聞けばもう少し詳しくわかるかもしれないわね」
ヴィオラにそう言われ、ふと、唯一自分とメイが似ていると言ったジーンを思い出した。それならジーンは、すべてを知ったうえでメイが好きだと言っているのか。いや、言ってないか。ヘタレだから。
ルーシャンはぐいっとうるんできた目を袖で拭った。椅子から立ち上がる。
「ありがとうございます。すみません。こんなこと、話させて」
「私も勝手に話しちゃったからね。怒るだろうなぁ」
人に聞かなければ、メイは絶対にルーシャンに話さないだろう。それでも、ヴィオラに聞いたのだから、変な相手に変なことを吹き込まれるよりはましなはずだ。現に、メイが人を殺したのは、セアラを守るためだった、とヴィオラは教えてくれた。
メイは自分に関することは『気にするな』と言って放置するが、本人が本当に気にしていないわけではないのだ。子供のころからそうだった。それをわかっているから、ルーシャンは自分から踏み込むのである。
「あ、じゃあ、今王都に行って大丈夫なのかな」
王都でセアラと共に誘拐されたのなら、トラウマが残っているのではないだろうか。ただでさえ変人だった彼女の奇行度合いが増したのは、このせいだろうに。
「本人が行くって言ったんだから、大丈夫なんじゃない? たぶん」
ヴィオラが軽く言った。まあ、本人が言ったのだから、確かにルーシャンが止めることではない。
「何かあっても、きっとあなたの顔を見に帰ってくるわよ」
たぶんね、とヴィオラは笑った。だといいな、とルーシャンも思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
メイの性格上、絶対に話さないけどもメイの話を進展させるためには必要なので、一応挿入しました。