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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第3章【7月・夏の夢(留守番)】
15/124

【1】

今回から長編に入ります。















 良くも悪くも、メイは抑止力になっていたのだな、と、彼女が長期出張に出かけてすぐに悟ることになった。

 まず、態度の悪い討伐騎士が増えた。明らかにこちらを見下してくる騎士が見られ、さすがのルーシャンもキレそうになった。さすがに城内で武器を抜くことはないが、喧嘩もたびたび起こる。


 何よりみんな不安そうで、雰囲気がよくない。もし何かあったとしても、メイがいれば彼女がすぐに解決策を示してくれる、という安心感があるのだろう。彼女本人が言っていたが、彼女がいないと話が進まないと言うのは、こういう時危険であると思う。


「やっぱり私では頼りないよね」


 そんなことを言うのは、メイに代わってお留守番をしているトラヴィスだ。ルーシャンはメイの弟ということでたびたび話しかけられるのだが、残念ながら、メイとルーシャンでは『頭がいい』の方向性が違う。力にはなれない。

「トラヴィスさんは聖性術師だよね。能力はシャーリーと似てる?」

「一応そうだね。私はどちらかというと、工匠だけどね」

 主に魔法道具を作っているとのことだ。魔法刺青を抜いた代わりに、メイが大量に身につけて行った魔法道具は彼が作成したものだそうだ。

「あ……それでも戦わされるんだ……」

「君の姉君だってそうだろ。本当は彼女は、参謀に集中した方がいいんだ」

 それはそれで姉が暴れそうな気もするが、確かにそうなのだと思う。

「姉さん、もう王都についたかなぁ」

「日数的に、そろそろ到着するころじゃないか。あちらは暑いだろうねぇ」

「僕ら、もっと南の出身だし、大丈夫だよ。たぶん」

「ああ、ウィンザー領だっけ。私ももっと南の出身なんだよね。この辺は涼しいよねー」

「あ、コーエン伯爵家の人ですもんね」

 ウィンザー男爵領も、コーエン伯爵領も、このアルビオン王国の南部に位置する。逆に広大な面積を誇るシズリー公爵領は、かなり北部に位置した。ちなみに、王都ロンディニウムから見た話である。


「というか、トラヴィスはなんで伯爵家を出たの? お兄さんが伯爵なんですよね」

「ああ……うん」


 うなずいてトラヴィスは城壁に寄りかかった。若い(と言っても年は離れている)男が二人、昼間から日向ぼっこをしている。ここはバルコニーだ。


「十年近く前かな。当時、僕も伯爵家の次男坊だったわけで、婚約者の女の子がいたわけだよ」

「……うん」


 なんとなく語り口が姉と似ているな、と思いつつ、ルーシャンはうなずいた。ついでになんとなく先が読める。


「その婚約者をグールに殺されたんだ」

「……そうなんだ」


 必ずしもそれだけではないが、リアン・オーダーにはそう言う経験をしたものが多い。ルーシャンだってその一人だ。ジーンも妹を殺されたのだ、と言っていたか。


「五つくらい年下の子だったな。シャーリーが仲良くて。私と一緒に飛び出してきてしまって」


 また魔術の才能があったんだよね、とトラヴィスは笑う。手すりに頬杖をついて、彼はルーシャンを見上げた。

「だから、なんとなく、メイの気持ちが分かるんだよね」

「姉さん?」

「そう。ルーシャンがオーダーに来てしまったことを、自分のせいじゃないかと後悔してる。けど、同じくらい安堵しているはずだ。目の届く場所に、大事な人がいるからね」

「あ……うん」

 突然そんなことを言われて、ルーシャンは戸惑った。ルーシャンが来てから、少しメイの雰囲気が柔らかくなった、とさんざん言われた。ジーンには恨みがましくにらまれたけど、ただの弟なので許してほしい。ついでにこの王都行きで姉を口説いてきてほしいが、ちょっと難易度が高いか。ジーンのヘタレもあるが、メイの壁が分厚すぎる。

「来てよかったな、とは、思う」

「本当にそうかはまだわからないけどね」

 と、トラヴィスはちょっと恐ろしいことを言う。彼は姿勢を正すと、言った。

「いつまでものんびりしてるわけにはいかないね。ま、私は大方メイが整えていってくれたけど、ルーシャンはいつ患者が来るかわからないでしょ」

「うん」

 今この時だって、誰かがグールと戦っている。ルーシャンは怪我をして帰ってきた彼らを治してやらねばならない。まあ、怪我をしないのが一番だが。

「じゃ、また話に付き合ってよ」

「うん。ぜひ」

 上のきょうだいってみんなあんな感じなんだろうか、と思いつつ、ルーシャンはトラヴィスと別れた。

















 メイが王都に出発してから、ニーヴは彼女の家で一人暮らしになっている。ニーヴ自身はリアン・オーダーの弓術師でそれなりの腕はあるし、日常生活だって何とかなる。もちろん、二人暮らしよりは負担がかかるだろうが、できなくはない。

 だが、ルーシャンはメイから頼まれているのをいいことに、頻繁にニーヴの元を訪れていた。一緒に夕飯を食べて帰ることが一番多いだろうか。ただし、メイがいない間に二人っきりで泊まるのは許可されなかった。恋人同士なら止めない、という姉に、もしかして弟の下心に気づいているのだろうか、と思った。


 ルーシャンはその日、買い物に行くと言うニーヴに付き合うことにした。彼女はルーシャンよりもこの街での生活が長いのだから、口がきけなくても、一人でも買い物はできるだろう。なので、まあ、荷物持ちのようなものだ。気を使われたのかもしれないが、二人の方が持てる量も多いので助かる、と微笑んで言われた。

 そして、ニーヴは遠慮なく日用品も買い込んでいく。荷物持ちがいるので、買える、と思ったのだろう。気づいたらなくなっているし、かさばるので買いづらいのはわかる。

 もちろん、食料品も買い込む。行きつけのパン屋で、おかみに聞かれた。


「そういや、最近メイちゃん見ないね」

「あ、そうですね。ちょっと出張中で」


 どこまで話していいのかわからず、公爵夫人に連れていかれました、とだけ言う。しかし、この街も長いおかみはわかったようだ。ははあ、と声を上げる。

「ついに連れていかれちまったかい。まあ、メイちゃんもだいぶ落ち着いてきてるしね。ちょっと前まで、男が怖い、って言って人が多いところにも行けなかったんだが」

 え、何その話。顔には出さなかったが、ルーシャンはニーヴを見る。彼女もちょこん、と首をかしげる。

「出られるようになったならよかったことだ。はい、パンはこれでいいかい?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 パンの入った紙袋を受け取り、代金を払う。そのまま、ルーシャンとニーヴはパン屋を出た。


「ニーヴは、姉さんが男性恐怖症だって知ってた?」


 こくん、とパンの入った紙袋を持つニーヴがうなずいた。まあそうか。再会して三か月ちょっとのルーシャンが気づくくらいだから、一緒に住んでいるニーヴも気づくだろう。幸い、弟のルーシャンのことは平気なようなので、彼はさして気にしていなかった。それに、普通にアーノルドやトラヴィスたちと話しているし、言われなければわからない人も多いだろう。ルーシャンが気づいたのは、昔の姉を知っていたのも大きい。


「昔はそんなことなかったと思うんだけど。何があったんだろう……」


 ニーヴも首をかしげる。彼女も、メイから直接話を聞いていないのであれば知らないだろう。

 もう一つ、気になっていることがある。メイは人を殺した、と言っていた。それはやむを得ない状況だったのではないか、とは思うのだが、この二つが関係しているのだろうか。

「ドクターは何か知ってるかな」

 ニーヴは首をかしげただけだったが、『たぶん』という言葉が聞こえた気がした。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


長編すぎるので、章を分けました。

まずはルーシャン側から。


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