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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第2章【6月・十二人会議】
14/124

【7】













 十二人会議の、最後の一人が到着した。九人そろったことで、会議が行われる。会議と言っても、情報交換や今後の方針を決める、など、よほどのことがない限り、いつも同じ議題なのだそうだ。そういえば、メイに気のあるらしいジーンも十二人会議のメンバーの一人だった。


「なんとなく、城の中の人が少ないですね」

「まあ、議員が戻ってくる代わりに人が出されるからな。もともと、戦闘員ってあんまり常駐してないけど」


 お前の姉さんが常に城内の最高戦力だよ、と言われて、思わず苦笑を浮かべるルーシャンである。少し年かさの先輩医師は、ルーシャンにこの城のことをいろいろと教えてくれる。

「だから、今度お前の姉さんが王都に行って長期不在、ってのは結構危機的状態なわけ。最高戦力と頭脳が一気にいなくなるわけだからな」

「姉さんは、自分一人がいなくなっただけで機能しなくなるのはまずい、って言ってましたけど」

「耳が痛いな」

 ははっ、とその男性医師は笑ったが、医療従事者であるルーシャンたちの関与できない部分なので、こんな反応になるのは仕方がない。

「メイさんならそれなりの備えをしていくだろ。俺も五年くらいの付き合いだけど、深謀遠慮の人だよな」

「そうですかね……」

 多分、リアン・オーダーの戦術家としてみればそうなのだろうな、と思う。だが、ルーシャンの姉としてみれば、なかなか剛毅果断の人だと思う。ここぞと言うときの度胸が据わっていると言うか。


 会議は半日ほどで終了したらしい。すでに夕刻だったが、城を出て行く議員も多い。常に人材不足。それがリアン・オーダーである。常駐している三人と、ジーン、トラヴィス、それに最近末席に加わったのだと言う、リサ・ユーイングという剣士が残った。

「へえ。似てない」

「それはもう聞き飽きた」

 リサは金髪に灰褐色の瞳の美女だった。金髪が多いな、この組織。


 まじまじと見つめられたルーシャンは、現実逃避気味にそんなことを思っていた。冷静にツッコミを入れたのはメイである。

「まあ、いい傾向なんじゃない? メイもだいぶ雰囲気よくなってんじゃん。ルーシャン君が来たからでしょ」

「さあ?」

 メイは答える気がないようで適当にはぐらかす。ルーシャンは、自分が来る前のメイを知らないので答えようがない。

「とにかく、よろしくね、ルーシャン」

「こちらこそ」

 握手をしてから、リサはメイと肩を組んだ。

「出立の前に手合わせに付き合いなさいよ」

「それは構わないけど」

 なんとなく押しの強い人だな、と思った。
















「ルーシャン。ニーヴが呼んでるよ」


 ニーヴは話せないため、医療区画にいるルーシャンに用があるとき、こうして人に読呼んでもらうことが多い。家では鈴を持っていて、それを鳴らして注目を向けさせている。

「今日は何の御用?」

 下手をすると同じ城内にいても、全く顔を合わせないこともあるが、ルーシャンもニーヴも顔を合わせる気があるのでそれなりに会っていると思う。ルーシャンが尋ねると、ニーヴは用意してきたメモを見せてきた。

『メイがリサと手合わせをします。見ますか』

「見たいです」

 とは言ったが、ルーシャンは職務中だ。上司を振り返る。

「暇だし、行ってきていいぞ」

 上司にあたる年配の男性医師はさらっとそう言った。確かに、今日は暇がある。あと、全体的にルーシャンにあまい職場な気がする。ヴィオラなどは「逃げられちゃうのよ~」などと言っていたが、たぶんそれだけが理由ではない。ルーシャンがメイの弟だからだ。ちょっと複雑な気もするが、患者がいないのは事実なのでありがたく行ってみることにした。


 連れていかれたのは、屋内の修練場だった。常に討伐騎士は出払っているので、あまり人はいない。怪我をして本部で治療を受け、回復したばかりの人間がリハビリがてら訓練しているのが多い中、二人の女性が木剣を向けあっていた。メイとリサだ。審判役はその辺で捕まったらしいジーンだった。

「はっ」

 合図と同時に素直に攻撃してきたリサの剣を、メイはひらりとよける。勢いそのまま、リサが二撃目を繰り出すが斜めにいなされ、逆に斬りつけられている。木剣でも当たったら痛いだろう。


 一緒に討伐出張に行ったことがあるので、メイが強いのはわかっていたが、対人戦だとそれがよくわかる。

「姉さん……強いと言うか、平衡感覚が強いのかな」

 リサが攻撃を避けてから一度体勢を整えているのに対し、メイは多少妙な姿勢でも、そのまま攻撃してくる。というか、そもそも軸がぶれず、倒れそうになることが少ない。

「ルーシャン、お前、目がいいな」

「え、そう? 職業病かも」

 半分試合を放置している審判役のジーンは、ルーシャンを見て感心したように言った。職業柄、どうしても体つきや身体の動きを見てしまう。メイは動いていても全く軸がぶれない。だが、動きがすべて見えているわけではない。

「あいつはどんな攻撃を受けても倒れないんだよな。体幹が強いから、どんな姿勢からでも攻撃してくる」

「姉さん細いから、上体がぶれてもおかしくないんだけど」

 メイは剣士だが、筋肉質というわけではない。どちらかというと身長の割には細身に見える。手足が長いタイプだ。なので、上体がぶれやすいと思うのだが、そんな様子もない。

「……力はリサの方がありそうだけど」

「そりゃそうだな」

 だが、勝ったのはメイの方だ。力押しならリサが勝つだろう。一撃の威力が違う。しかし、これはそういうものではない。


「ちっ。やっぱ人を殺したことある女は違うってことかよ」


 誰がつぶやいたのか、男の声であることしかわからなかった。悪意のある声。ルーシャンとニーヴが声のした方が振り返る。メイが勝利という審判を下したジーンが二人の頭をはたく。

「気にすんじゃねぇよ」

「……」

 そう言われたことで逆に、メイのことなのだ、と察した。
















「姉さん。公爵ご夫妻はもちろんだけど、ジーンやブルーノにも迷惑かけちゃだめだよ」


 ここにきて、ルーシャンはメイがやたらと出張に行くルーシャンを心配していた気持ちが分かった。自分の目の届かない所へ行くのが不安なのだ。

「わかっている。大丈夫……ではないかもしれないが、理解はしている」

「姉さん……」

 ちょっと正直すぎるだろう。シャーリーも不安なようで、メイに言い聞かせている。

「ルーシャンの言う通りよ。ダメだと思ったら、人に言うのよ。セアラ様たちが助けてくれるわ」

「いや……だから、わかってはいるって」

 わかっていても、できるかどうかは別問題なのだ。答えの出ないやり取りに、ついに見守っていたジーンが口をはさんだ。

「あー、こいつのことは責任もって見ておくから、お前らあんまり心配するな」

「お願いします!」

 弟にも秘書にも勢い込んで言われ、さすがのメイも鼻白んだ。


「人殺しを心配する必要なんてねぇだろ」


 ルーシャンは声のした方に視線を投げたが、ちらほらみられる人の、誰が発したのかわからなった。


「ルー、放っておけ。面と向かって言うことのできない小心者の言うことだ」


 小心者で恋心を伝えられない自覚のあるジーンが視線をそらしたが、それよりメイだ。ルーシャンはムッとして言った。

「姉さん、そんなだから敵が増えるんだよ」

「敵とは誰だ」

「……」

 問われ、ルーシャンは答えられなかった。ニーヴが不満げにメイのコートを引っ張る。その頭をなでながら、メイは言った。

「それに、私が人を殺したのは事実だ」

「メイ」

 やめろ、と言わんばかりに口をはさんできたのは、これもジーンだ。少なくとも彼は事情を知っているのだろう。

「それは、作戦が失敗して、結果的に人が死んだということ?」

 姉の立場ならありうると思って尋ねると、首を左右に振られた。

「いや。私が、この手で斬った」

「……それ、今言う必要ある?」

「ないな。まあ、心配無用ということで」

 話を治めようとしたのはわかるが、ルーシャンも言いたいことがある。


「それと僕が姉さんを心配することは、別の問題だよね。何の因果関係もない。だって僕は姉さんがどうしてそんなことをすることになったのか知らないし、知ったとしても僕の知ってる姉さんは、優しくてちょっと臆病な、大好きな僕の姉さんだよ」

「お前」


 メイはルーシャンを見上げて何度か瞬きをした。涙をこらえていたのかもしれないが、表情は変わっていない。

「……いい子に育ったな」

「子って年じゃないけど」

「リッジウェイご夫妻に礼を言わなければな」

「あ、今度一緒に帰ろうよ。会いたがってるよ」

 拒否されるかと思ったが、「考えておく」と返事があった。気をよくして、ルーシャンは話し続けた。

「もしかしたら、王都に来てるかもね。社交シーズンだし」

「そうだな……」

「会ったらよろしく言っておいて」

「……そうだな」

 これ大丈夫かな。ブルーノが、「メイさん、ジーンさん、行きましょう!」と声をかけてくる。この三人は城を出て、シズリー公爵家の領地内の屋敷に向かう。セアラとギルバートは、昨日のうちに屋敷に戻っている。そこで一泊後、王都へ出発となるらしい。


 行ってらっしゃい、行ってきます。と別れたその王都行きで、メイとルーシャンを取り巻く環境が変わることなど、二人はこの時、まだ知らなかった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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